参院選が始まった。与野党は7月21日の投開票に向けて選挙戦を展開中だが、街々を歩いて得た印象では、どこもかしこもいつもと同じたたずまいで、有権者の間に参院選への熱気が感じられない。が、今度の参院選は、言うなれば、日本のこれからの命運を決める歴史的な決戦である。なぜなら、今度の参院選で改憲勢力が3分に2を確保すれば、早ければ来年にも日本国憲法が改定されかねないからだ。
参院選公示前日の3日、日本記者クラブで与野党7党による党首討論会が開かれた。21日の投開票日に向けた選挙戦が事実上始まったわけだが、4日付の朝日新聞はその模様を「自民党総裁の安倍晋三首相に対し、野党各党が年金をめぐる老後不安や消費増税などの生活に直結するテーマで論戦を仕掛けた。首相は憲法改正などで基本政策の異なる野党の『共闘』を批判」と伝えていた。
私もこの討論会をテレビで観戦したが、野党各党がそろって消費増税や年金問題に焦点を当てるのを見て、「おや、討論の焦点は別のところにあるのでは」と思った。なぜなら、討論会以前の6月21日のインターネット番組で、安倍首相が「(参院選は)憲法について、ただただ立ち止まって議論しない政党か、正々堂々と議論する政党か、それを選ぶ選挙だ。そのことを強く訴えてゆきたい」と述べ、参院選では改憲を主要争点にすることを明らかにしていたからだ。
それに先立つ5月3日には、首相は「2020年に新しい憲法施行の年にしたいという気持ちに変わりありません」と公言していた。
ならば、野党の中で護憲を掲げる政党は、討論会で安倍首相に正面から憲法問題で論戦を挑むべきではなかったか、と思えてならなかった。
とりわけ、参院選を控えた5月29日に5野党・会派(立憲・国民・共産・社民・社会保障を立て直す国民会議)と「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合(市民連合)」が合意した「共通政策」13項目の第1項目に「安倍政権が進めようとしている憲法『改定』とりわけ第9条『改定』に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くす」とあったから、野党4党は選挙戦の第1戦ともいうべき党首討論会で、改憲を争点にするだろうと、私は期待していたわけである。
いずれにせよ、安倍首相と自民党は、選挙戦で総力をあげて改憲を訴えるだろう。首相の第一声も「この選挙で問われているのは、私たちのように議論する候補者、政党を選ぶのか、審議をまったくしない政党、候補者を選ぶのか、それをきめていただく選挙だ」だった。
参院議席の定数は245。改憲発議が可能になる「3分の2」は164議席だ。自公与党に日本維新、与党系無所属を加えた改憲勢力は非改選で79議席あるので、改選で85議選が必要となる。
もし、改憲勢力で85議席以上を獲得すれは、改憲勢力は「3分の2」の議席維持に成功したことになる。そうなれば、改憲勢力は「民意を得た」として、一気に改憲作業を加速させるに違いない。
そう考えると、今度の参院選は日本の今後の命運を決める「天下分け目の決戦」とみていいだろう。まさに、護憲勢力に決意のほどが問われていると言える。
このところ、私の脳裏に繰り返し甦ってくる過去の出来事がある。今から64年前の1955年2月27日に行われた第27回総選挙だ。
吉田茂・自由党内閣総辞職を受けて1954年12月に成立した鳩山一郎・民主党内閣は憲法改定に意欲を示し、鳩山首相も「改憲を目指す」と明言した。
鳩山首相が改憲に打って出た背景には、米国の対日政策の転換があった。すなわち、太平洋戦争に敗北した日本を占領した米国は日本を「非軍事化」することに力を注いだが、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、その方針を転換、日本を「反共のとりで」とする方向に舵を切り、日本政府に防衛力強化(軍備増強)を要求した。鳩山発言も、こうした米国政府の意向をくんだものであった。
当時は、第9条で「戦争の放棄」「戦力不保持」「交戦権の否認」をうたった日本国憲法は広く国民に支持されていたから、鳩山首相の発言は大きな反響を呼び起こした。
鳩山政権下の最初の総選挙が行われると決まった時、憲法を支持する国民の関心は1点に集中した。護憲を掲げる政党が衆院議席の3分の1以上を獲得できるかどうか、だった。もし改憲反対の議員が3分の1以上になれば、国会での改憲発議を阻止できるからだ。
憲法改定に反対する人々には不安もあった。なぜなら、直近の総選挙結果では、護憲派は全議席の3分の1を下回っていたからである。すなわち、1953年4月19日に行われた第26回総選挙の当選者454人の内訳は次のようなものだったからである。
<自由党199、改進党76、左派社会党72、右派社会党66、分派自由党35、労農党5、共産党1>
要するに、護憲を掲げる左派社会党と右派社会党を合わせても138人にとどまり、衆院議席の3分の1(151人)に届いていなかったのである。
ところが、55年2月27日の第27回総選挙(衆院議席は467人)は次のような結果だった。
<民主党(改進党の後身)185、自由党112、左派社会党89、右派社会党67、労農党4、諸派2、無所属6、共産党2>
左派社会党と右派社会党を合わせると156人となり、衆院議席の3分の1(155人)を1議席上回ったのだった。かくして、鳩山首相の改憲願望は挫折し、憲法は改定を免れた。
第27回総選挙の結果を受けて、この年10月に左派社会党と右派社会党が統一して「日本社会党」になり、同11月には、民主党と自由党が合同して「自由民主党」(自民党)を結成する。「改憲志向の自民党」対「護憲堅持の社会党」を軸とする「55年体制」の始まりであった。
それからずっと、憲法は改定されるこはなかった。衆院で護憲派が絶えず3分の1以上を占め、このため、自民党も衆院で改憲発議が出来なかったからである。しかし、2012年12月の第46回総選挙で改憲志向の自民・公明が衆院議席の3分の2以上を獲得。さらに、16年7月の参院選で、自公を中心とする改憲勢力が参院議でも初めて3分の2以上を占めるに至った。こうして、改憲勢力は衆参両院で改憲の発議が可能になった。
そして、今度の参院選である。果たして、今度の参院選で64年前の選挙結果が繰り返されるだろうか。護憲勢力にその“再現”が期待されている。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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