慰安婦問題日韓合意 ― 韓国側の言い分に十分な理がある

対立する当事者との意見の食い違いがあるとき、何よりも必要なことは、相手の言い分をよく聞くことだ。対北朝鮮、対韓国、対中国の諸問題では、圧倒的なメディア・ナショナリズムが、相手側の言い分を掻き消している感がある。慰安婦問題に関する2015年日韓合意でも、その印象が深い。
一昨日(2月11日)の毎日新聞朝刊第7面(国際面)「世界の見方」欄に、南基正(ソウル大日本研究所副教授)が、「10億円の意味 確認を」というタイトルの寄稿が掲載されている。達意の文章で、説得力に富む。読後、「なるほど、韓国世論はこう考えているのか」と蒙を啓かれた思いがある。目立たない隅っこの記事でネットにもアップされていないが、貴重な意見として紹介したい。
「平昌五輪開会式に安倍音三首相が出席し、文在寅大統領と首脳会談を行ったことはひとまず良かった。2015年の慰安婦問題に関する日韓両政府合意をめぐる意見の隔たりにもかかわらず、未来志向を確認したことは、大人の外交の可能性を示した。
合意直後から日本側は日本政府が拠出する10億円は日本政府の責任認定と関係ないかのように説明し、安倍首相は元慰安婦たちにおわびの手紙を送ることは『毛頭考えていない』と切り捨てた。首相のこの言葉は韓国国民に衝撃を与え、元慰安婦たちの心の傷口を広げた。
合意の基本精神は、慰安婦問題について日本政府が責任を認め、謝罪し、元慰安婦の心の傷を癒やすための措置をとることだったはずだ。その基本精神を否定されて渡される金銭的措置に何の意味があるのか。10億円の意味を確認することは、事業継続と合意履行のために不可欠だ。
合意には、日本政府の予算で拠出した資金で、『全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う』ために韓国政府と協力することが明記されている。韓国が求めているのはこの範囲内でのことである。さらに合意は、日本政府の取るべきこの行動を前提に、問題が最終的に不可逆的に解決『される』ことを確認している。条件を伴った未来形であるので、条件が満たされない限り、問題が解決「した」ことにはならない。
合意と関連し、韓国はゴールポストを動かしてはいない。ゴールのなかにボールをいれる方法を示したのである。10億円の意味に対する疑心こそ、合意完成への道をふさぐ最大の障害だ。日本がその疑心を晴らすのは合意の枠内で日本がしなければならない責務である。その責任を果たす真摯な態度が合意を拒む元慰安婦たちの心に届く時、合意は完成に向かって動き出すだろう。(日本語で寄稿)」
眼目は、「合意の基本精神は、慰安婦問題について日本政府が責任を認め、謝罪し、元慰安婦の心の傷を癒やすための措置をとることだったはずだ。その基本精神を否定されて渡される金銭的措置に何の意味があるのか。10億円の意味を確認することは、事業継続と合意履行のために不可欠だ。」というところにある。
安倍政権側は、「カネで解決できるのなら10億を出そう。形だけ謝って済むのなら謝罪の表明もしよう。しかし、これっかぎりだ。この合意で、『最終的かつ不可逆的に解決』なのだから、これ以上は1ミリも譲歩はしない。元慰安婦に謝罪の手紙を書くなんて約束していないことをすることは『毛頭考えていない』」というわけだ。
韓国側は、安倍政権に「その責任を果たす真摯な態度」を要求し、安倍政権側は、「そんな約束はしていない。カネで解決の約束のはずだ」「それ以上の要求は筋違い」とすれ違っている。
あらためて、日韓慰安婦合意の内容を確認しておこう。以下は、外務省のホームページからの転載である。これ以外に密約があるとも言われるが、密約の存在もその内容も気にする必要はない。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html
2015(平成27)年12月28日
1 岸田外務大臣
日韓間の慰安婦問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,日本政府として,以下を申し述べる。
(1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
(2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。
(3)日本政府は上記を表明するとともに,上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
2 尹(ユン)外交部長官
韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,韓国政府として,以下を申し述べる。
(1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。
(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
(3)韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
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なるほど、よく読めば、南氏のいうとおりではないか。安倍政権には、韓国政府とともに、「日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行う」義務を負うのだ。「10億出したから終わり」と逃げることは許されない。明らかに、韓国側の言い分に分がある。
(2018年2月13日)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.2.13より許可を得て転載
〔記事出典コード〕サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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