本格化する中国の進出
復活祭(イースター)の休暇前、東チモールはチモール海の「グレーターサンライズ」田におけるコノコフィリップス社とロイヤルダッチシェル社が保有する合計56.56%の権利を650億ドルで買い取りました。休暇明け、そのガス田開発絡みの新たな動きがでてきました。
4月25日、上海の株式市場を通して中国の建設会社が、ベアソの港建設の契約を東チモールと交わしたことを発表したのです。建設費用は9億4300万ドルです。
東チモール東部ビケケ地方に属する南部沿岸地ベアソは、「タシマネ計画」(南岸沿岸地域の巨大開発事業)の三大拠点の一つで、「グレーターサンライズ」田からひかれるパイプラインの受け入れ地点です。もちろん、パイプラインが東チモールにひかれるとしたらの話です。しかしもはやそうなることが事実上決まっているかのように東チモール政府はふるまっています。ベアソにパイプラインがやって来ない可能性を考えたら、ベアソに港を建てるはずがありません。
「グレーターサンライズ」田開発の操業者(社)であるオーストラリアのウッドサイド社も、もはや東チモールの主張に抵抗する意志はないようです。その代わり東チモール沿岸地でのガス生産にかんして投資はせず技術的な操業者としてのみ関わっていくという趣旨の発言をしています。
「グレーターサンライズ」田は、東チモールにとって国家の命運を左右する存在ですが、ウッドサイド社にしてみれば数ある開発事業の一つにすぎず社運を左右する存在ではありません。ウッドサイド社が「グレーターサンライズ」田開発事業から距離をおく姿勢を、チモール海領海交渉団長のシャナナ=グズマン氏は、皮肉をこめてでしょうが、歓迎をしています。では東チモールはウッドサイド社からの投資を期待せず誰からの投資を期待しているのかというと、いわずもがな、もう公に知れ渡っていることですが、中国です。
5月2日、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領と会い、パイプライン事業について費用を「石油基金」から拠出せず借入金で賄うと述べました。このことはすでにシャナナ=グズマン交渉団長が語っていたことです。いまそのことが具体的に始まろうとしていると首相が大統領に報告したに過ぎません。
5月6日、東チモール国営石油ガス会社であるチモールGAP社のフランシスコ=モンテイロ社長は、「グレーターサンライズ」田開発の下流工程の財政パートナーを探し求めていたが、それが中国の建設会社になったと語っています。モンテイロ氏は、「グレーターサンライズ」田開発の上流工程(探鉱・開発・生産までの工程)と下流工程(上流工程以降の精製・輸送・販売その他の工程)にそれぞれ約50~60億ドルが必要で、中国企業との契約は東チモールの負担を軽減するものだと述べています。
これにたいし野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)は、なぜその中国企業にベアソの港建設事業を発注したのか、情報公開が不透明だとして反発しています。5月13日付けのポルトガル通信社「ルザ」の記事のなかでモンテイロ氏は情報の透明性は保たれていると反論しています。5月6日、GMN(全国メディアグループ)局のインタビュー番組に出演したモンテイロ氏は、事業にたいするチモールGAP社の能力にたいし疑問の声があがっていることをどう思うのかと訊かれると、東チモールは民主主義国家なので様々な異なる意見があるのは当然だ、疑問の声で自分は鼓舞されると語りました。しかしこのインタビュー番組は一つ一つの疑問の声にモンテイロ社長が答えるという形式になっていませんでした。開発側と国民・市民とのあいだで科学的な質疑応答の場が未だに設けられていないのが残念でなりません。
野党や市民団体から発せられる疑問の声を外野からの野次のように扱うシャナナ=グズマン交渉団長とその周辺の人間だけで「グレーターサンライズ」田開発を走らせているという印象があります。中国企業との契約は東チモールの負担を軽減する、情報の透明性は保たれている、というモンテイロ氏の発言は現実とかけ離れているとわたしは思います。
「バユウンダン」油田との別れのとき
5月14日の『チモールポスト』紙は、「バユウンダン」油田の生産は2022年かその前後に終了するだろうと当油田の操業者コノコフィリップス社が述べたことを報じています。現在、東チモールの唯一の財源ともいえる「バユウンダン」田がいよいよ終わりに近づいてきました。これまで頼ってきた金のなる木が枯れてしまうという、善くも悪くも、好むと好まざるにかかわらず、東チモールに新しい時代がやって来るのです。
市民団体「共に歩む」は、「石油枯渇後の、東チモール経済と政府財源」(2019年5月)と題する報告書を発表しました。その序文にこう書かれています――東チモールは石油・ガスからこれまで220億ドルを得てきたが、その生産は終わろうとしている。そうなれば約20億ドル未満しか歳入として入らないであろう。この国は濡れ手に粟の「石油基金」の3分の2を将来の財政のために投資した。しかし、2016~2018年の石油・ガスからの年間歳入は2011~2013年に比べ、わずか7分の1でしかない。「石油基金」額は2014年より少なくなってしまい、投資の見返りは「石油基金」から引き出した金額の半分に満たないと予想される。このことが続けば、「石油基金」は2028年には空っぽになってしまう。石油の歳入がこの国の財政経済を独占しているが、政府はこれを非石油部門のために効果的に使ってこなかった――。
この報告書は政府にたいして(おそらくシャナナ交渉団長を強く意識して)痛烈な批判を浴びせています。「考えることなしに使う」という小タイトルの題名からしてそうです。その一段落目にこう書かれています――金が簡単に入ると、よく考えることなしに金を使ってしまう。国家にとって、地元の企業を育てるよりも海外の企業に発注したほうが簡単だ。地に根ざした教育制度を築くよりも奨学金を与えて留学させるほうが簡単だ。地元の病院や診療所を改善するよりも要人を海外の病院に送るほうが簡単だ――。
この文章はわたしが普段感じていること、そしてたぶん大半の東チモール人と東チモール観察者が思うことを代弁してくれていると思います。さらに蛇足ながらわたしはこう書き足したいと思います――民族解放闘争を指導してきたプチブルジョワは独立を達成したあと、引き続き民衆と一体となって民衆の希求を達成しようとするよりも、支配層として民衆と外国企業を仲介する交渉役となってこの国を治めるほうがずっと簡単だ――と。
ギニアビサウ支援国として
解放闘争の最高指導者だったシャナナ=グズマン氏が現在、領海交渉団長というように、「交渉団長」という冠が付けられていることは、永きにわたるポルトガル植民地支配で養成されたプチブルジョワの運命を痛々しくも象徴しているように思えます。東チモールと同じポルトガル植民地だった西アフリカのギニアビサウとカボベルデの解放闘争を指導したアミルカル=カブラルは、自ら属するプチブルジョワという階級を分析し、独立後、プチブルジョワが階層として内包する性質を出すことは解放闘争の裏切りである、いま一度“革命的な”プチブルジョワであるために、階級として自殺しなければならない、と結論しました。
東チモールはシャナナ=グズマン氏の指導のもと、現在混乱が続くギニアビサウを国家予算の一部を計上して援助しています。東チモールの闘いの始まりはギニアビサウにあるという歴史的な繋がりがあるからです。東チモールの指導者たちはギニアビサウへ支援するその根源的理由を常に思い出しながら、いま一度、自分たちの歴史的役割を再認識し、民衆と外国企業を仲介する交渉役となって「石油基金」を考えることなしに使ってしまうのではなく、民衆と一体となって、「バユウンダン」田が枯渇してしまうという新たな時代に備えてほしいと切に願います。
青山森人の東チモールだより 第394号(2019年5月17日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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