「その指摘は当たらない」
11月26日の党首討論で、立憲民主党の野田代表は、経済対策の裏付けとして編成される補正予算の規模が過大であり、金利高・債券安が進んでおり「今回の経済対策を含めて放漫財政に対する、私は警鐘ではないかと思います。このマーケットの警鐘について総理はどのように受け止めているか」と質問した。高市首相は「放漫財政というようなご指摘には、決して当たらない。そういう経済対策を組んだつもりでいる。」と答えている。出た!出た!のである。
安倍首相時代、菅官房長官の記者会見のとき、何を質問しようが、「その指摘は当たらない」としか、答えにならないような答弁で突っ放してしていたことは強烈な印象として残っていた。高市答弁にもついに現れたかの思いだった。菅官房長官のあのフレーズと表情はなかなか忘れられるものではない。当時、ネット上でも問題になっていたような気がするが、れいわの山本太郎が、参議院議長あてに以下の質問主意書を提出していたのは知らなかった。笑ってはいけない、大真面目だったのである。
<質問主意書>第193回国会(常会)質問第一三七号
菅内閣官房長官の「全く問題ない」、「批判は当たらない」などの答弁に関する質問主意書
国会法第七十四条によって提出する。平成二十九年六月十四日 山本 太郎
参議院議長 伊達 忠一 殿
政府の立場や認識、行政に対する批判や指摘について記者から質問に「全く問題ない」、「批判は当たらない」あるいは「指摘は当たらない」との答弁の多用・頻用について質したものである。また、当時の東京新聞(2017年6月3日)でも取り上げられていて、「説明責任の放棄」「異論のシャットアウト」するもので、官房長官としての発言への批判が高まっていることを報じている。
「指摘は当たらない」との答弁は無意味なばかりでなく、異論封じの傲慢さが体現しているフレーズではないか。
「前向きに検討する」
つとに流布している「国会答弁」であるが、類似のフレーズに、「積極的に検討する」「速やかに検討する」「検討を加速する」「早急に検討する」などがあり、また、逆に後退した言い方に「慎重に検討する」「検討を進める」「検討を開始する」などがある。直近では、11月4日、衆議院代表質問において、立憲の野田代表の企業団体献金についての質問に、高市首相は「公平公正な仕組みとなるよう不断に検討していくことが重要だ」と答えている。ということは、「仕組みとなるよう」「検討していくこと」が「重要」と言っているにすぎず、まず「仕組み」を考えることを「検討していくこと」が「重要」だということで、二重、三重に「検討」から遠ざけているということだろう。
「検討」とよくセットで使われるのが、「仕組み」であり「制度設計」という言葉である。この言葉が出たら、もはや、「検討」どころか、課題の解決からは遠のいたということだろう。
「大変お騒がせし、ご心配をかけて申し訳ありませんでした」
政治家個人にスキャンダルや不祥事が発覚したときに発せられる言葉だが、支持者ならともかく、大方の国民は「心配」などしてないのにといつも思う。誤解を招いたり、軽率だったりを深く反省し、二度とこのようなことのないようにと頭を深く、長く下げるのがオチだ。
「冷静かつ毅然と対応してまいります」
政府の失策や政策やある事案を強行しようとするとき、「粛々と進める」「法律に従って」「法治国家であるので」などのフレーズと組み合わせて使用されることが多い。
キリがないので、この辺でやめておくが、やはり気になるのは、いくら海外留学をしたからと言って、政治家がやたらに横文字、カタカナの用語を連発するのはいかがなものか。ある日の片山さつき財務大臣の記者会見で発せられた、コンセンサス、サステナビリテイ、ニュートラル、マーケットなどはまだしも、「フォワードルッキング」「スプリングレビュー」「ボイスフィッシング」など、なぜ日本語で語れないのか。
「政治とカネ」の問題を「そんなこと」と言ってのけた首相に「政治への信頼回復」を語る資格はない。
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11月27日、ベランダ先の大イチョウ、今日、7日には、かなりの黄葉が降り積もっていた。
初出:「内野光子のブログ」2025.12.7より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2025/12/post-43a3a0.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14557:251208〕













