新春放談:重力の哲学と飛翔の哲学――ハイデッガーとベルクソン、すれ違う二つの20世紀

マルティン・ハイデッガーとアンリ・ベルクソンは、ともに20世紀を代表する哲学者としてありながら、一つの哲学的な磁場の中で語られることは極めてまれである。実際、両者の活動期はほとんど重なり合っていない。ベルクソンがすでに国際的名声を確立し、老境に差しかかっていたころ、ハイデッガーはようやく『存在と時間』によって哲学界に衝撃を与えたにすぎない。直接の論争も、明確な相互批評も存在しない。しかしにもかかわらず、この二人は、20世紀哲学の大きな流れの中で、互いに鋭く対抗する思考の極を形づくっている。近代合理主義への根本的な疑念という共通の出発点から、なぜ彼らはかくも異なる方向へと進んだのか。その対比は、20世紀哲学そのものの分岐を照らし出す。

ハイデッガーが語り出すのは、いつも同じ地点からである。現存在はすでに世界の中へと投げ込まれており、その存在は可能性として、しかも最終的には死へと向かう有限な可能性として開かれている。死への先駆的な投企こそが、日常の頽落からわれわれを引き剥がし、存在そのものへの問いを可能にする――その語りは低く、重く、森の奥に沈み込むように響く。時間は、終極としての死を前にして初めて切実な意味を帯び、存在は緊張を孕んだ問いとして立ち現れる。

それに対してベルクソンは、静かに首を傾げるだろう。なぜ思考は、存在を理解するために、あらかじめ死という否定性を召喚しなければならないのか。生は、つねにいまこの瞬間にも持続として流れ、分岐し、予測不能な飛躍を繰り返している。その創造的運動は、終点から遡って把握されるべきものではなく、内側から直観されるべきものではないのか。時間とは、生が自らを更新し続ける運動そのものであり、そこに本質的な欠如や終末を見出す必要はない、と。

ハイデッガーにとって、このベルクソン的時間論は軽やかすぎる。そこには存在の重圧、歴史的決断の緊張が欠けているように見える。生の肯定や生成の賛美は、結局のところ存在者の水準にとどまり、存在そのものの問いを回避しているのではないか。だがベルクソンの側から見れば、ハイデッガーの思考こそが、時間を死の影のもとに固定し、持続の自由な運動を言語と概念の網で絡め取ってしまっているように映る。生は本来、そんなに陰鬱で、緊張を強いられるものではない。

こうして二人の対話は、決して真正面から噛み合うことはない。ハイデッガーは下へと掘り下げ、ベルクソンは前方へと跳ぶ。一方は重力を哲学の条件とし、他方は飛翔を思考の本性とする。この差異は、単なる性格や国民性の違いではなく、20世紀哲学が引き裂かれた二つの方向――存在の深度を問う道と、生の生成を肯定する道――を象徴している。

この分岐は、日本における受容の差異においても鮮明に現れた。西田幾多郎は、ハイデッガーと直接的な理論的影響関係にあったわけではないが、世界史的必然性、場所的論理、歴史的自己形成といった主題を通じて、存在を重く引き受ける方向へと哲学を組み上げていった。その思考は、日本的文脈の中で、存在論と世界史を接続しようとする試みとして展開され、やがて国家や歴史の問題と危うく接近していく。

これに対して小林秀雄は、当時のドイツ哲学一辺倒の知的風潮の中で、あえてベルクソンを選び取った。反マルクス、反ヘーゲル、反体系という姿勢のもとで、小林は客観主義的説明や歴史法則への違和感を、直観と個別性の擁護へと転化させたのである。ベルクソンは彼にとって、洗練された「おフランス趣味」ではなく、近代知の病理を内部から突き崩すための武器であった。

こうして見ると、ハイデッガーとベルクソンのすれ違いは、単なる哲学史上の偶然ではない。それは、20世紀という時代が突きつけた問い――世界史と個人、必然と生成、重力と飛翔――に対する、二つの根本的に異なる応答なのである。両者は交わらない。しかし、交わらないからこそ、その緊張関係は今なお思考を刺激し続けている。合理性と管理が高度化し、個人の生が再び「説明可能なもの」として回収されつつある現代において、この重力と飛翔の対立は、なお有効な思考の分岐点として立ち現れている。

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