我孫子市の春の珍事 市長選も県議選も無投票

韓国通信NO719

今年1月の我孫子市長選挙は無投票で現職市長が5回目の当選を決めた。次いで今月9日投票予定の県議選も無投票になった。
 

<写真/定員2名でおしまいの「無投票」を告げる掲示板>

 
 ダブル無投票に市民たちはビックリ、町はその話題で持ちきりだ。
 「一体、我孫子で何が起きているのか」と不審がる隣町の友人に、「選挙をしないだけのこと」と恥ずかしさ半分、やけくそ半分の説明をするほかなかった。
 無投票の都府県議会選挙は全国の4分の1にのぼる。市長選に続き県議選まで「ダブル無投票」となった我孫子市民の戸惑いは大きい。
 環境、子供の教育、住民福祉、人口減少など多くの自治体と共通の問題を抱えているにもかかわらず、太平楽な「極楽トンボ」に見える。地方政治と無関係に見えるが市民たちには物価高騰、原発政策の大転換など不安と不満のなかに暮らすという現実がある。

 「すべて世はこともなし」(ロバート・ブラウニング/イギリスの詩人1812~1889)。危機感を欠いた無投票によって自分たちが無視されたと感じた人も多い。
 翼賛政治でもあるまい。選挙の洗礼もうけず、ぬくぬくと現職を続けることへ苛立ちもある。
 政治への不満が巷に渦巻いている。具体的な中身はさておいても民意と政治があまりにもかけ離れていると感じる人が多い。
 前回総選挙の比例区得票数を議席に振り分けると自民党の現議席261は160議席になる計算だ。「こんな選挙では意味が無い」と諦めの声さえ聞こえる。虚構の「絶対安定多数」で自公政権はやりたい放題の暴走だ。地方の声を国政へ! 国政選挙どうように地方自治選挙も私たちの意思を伝える武器だ。無投票を漫然と見逃すわけにはいかない。

<怒りの矛先を自分に>
 無投票という「惨事」が何故起きたのか。市議会の野党各会派が市長選にも県議選にも立候補者を出さなかった。結果的には市議会が「オール与党」になった。秋に予定される市議会議員選挙。前回の投票率は42.91%、前々回は44.93%だった。
 二つの「無投票」選挙にあきれた市民が果たして市議選に積極的に足を運ぶだろうか。
 4月3日、我孫子駅頭のスタンディングで「無投票」「恥!」!のプラカードを掲げた(下の写真)。
 

 
怒りを込めて、2月のスタンディングに使う予定だった鬼の面をつけた。市議会のオール与党化を心配したが、本当に恥ずべきなのは私たち市民だという思いを込めて「恥」と書き込んだ。怒りはこのような状況を生んだ不甲斐ない自分たちに向けた。 

 その前日、久しぶりに友人たちと酒を飲み交わした。
 昼間に飲むビールは格別だったが、勢い、話は二つの「無投票」の話題になった。誰ひとり対立候補として手を挙げなかった不思議。酒の勢いもあったかもしれない。仲間から候補者を出そうという話で盛り上がった。ポスター作り、誰が貼るのか、街頭演説の話になると沈黙して顔を見合わすほかなかった。飲み会の参加者は全員が80歳台。問題意識は旺盛でもその後が続かなかった。
 自宅に帰ってからも選挙のことが頭から離れなかった。二回の無投票で自分とこれまでの選挙とのかかわり方が問われたような気がした。選挙の話になると、世襲議員、大企業や大手労働組合、業界団体、宗教団体の利益代表の議員たちが頭に浮かぶ。選ばれる人と選ぶ人の固定した役割関係が政治に対する「しらけ」と無関心を生んできた。残念なことに無関心は地方議会選挙にも広がっている。
 誰でも政治家になれる。現職のサラリーマンでも、子育て中の主婦も年金生活者も「世のため人のために」というボランティア精神で政治家になったらいい。今回の無投票から日本全体を覆い始めた政治に対する無気力と無関心が見えたような気がする。立候補する権利と投票する権利を軽視する市民は「恥」を知るべきだ。

<坂本龍一を悼む>
 坂本龍一が死んだ。作曲家、演奏家、俳優としての大きな足跡が闘病生活とともに詳しく報じられた。だが社会思想家、運動家としての側面を抜きにした一面的な評価に違和感を覚えた人も多いはず。彼の全共闘時代の反体制・反権力の心情は同時多発テロ、アメリカのアフガニスタン侵攻、イラク戦争に対する批判に向けられた。彼の音楽表現は常に戦争と権力に対するプロテストにあった。原発、安保法制への明確な意思表示と積極的な平和憲法擁護発言を政権に気兼ねするメディアもてあました。

 「しかし、もっと大事なことは『人を殺すな』『生き物を殺すな』ということです。人を殺すテロや戦争、生物を殺す環境破壊、次世代を苦しめる債務や金融システム、これらを、どう『希望』へと変えていくかです」<坂本龍一監修『非戦』2002年刊より>
 坂本の死にあたり、NHKのニュースはYMOの音楽活動を紹介し、国内外の反響を大きく伝えた。だが私には表面をなぞっただけの通り一遍のものに感じられた。坂本は自由に発言しづらくなった時代の雰囲気を強く感じていた。彼が伝えきれなかった平和、反核、反原発、環境保護への思いをより具体的に紹介して欲しかった。
 坂本を無難なノンポリ・ヒューマニストとして葬り去ることは許されない。坂本龍一の遺志を私たちが引き継ぐほかない。
 
初出 :「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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