探せばあった、アベ政権にも「三つのレガシー」。

著者: 澤藤統一郎 さわふじとういちろう : 弁護士
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(2020年9月5日)
信じられないことが次々と起こる。
「史上最低」・「戦後最悪」と言われ続けたアベ政権である。長すぎた政権の終焉の後には、反アベか、少なくも非アベを掲げる政権でなければ人心の掌握はできまい。アベ政権のママ、目先を変えねば保守政権がもたないだろう。そう考えるのがごく常識的な「読み」である。それが、どうやら見当外れのようなのだ。

アベの黒幕として、アベ政治を支えてきた人物が、アベ後継を看板に、総裁選に立候補予定で、既に当確だという報道なのだ。「アベのアベによるアベのための政治」から、「アベによらない、アベ流のアベ友のための政治」への微修正。世の中、少しも変わり映えしそうにない。

共同通信社が29、30の両日に実施した世論調査では、「内閣支持率」は1週間前より20.9ポイント増加して、たという。そんなバカな、と絶句するしかない奇妙奇天烈摩訶不思議。そのアベに対する国民のシンパシーをアベ後継がごっそりいただいて政権基盤を固め、あわよくば解散、総選挙にも打って出ようという構えだという。

アベ政権をどう評価するか。アベ後も、そのことを問い続けねばならないことになりそうだ。アベ政権っていったい何をしたんだ? あるいは、何をしようとしたんだっけ?

この点について、昨日(9月4日)の毎日朝刊解説面に、検証・安倍政権「最長政権 首相のレガシーは」という企画で、3人の若手研究者がのびのびと発言している。
https://mainichi.jp/articles/20200904/ddm/004/070/005000c

常識的には「安倍氏には、歴史教科書に残るだろうレガシーがない」(石原俊・明治学院大教授)が、いやいやそうでもなかろう、「改憲できなかったという『成果』」があるではないか」というのが田中信一郎・千葉商科大准教授の指摘。

田中信一郎説によれば、アベ政治には以下の「三つの成果」がある、という。これは貴重なレガシーではないか。

第一の「成果」は、憲法を改正できなかったことである。安倍首相は憲法改正に強い意欲を持ち、国会の状況次第では、発議が可能な議席数でもあった。それでも、憲法改正はできなかった。

 安倍首相であっても憲法改正できなかったことは、憲法改正が非現実的な政治課題であることを実証した。それも憲法の基本原則「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を変更する改正が、極めて困難であることを示した。「精神の総力戦」を展開した安倍首相より有利な改憲条件の首相は、今後なかなか現れないだろう。

第二の「成果」は、国民生活を向上できなかったことである。景気拡大は71カ月続き、日経平均株価は2万円台を回復し、企業収益は過去最高を記録した。一方、2012年を100とする指数で18年を見ると、実質賃金指数は96・44に低下し、実質世帯消費動向指数は90・72に低下した。物価上昇に賃金が追いつかず、家計は苦しくなった。

 指標での「景気回復」を実現しつつも国民生活を悪化させたことは、景気対策を中心とする従来の経済政策の限界を示している。いわゆる「アベノミクス」として異次元の金融緩和、100兆円財政への拡大、公正さが疑われるほどの規制緩和という、それまで別々に進められてきた経済政策を総動員した「経済の総力戦」だったにもかかわらずの結果である。

第三の「成果」は、政治・行政システムの欠陥を天下にさらしたことである。森友学園、加計学園、自衛隊日報問題、労働統計問題、桜を見る会などは、単なるスキャンダルでなく、政府高官の恣意によって、政府の権限・予算・財産が不透明・不公正に用いられるという疑惑であった。

 安倍首相と政治・行政システムを巡るさまざまな問題は、システムの公正性・透明性を確保する改革が最優先課題であることを示している。今のままでは、人々を助ける政策であっても、中抜きなどの問題が横行するかもしれない。

 以上の「成果」を認めず、改憲に政治的な資源を費やし、アベノミクスや亜流の経済政策を続け、政治・行政の透明化と公正化を最優先しない政治家は、現実を直視しない空想主義者である。人口減少など前例のない課題が山積する中、空想主義者に国会の議席を預け続けるのか、有権者の判断が問われている。

まったくそのとおりである。レガシーとは、決して為政者の名誉と結びつくべきものではない。国民の利益に適うものとしてとらえるべきが当然ではないか。アベは、総力をあげて改憲を実現しようとして果たせず、「改憲は不可能」という国民共通の認識を遺した。この実績こそが、国民の立場から、たいへんに貴重なレガシーなのだ。「アベノミクスを喧伝しなから国民生活を悪化させた」ことも、「政治・行政システムの欠陥を天下にさらしたこと」も、同様にアベの不名誉ではあるが、これこそ国民の立場からは立派なレガシーなのだ。

とすると、アベ退陣を機に内閣支持率を上げた20%の人々の真意は、「国民の利益のために、自らは不名誉の汚名を着てくれたアベさんありがとう」「憲法改正は不可能と実証してくれたアベさんへのご挨拶」「アベ流の経済政策や政治手法は転換しなければならないことを明らかにしたアベさんご苦労様」ということであったやも知れない。

これを読み違えると、政権の命取りでは済まず、保守政治の命取りになりそうだ。

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.9.5より許可を得て転載

http://article9.jp/wordpress/?p=15605

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/

〔opinion10087:200906〕