当面シリア・アサド政権の存続を許容か - ロシアとフランスがシリア領内ISの拠点を空爆 -

このところEU(欧州連合)は、トルコからギリシャに渡りバルカン半島を北上して欧州諸国に押し寄せるシリア難民に忙殺されている。中東で枢要の地を占めるシリアでは2011年の春以来4年半に及ぶ戦乱が続いており、総人口2200万人の2割に当たる440万人が難民または国内避難民として故郷を逃れた生活を強いられている。

戦乱の発端は2011年3月、折からの「アラブの春」がシリアに及び、1970年以来父子相続で40年以上続いたアサド家独裁政権に対し、国内多数派のイスラム教スンニ派による民主化運動が起きたことだ。アサド政権はこれに徹底した武力弾圧で臨み、反体制派の拠点がある都市に猛烈な空爆を続けた。これに対しシリア民主化を望む欧米諸国とサウジアラビアなどスンニ派の湾岸諸国が物心両面で反体制・民主化運動を支援してきた。

こうして戦乱が続く中、アルカイダをはじめとするイスラム教過激派がシリアに潜入して、反アサド武力抗争に加わる中で過激派の中でも最も恐ろしい「鬼っ子」というべき「イスラム国」(IS)を名乗る集団が、イラクとシリアにはびこることになった。アメリカを先頭とする有志国連合50余カ国が2014年からISを征伐する戦いに参加しているが、現状でははかばかしい成果が上がっていない。

ISは昨2014年6月10日、イラク第2の都市モスルを占領した。ISはその後さらに、イラク北部と西部の広範な地域を制圧しただけでなく西に国境を接するシリアの北東部・北部にも勢力範囲を広げた。シリア北部、トルコとの国境に近いラッカを制圧して「イスラム国」の首都と定めた。6月29日には指導者アブ・バクル・アル=バグダディがカリフに就任したと宣言した。

指導者がカリフを名乗ったということはイスラム法からすれば、イラクとシリアで実際に制圧した領域だけでなく全世界のイスラム教徒(ムスリム)の政治的指導者としての地位を主張したことになる。バグダディは、イスラム教の預言者ムハンマド(日本では以前マホメットと表記)の血筋を意味する黒いターバンをかぶってインターネットの画像に登場、全世界のムスリムに対してISを支援するよう訴えた。

ISはその後シリアで拘束した欧米人人質にオレンジ色の囚人服を着せてTVカメラの前にひざまずかせ、殺害予告を語らせたのちに覆面をした欧米系のIS要員が人質の首を切断して殺害する映像を全世界にネットで流した。この公開処刑に、ジャーナリストの後藤健二さんと民間軍事会社の湯川遥菜さんの2人の日本人が含まれていたことは記憶に新しい。

さて有志国連合に加わっていないロシアの国防省は9月30日、「プーチン大統領の決定で、ロシア空軍がシリア領内のISの施設に対しピンポイント攻撃を始めた」と発表した。一方フランス国防省は9月27日、フランス空軍が同日シリア領内のIS拠点に空爆を加えたことを明らかにした。アメリカは1年前からイラク領内のIS拠点に激しい空爆を加えてきたが、シリア領内への空爆は控えてきた。それはアメリカはじめ西側諸国が敵視するシリアのアサド政権を助けることになるという理由からだ。

ロシアがシリアのアサド政権を支持していることは周知の事実だ。チェチェンなど、カフカス(コーカサス)地方のロシア連邦を構成するイスラム共和国群からISに加わっている過激派がいることも周知の事実だ。かつて激発したチェチェン発の国内テロ事件に悩まされたロシア政府が、ISを敵視していることは当然だ。しかしプーチン大統領はこれまで、ロシアがIS撃滅のために具体的行動に出ることは控えてきた。それが一転したのは、9月28日ニューヨークでプーチン大統領がオバマ米大統領と会談したことにナゾを解く秘密がありそうだ。

「アサド大統領は暴君だ。内戦で20万人の国民が死亡し、数百万人が難民化した事態を招いた張本人だ」と、オバマ大統領は国連総会の一般演説でアサド政権を厳しく非難した。一方で、シリアとイラクにはびこるISのメンバーには、1000人以上とも言われるアメリカ市民権を持つイスラム過激派が参加しており、国内治安対策上でもIS掃滅が、オバマ政権の至上課題でもある。

9月28日の米ロ首脳会談で、オバマ、プーチン両首脳はシリア問題の解決策を今後も探ることで合意した。空爆による掃討作戦が手詰まりになっているオバマ大統領は、アサド政権の即時退陣よりも、ロシアの手を借りてでもIS掃討の突破口を開く方向に重心を移したのかもしれない。それがロシア、フランスのシリア領内IS拠点への空爆開始につながったのではあるまいか。とすれば、アサド政権の延命に目をつぶってもIS掃滅を優先するべきだと米ロが暗黙の合意に達し、フランスもそれを見てシリア領内のIS空爆に踏み切った可能性がある。

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