憲法や政治学の研究者が、切実に国民に訴える「安保3文書」の危険性

(2022年12月25日)
 我が国の安全保障政策を根本的に転換し、平和憲法をないがしろにする「安保3文書」の閣議決定。これに対する批判の声明が、各方面から相次いでいる。

 法律家の分野で特筆すべきは、日弁連が12月16日付で「「敵基地攻撃能力」ないし「反撃能力」の保有に反対する意見書」をとりまとめ、19日付で内閣総理大臣及び防衛大臣宛てに提出したこと。
https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2022/221216.html

 そして、一昨日(12月23日)の「立憲デモクラシーの会」の声明である。
 同「会」は、「立憲民主党」とやや紛らわしいが、「憲法に従った民主政治を回復するために」結成された、著名な研究者で作る任意団体である。2014年、安倍晋三政権が集団的自衛権行使容認の憲法解釈に転じたとき、これを批判する立場の法学者・政治学者を中心に、安倍内閣の方針に対抗すべく設立された。設立時の共同代表は樋口陽一、山口二郎、奥平康弘。設立の際の記者会見で、奥平は「安倍政権の下で、立憲主義とデモクラシーはともに危機的状況にある。私たちには、異議申し立てをする義務がある」と述べている。

 その「会」が、12月5日に「いわゆる反撃能力の保有について」とする声明を、さらにこの度「安全保障関連三文書に対する声明」を発表した。憲法や政治学の研究者の危機感は強い。
http://gifu9jou.sakura.ne.jp/democrcy221223.pdf

 声明は、「『抑止力』が相手国に攻撃を断念させる保証はなく、逆にさらなる軍拡競争をもたらし安全保障上のリスクを高める」「先制攻撃と自衛のための反撃は区分が不明確。敵基地攻撃能力の保有は専守防衛という日本の防衛政策の基本理念を否定する」などと指摘した。

 また、防衛費増額についても「GDP(国内総生産)比2%という結論に合わせた空虚なもの」として「税負担の増加は国民の疲弊を招く」と批判した。さらに、手続き面でも「国会で説明せず内閣と与党だけで重大な政策転換を行った」として「国民不在、国会無視の独断」と断じている。

 同日、国会内で記者会見した研究者の各発言は、次のように報じられている。
 長谷部恭男・早稲田大教授(憲法) 「なぜ軍拡を進めるのかについて、安全保障上の必要性や合理性に関する説明が欠けている」
 中野晃一・上智大教授(政治学) 「国会で説明せず、閉会後に独断でなし崩し的に閣議決定した。2014年に安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定だけで決めた手法が、いよいよ先鋭化している」
 石川健治・東大教授(憲法) 「露骨に『敵』や『攻撃』という観点が打ち出されているが、周辺国の危機意識を高めただけだ。閣議決定で決め、法整備や財源を後付けしている」

 声明は、以下のとおり(一部割愛)。

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安全保障関連三文書に対する声明(2022年12月23日)

 岸田文雄内閣は、12月16日、安全保障関連三文書の改定を閣議決定した。立憲デモクラシーの会は、すでに敵基地攻撃能力保有の問題性を指摘する声明を発表しているが、今回の三文書について、改めて、その内容と手続きの両面から疑義を呈したい。

 政府は敵基地攻撃能力の保有により「抑止力」を高めることが日本の安全に不可欠だと主張する。しかし、一般に抑止という戦略は相手国の認識に依存するので、通常兵力の増強が相手国に攻撃を断念させる保証はなく、逆にさらなる軍拡競争をもたらして、安全保障上のリスクを高めることもありうる。

 また、政府は日本が攻撃を受ける事態の意味について、「敵国」が攻撃に着手することを含むかどうかについてあえて曖昧にしている。すなわち、日本に向けたミサイルの発射の前に日本から攻撃を行う可能性を否定していない。そもそも、「敵国」が発射するミサイルが日本を攻撃するためのものか否かは、発射された後にしか確定し得ない。「先制攻撃」と自衛のための「反撃」の区分はきわめて不明確であり、敵基地攻撃能力の保有は専守防衛という従来の日本の防衛政策の基本理念を否定するものと言わざるを得ない。

 政府の打ち出した防衛費増額についても、それが日本の安全確保に資するものかどうか、疑問である。来年度から5年間の防衛費を43兆円、GDPの2%にすると政府は表明した。しかし、今回の防衛費急増は、必要な防衛装備品を吟味したうえでの積み上げではなく、GDP比2%という結論に合わせた空虚なものである。すでに、第二次安倍晋三政権がアメリカから有償武器援助で多くの防衛装備品を購入しており、その有効性についての検証もないまま、いたずらに防衛費を増加させることは、壮大な無駄遣いに陥る危険性をともなう。

 臨時国会が閉幕してわずか1週間の間に、与党調整を済ませ、閣議決定するという手法も批判しなければならない。そもそも防衛費大幅増、敵基地攻撃能力の保有は今年4月からウクライナ戦争に便乗する形で、自民党内で声高に叫ばれるようになった。岸田首相にその気があれば、7月の参議院選挙で防衛費急増とそのための増税を争点とし、国民の審判を受けることができたはずである。選挙の際には争点を隠し、秋の臨時国会でも国会と国民に対する説明をせず、内閣と与党だけで重大な政策転換を行ったことは、国民不在、国会無視の独断である。

 今回の防衛政策の転換と防衛費急増は、国民の疲弊のみならず、東アジアにおける緊張を高め、軍拡競争を招くことが憂慮される。立憲デモクラシーの会は、日本の安全保障政策のあるべき姿と防衛力の規模について、来年の通常国会において白紙から議論を進めることを求める。

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.12.25より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20511

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12676:221226〕