技術進歩の限定的視座~ハロッド中立仮定と岩田・丸山解釈

カルドアが示した「経済成長の定型的事実(カルドア的事実)」労働分配率の安定、一人当たり生産と資本の均衡成長、資本収益率のほぼ一定性を説明するため、丸山徹氏はハロッド中立的技術進歩を提示した。技術進歩は労働効率だけを高め、資本 (K) は固定されたままという、限定的な前提である。理論的には整合性があるものの、現実の資本や生産手段の進化はほとんど考慮されない。

岩田昌征氏はこの枠組みを踏まえつつ独自の解釈を加え、労働の生産性上昇を経済成長の中心に据える意義を示す。近代経済学の枠組みの中で、労働価値説が経験的に一定の根拠を持つことを示す点は興味深い。しかしその一方で、資本の技術進歩を理論から除外してしまう傾向には、理論の便利さと現実の経済力学のズレが透けて見えてくる。読み手はこのズレの含意を冷静に考えることもできるだろう。

さらに、丸山氏のハロッド中立仮定も、数学的整合性を優先するあまり、資本の進化や技術の複雑性への配慮は十分とは言えない。統計的事実の説明には便利だが、その陰で現実の技術進化は理論の外に置かれ、等閑視されてしまうのである。そして何より、近年の国際経済や技術革新の状況を見ると、かつてのカルドア的事実すらも必ずしも成り立たなくなりつつある。労働分配率の安定は揺らぎ、一人当たり生産や資本の均衡成長にも国際間で大きな差が生じている。

現代のAIを考えれば、この限定的視座はさらに際立つ。今日のAIはまだ完全自律的ではないが、近い将来、自己改良的に能力を高める存在として進化するだろう。AIは、人間の労働や資本の媒介を必要とせず、自ら進化する資本として振る舞う。すると、ハロッド中立の枠組みでは、この新たな資本進化を説明できず、理論と現実の乖離が浮き彫りになる。

ひとまずカルドア的事実を説明するためには、資本の技術進歩も含めた理論を組み立てるのが自然な道筋だろう。岩田氏の洞察は貴重で、マルクス経済学的観点の経験的補強も示唆するが、その限定的視座は、理論的整合性の陰で現実の経済力学の多様性が過小評価されているとも解釈できる。丸山氏のハロッド中立仮定と岩田氏の解釈の組み合わせは、数学的には美しいが、現実の資本・技術進化の多様性、そして揺らぎつつあるカルドア的事実を考慮すると、どこか不自然な響きを持つのである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.ne
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