忘れてはいけない、覚えているうちに【7】1953年という年―もしかして「選挙オタク」?

「選挙」への異様な関心

 1953年、この年の前半には、公私ともにいろいろあったのである。日記には、3月6日にはスターリンの死去で「軍事株」の大幅な値下がり、3月14日吉田茂首相のバカヤロー解散などの記述がある。4月19日投票日となるが、この頃、選挙に異様に関心を示している。4月13日、豊島公会堂に鳩山一郎が中村梅吉の応援に来るというので、母と次兄についてゆく。すごい混雑ぶりだったが、前座の区議や都議らの話が長くてくだらなくて、「鳩山一郎、鳩山一郎」のブーイングが起こり、司会者は「ただいま参ります」の繰り返すなか、いよいよ登場、打って変わった静けさになったらしい。一時間近い話は、「あんまりたいしたことのない演説」で、最後に中村梅吉の演説に入ったとたん、みんな正直なもので、ぞろぞろ半分くらい出てしまった」とある。そして我が家の三人もそこで帰宅している。選挙の前日の4月18日には、午後二時、東口の加藤隆太郎の事務所に吉田茂が応援に来るというので、母と出かけている。大変な人出なのだが、待っても、待っても吉田茂は来ず、ようやく「ただいま参りました」の声がした途端、どうも通り過ぎてしまったらしい。20日、学校の昼休みに選挙速報板を見に行った友達もいた。東京五区は、一位が隻眼の王子運送の鈴木仙八、神近市子、河野密、中村梅吉の順で当選、漫談の石田一松落選。他の選挙区では広川弘禅、尾崎行雄が落選、「時代の大きな変化だ」と、もっともらしい?感想ももらしている。4月23日には鈴木茂三郎が東口で演説があるといえば、母と一緒に駆け付けている。中学生の“選挙オタク”ぶりに、いまになって驚いている。しかし、それにしても、政治家が、今より身近かだったという感じがする。当時は、選挙というと、各党の候補者が一堂に会する立ち合い演説会が小学校などを会場に開催されていて、家族と一緒に何回か出かけたこともあったことを思い出す。

 3月30日、明仁皇太子が、エリザベス女王戴冠式参列と欧米14か国訪問のため出航している。ちなみに、10月12日までの長旅である。「今日はいよいよ皇太子さんの出発、実際にお送りできなかったが、ラジオによってそのようすを聞いた。皇太子さんはほんとうにくたびれたこの十日間、お茶の会だの別れ会、なんのパーティーだので。かえって今日船にのった方が楽になったかもしれない。どっちにしても少しさわぎすぎだよ」と、ずいぶんと親し気ではある。

わが家は東京宿泊所?

 母の実家のある佐原には親戚が多いが、この頃、伯父や伯母が東京に用があるとき、いとこたちが受験、遊びなどで上京すると、我が家は東京宿泊所の様相を呈していた。疎開中にお世話になったのだから、せめての思いもあったに違いない。母はいつも食事に気を配っていたし、布団を干したり、カバーを替えたりと大忙しのようだった。家族で豊島園に案内したり、デパート、映画や歌舞伎などを見に行ったりしている。4月1日、いとこの一人、私と同い年のAちゃんが、腸閉塞のため急死した。小学校では香取郡の健康優良児に選ばれていたので、衝撃は大きかったようだ。

 上記のような日記はほんの一部で、日記のほとんどは、毎日の学校の勉強や成績のこと、家での出来事が綴られている。当時、バイオリンを習い始めていたり、小学校から続けていた「おどり」(島田豊児童舞踊)に通っていたりして、そちらの方も忙しかったようだ。バイオリンは音楽塾のようなところで、先生は芸大の学生で、月謝が100円高くなって800円になったと嘆いている。すべてが芸大の学生に渡っていたわけではない。それにしても、学校の先生たちの「不満」が随所に現れる。必ず遅れて来る国語の教頭、自慢話が多い、一年の担任だった図工の先生、お説教か自習が多い数学の校長衛生室の先生は「花と私たち」を読めとうるさい・・・。クラスの総務委員をやっていたので、学年を通じての議題、たとえば、昼食のパンの購入時間、席替えのルール、投書箱の設置、中学生の望ましい行動・・・などある。もちろん中学校では給食などない時代なので、私のお弁当は毎日、母が作ってくれていた。

 この年の日記は、6月でしばらく途切れ、8月に再開、9月2日を最後にノートは空白になっている。

・約半年間で観た映画など:ひめゆりの塔(次兄、母と二回)、女一人大地を行く、稲妻、シンデレラ(東劇)、村八分、坊ちゃん、浪人吹雪、 トムソーヤの冒険(新児童劇団)、死の追跡、美貌の罪

・4月の身体検査:体重37キロ、慎重147センチ、胸囲72センチ、座高80センチ、視力右0.4左0.8

初出:「内野光子のブログ」2023.1.2より許可を得て転載
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