推理ドラマの数々

都会では特に暑かった今年の夏も朝夕には、涼しくなりました。 秋の夜長には、ミステリーを読みたくなります。 でも、眼が悪くなり細かい活字が苦手になった最近では、バーゲンで買ったDVDで昔のTVシリーズを観るのが楽しみになりました。
日米で大人気であった御存じ「刑事コロンボ」全シリーズも買い、全て視聴したのですが、このシリーズは、ピーター・フォークのライフ・ワークとも云うべき割には、出来の悪いものが多くて苦笑してしまいます。 昔、観た折には気づかなかったのですが、原作と脚本が悪い作品では、ミステリー紛い、としか言いようが無いものがあります。
最初のパイロット版第一号とでも云うべき1968年の作品「殺人処方箋」(Prescription: Murder )では、若い愛人(患者)と一緒になりたい精神分析医が妻を殺すのですが、 精神分析医ならば、自分の患者である愛人一人ぐらいは、いくら結婚を迫られても制止出来るのではないのでしょうか。 無理して妻を殺す動機が不明です。 更に、社会的立場から観て、患者に手を出して愛人にしたりしたことが露見すれば精神分析医として致命的な欠陥を有することの証明になり、その後の経歴に傷がつくことになります。 ここは、一時の欲情に負けて関係を結んだ犯人が、愛人に結婚を迫られ妻との間に紛争を生じたり、離婚して友人・知人に気まずい思いをすることを恐れて、衝動的に(米法では「第一級殺人」では無く)愛人を殺すことにした方が自然でしょう。
殺人場面でも医師である犯人が、被害者の呼吸・心拍確認を慎重に行い死亡を確かめる筈が、旅行先から帰れば、被害者が死亡していない、と云う杜撰さです。
次のパイロット版第二号では、もっと不自然なことがあります。 作品の出来よりミステリーが成立しないのです。 その1973年の作品「死者の身代金」(Ransom for a Dead Man)では、敏腕の女性弁護士が、夫の誘拐を偽装して信託財産から多額の身代金を用立てて、自家用機から犯人へ現金を投下したように装い着服するのですが、この時点で、既に自らFBIに通報し、当然のことながら身代金の紙幣番号は記録されているのです。 詰まり、身代金の現金は事実上、費消出来ないのです。 その番号が記録された現金を、御丁寧に隠匿し、義理の娘に脅迫されたとは云えども渡してしまえば、例え、義理の娘が警察に通報しなかったとしても何れは市中に出て、出所が判明することぐらいは、敏腕弁護士で無くても理解出来るでしょう。
この作品はミステリーとして成立しないぐらい馬鹿らしいので笑う他はありません。
これ等をパイロット版として好評であった故にその後も似たりよったりの作品が延々と続くのですが、十中八九が脚本の出来が悪いので、主演のピーター・フォークが気の毒です。 日米とも論理的思考力が無い人が多数派なのでしょうか。
そこへ行くと、1992年の作品「 初夜に消えた花嫁」(No Time to Die )は、結婚披露宴の会場であるホテルの一室で、彼と彼女がやっと二人きりになれた、と思った途端、忽然と花嫁が姿を消す不気味さに始まり、幸福の絶頂から暗転した花婿と親戚・友人達警察官がベテランのコロンボに指示されながら日頃からの手馴れた警察捜査の手続を踏み、次第に犯人に迫って行く重厚さです。 それもその筈で、原作には、Evan Hunterの名が観えます。 この名は、あのEd McBain の別名なのです。 息の長いシリーズ「87分署」を書いたこの作家は、私の第一のお気に入りです。 天才的な推理に頼らず、実際の警察捜査手法に基づいて書かれた作品は、警察のファイル類の文書を掲載したりしたリアルなもので、コロンボ刑事のシリーズが目指すものとは全く違います。
その昔、英作文の大家であった故山田和男氏が著作中で英語の勉強のために推理小説を読むことを勧めておられたので、この作家の推理小説を英語の勉強のために読み始めたのですが、間もなく、英語の勉強等は何処かへ飛んで行き、作品の魅力に嵌ってしまいました。 87分署シリーズは、テレビでシリーズ化されて子供の折に数点を視聴していたことも影響しました。

http://mystery.co.jp/program/columbo/explanation/
刑事コロンボ徹底解説 日本唯一のミステリー専門チャンネル

http://www.youtube.com/watch?v=AI5Vn0uUkGY
87th Precinct -The Floater (Pilot Episode)  87分署

