参院で審議中の組織的犯罪処罰法改正案(「共謀罪」法案)について、全国の新聞はどう論じているか。それを知りたくて、国立国会図書館で閲覧できる全国の新聞52紙の社説を調べてみた。そうしたら、「共謀罪」法案を成立させよと主張している社説はごくわずかで、圧倒的多数の社説は法案の廃案か徹底審議を主張していた。これでも、政府・与党はマスメディアに現れた民意を無視して法案の可決・成立を強行するのだろうか。
「共謀罪」法案に関しては、5月19日に自民、公明、日本維新の3党が衆院法務委員会で強行採決し、さらに、5月23日には、これら3党が中心となって法案を衆院本会議で可決して衆院を通過させ、審議は参院に移った。このため、各新聞は5月20日から26日にかけて、いっせいに社説、論説、主張などの欄で、この法案と審議状況を論じた。
52紙のうち、社説欄がなかったり、この期間に「共謀罪」法案問題を論じなかったのが9紙(17・3%)あった。残りは43紙だが、社説の内容からみると、その内訳は「法案成立賛成」4紙(7・6%)、「法案成立反対」10紙(19・2%)、「徹底審議を」29紙(55・7%)であった。「反対」と「徹底審議を」を合わせると、75%にのぼる。
「法案成立賛成」は読売新聞、産経新聞、富山新聞、北國新聞、「法案成立反対」は北海道新聞、信濃毎日新聞、朝日新聞、毎日新聞、中日新聞・東京新聞・北陸中日新聞、高知新聞、愛媛新聞、琉球新報である。「徹底審議を」は地方紙の大半と日本経済新聞だ。
法案成立派の代表的な論調は産経新聞のそれだ。同紙5月20日付「主張」のタイトルは「国民の生活を守るために」で、こう書く。
「テロ等準備罪を新設する組織的犯罪処罰法改正案が衆院法務委員会で可決された。速やかに衆院を通過させ、参院で審議入りしてほしい」「2020年東京五輪・パラリンピックは、残念ながらテロリストの格好の標的となり得る。開催国として、国際社会と協力して万全の備えを期すことは当然の義務である。法案の成立は、そのはじめの一歩にすぎない」 読売新聞も5月24日付社説で「テロ等準備罪に関わる犯罪の主体は、組織的犯罪集団に限られる。集団と無関係の人に嫌疑は生ぜず、当然、捜査対象にはなり得ない。批判は当たるまい」「テロ対策は焦眉の急である。必要なら、7月2日の東京都議選をまたいだ会期延長もためらわずに、成立を図るべきだ」と書く。
一方、「法案成立反対」派の北海道新聞は5月24日付紙面で「『戦前』に戻してどうする」と題する社説を掲げ、「(法案の)本質は『平成の治安維持法』と呼ばれ、過去3度廃案になった法案の内容と何も変わらない」「捜査は個人の内面に向けられ、犯罪の計画段階での処罰が可能となる。実行行為を処罰する刑法の大原則を転換することになる。捜査当局による市民生活への監視を強め、思想や表現の自由などを保障する基本的人権を侵しかねない。危険な法案は参院で徹底審議し、廃案にすべきだ」と論じた。
信濃毎日新聞は、5月24日付社説「社会を窒息させる懸念」で「準備と判断するために、当局はあらかじめ目を付けた組織や市民を監視し、動向をつかもうとするだろう。警察が強大な権限を手にし、市民の運動や意見表明を圧迫する恐れは増す」「衆院の審議は、法相がしどろもどろの答弁に終始し、政府の強弁も目に付いた。なお追及すべき論点は多い。参院で徹底して審議し、廃案にすべき法案であることを明確にしなければならない」と書いた。
琉球新報の5月24日付社説は「治安維持法下の戦前戦中のような監視社会を招いてはならない。十分な論議もなく憲法に反する法案を強行採決したことに強く抗議する。立憲主義・民主主義の破壊は許されない。廃案しかない」と述べた。
中日新聞グループ(中日新聞、東京新聞、北陸中日新聞)は5月20日、「なお残る『共謀罪』法案の懸念」と題する共同社説を掲載したが、その中で「政府・与党に今、必要なことはこの法案を強引に成立させることではなく、内心に踏み込むような法整備を断念することである」と書いた。
さらに、愛媛新聞は5月24日付の社説でこう書く。「政府は今の答弁姿勢を変えないまま、参院でも『時間が来た』と採決を強行する可能性が高い。野党はあらゆる手段を講じて法案の成立を阻止すべきだ」
「法案成立反対」派は法案に反対する理由として、いずれも、法案の内容が日本国憲法が保障する思想の自由や表現の自由に抵触する点を挙げているが、政府の「2020年東京五輪・パラリンピックを開催するためのテロ対策として必要」という主張に対して疑問を呈した社説もあった。例えば、高知新聞の5月24日付社説は「テロ対策そのものを否定しているのではない。現行法で対応可能ではないのか」と書いた。
「徹底審議」派の新聞社説は、いずれも、その理由として、法案に対して国民が抱いている「一般市民もテロ準備罪の捜査対象になるのでは」という不安、疑問に政府が十分に答えていない点を挙げている。これは、各紙社説のタイトルを見ると明白である。例えば、こうだ。
岩手日報「理解は得られていない」、秋田魁新報「参院で徹底審議が必要」、河北新報「国民の不安を軽んじている」、山形新聞「疑問と不安が拭えない」、上毛新聞「解消されていない懸念」、茨城新聞「拙速な成立を許すな」、日本経済新聞「なお残る『共謀罪』法案の懸念」、神奈川新聞「疑念解消されていない」、新潟日報「採決強行で疑念が膨らむ」、山梨日日新聞「疑念置き去り、参院で熟議を」、静岡新聞「不安置き去りにするな」、北日本新聞「論議は深まっていない」、神戸新聞「国民の理解を得ていない」、山陽新聞「多くの疑問残ったままだ」、京都新聞「審議を尽くす責任がある」、中国新聞「議論を一からやり直せ」、西日本新聞「『良識の府』で徹底審議を」、南日本新聞「論点棚上げは許されぬ」、沖縄タイムス「懸念解消にはほど遠い」
どれをとっても、社説執筆者の懸念や危機感が伝わってくる。こうした新聞界の論調が参院での審議に影響を与えることができるか、どうか。はたまた、政府・与党に押し切られるのか。結論の出る日が迫っている。
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