さて、アメリカのものは推理よりも、概してアクションに比重があるものが多くて、私の好みからは、イギリスの警察・推理ものの方が良く出来ていると思われます。 コリン・デクスター(Norman Colin Dexter)が最初に世に出した「ウッドストック行き最終バス」(The Last Bus to Woodstock)でモース警部を知った私は、このテレビシリーズ版「モース警部」(Inspector Morse)を何度と無く視聴する程に気に入りましたが、このシリーズが生みの親になった「ルイス」(Lewis)も相棒役の役者ローレンス・フォックス(Laurence Fox)が主役を喰う程なので面白いです。 性格俳優のEdward Foxは彼の伯父さんですが、彼自身も一種独特の雰囲気がある俳優です。 役どころは、このシリーズでのモース警部と云ったところでしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=oAbKLR5FMRY
Inspector Morse – trailer

http://www.youtube.com/watch?v=BdfYGvQNq7M
Lewis – Trailer

ヘレン・ミレン扮する捜査官それも責任ある地位にある女性が、男性刑事多数を指揮して、被疑者を追い詰める「第一容疑者」(Prime Suspect)では、クライマックスは、取調室に於いて被疑者と対決する場面です。 イギリスでは被疑者取調の全過程は記録・録音されますので刑事手続諸法に基づき、必要があれば法廷に於いての検証にも耐える合法的取調で無いと全てが徒労になります。 従って、捜査官の取調能力が試されるのです。 シリーズではこの場面が見所になっています。 被疑者の申し開きの矛盾を衝き、心理的に追い詰め、証拠を突き合わせて刑事責任を追及するのは自白の強要ではありませんが、真剣勝負で自白に辿りつく場合があり、主人公が尋問の手法を磨いていることを窺わせる場面もあります。

http://www.youtube.com/watch?v=Fyu413qiOXY
Prime Suspect Trailer

過去の迷宮事件を今日の科学的捜査手法に依り再捜査する専従班を描く「迷宮事件特捜班」(Waking The Dead)のシリーズは、Sue Johnston扮するプロファイラ―・Grace Foleyの比重が重くて、主役を入れ替えればどうかと思われる程です。 事件は、少し残酷に過ぎるものがあり、青少年向けではありません。 同様に、過去の事件を再捜査する「退職デカの事件簿」(New Tricks)の方が笑える場面も多くて楽しいでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=NbuR0_o2Y5U
Waking The Dead Pilot Episode (Both Parts)

http://www.youtube.com/watch?v=mjFXq9Uw1-E
New Tricks Trailer

イギリス・ベネディクト会シュルーズベリ大修道院に所属する修道士カドフェルを主人公にした歴史的推理ドラマが「修道士カドフェル」(Cadfael)ですが、時代設定が中世なので、一種独特の雰囲気がありイギリスの歴史知識が無いと理解が難しい部分がありますが、原作がエリス・ピーターズ(Ellis Peters 本名は、Edith Mary Pargeterで、歴史小説家。 Ellis Peters名では推理小説家)なので時代考証も確りとした推理ものです。 この作家のシリーズは、原作を一冊も読んでいませんので、何時か読みたいものです。

http://www.youtube.com/watch?v=kLNHn4Pt-bA
Cadfael Trailer

その他にも、出来の良い作品が多くあります。 スウェーデンのヴァレンダー(Wallander)シリーズは、以前に投稿しましたが、本国のみでは無くてイギリスでもテレビシリーズ化されました。 原作は少ないのですが、読み応えのある作品です。 日本のテレビでは、大人の視聴に耐える作品が殆ど無いようで寂しい限りです。 推理小説でも、嘗ての松本清張のような社会性のある重厚な作品が無いようです。 知性と論理を基礎にした推理小説やその映像化が無い(或いは少ない)のは、その社会そのものの成り立ちに欠陥があるのでしょうか。 それとも単なる趣味の相違に過ぎないのでしょうか。 そう云えば、嘗て、黒沢映画には、Ed McBainの原作を映像化したものがありました(天国と地獄)が、公開当時には、好評を博しました。 日本でも大人の鑑賞に堪える推理ドラマの土壌はあると思うのですが。