やや旧聞に属するのだが、ある地元の会で、表記の番組がよかったよ、と話に聞いて、録画で見ることになった。放送の概要は、下の番組案内を参照してほしいのだが、いま残されている小早川秋聲の「国の盾」という作品はインパクトのあるものだった。ちょうど、私は、高村光太郎のことを書き終えて、そこで書ききれなかったことを、ブログ記事にもしていたさなかだった。
NHKの番組案内より。『国の盾』(1944年制作、1968年改作)
この絵には確かに見覚えがあると思って、昔、買って置いた『芸術新潮』か「トンボの本」ではないかと、探し始めると、あった!ありました。『芸術新潮』は<戦後50年記念大特集>の「カンヴァスが証す 画家たちの『戦争』」(1995年8月)であり、とんぼの本の方は「画家たちの『戦争』」(2010年7月)と題されるものだが、同じ新潮社から出ているので、内容的にはだいぶ重なるところが多いのがわかった。
上段:『芸術新潮』1995年8月。下段:『画家たちの戦争』(2010年7月)
NHKの番組案内にはつぎのようにあった。
「陸軍の依頼を受けて描かれたものの、軍から受け取りを拒まれたという異色の戦争画、『国之楯』。作者は日本画家の小早川秋聲。満州事変から太平洋戦争まで、最前線で取材し、数多くの戦争画を描いた。番組では、知られざる従軍画家、小早川秋聲が残した数々の戦争画を、近年新たに発掘された絵や文章を交えて辿(たど)りながら、戦争末期の1944年に戦争画の集大成として描かれた『国之楯』を読み解いていく。」
小早川秋聲(1885~1974)は鳥取県の寺の家に生まれたが、跡を継ぐのを拒み、京都での日本画の修業の傍ら、国内や中国をはじめ欧米への海外への旅行を繰り返し、文展や帝展への入選を重ねていた。1931年の満州事変以来、関東軍や陸軍の従軍画家として活動した。秋聲の戦争画は戦闘場面というよりは兵士の生活に密着したテーマが多いという。戦場の前線にあっても、この画家の優しいまなざしを垣間見る思いではあった。
『画家たちの戦争』より。左上段:『無言の戦友』、左下段:『護国』(1934年)。
ところで、番組の核となった「国の盾」は、兵士の亡骸の暗黒の背景と国旗の赤の部分で覆われたその面貌が、強烈であったが、陸軍に拒否された作品は、この絵ではない。その後、2回にわたって修正されていることも番組で知った。日南町美術館の学芸員の説明によれば、陸軍から戻された作品は、その後1944年と1968年の2回にわたって描きなおされているが、どの部分かはっきりしないという。ただ、当初の作品の背景には、桜の花びらが舞い散っていたことらしいことが絵の具の重ね具合の分析でわかったらしい。その後、資料を読み返してみると、1968年に刊行された『太平洋戦争名画集 続』(ノーベル書房)に収録されたものが、いま残っている「国の盾」であった。番組には、「国の盾」が<戦争画>という類型ではひとくくりできない、画家の戦争への対峙、厭戦・反戦思想までも示唆するような作品であったというメッセージが根底にあったように思う。
しかし、私たちが、いま、目にする「国の盾」は、カンバスの裏の付記により、1968年に書きなおされことははっきりしているので、敗戦後23年後の書き直しの可能性が高いと思われる。
陸軍に拒否された作品は、「軍神」との題だったというが、現物を見たという関係者は、見当たらず、写真も残ってはいない。にもかかわらず、ネット検索をしていると、その原作らしい、桜の花びらが散っている絵がヒットしてくるのである。これはどうしたことか、腑に落ちなかったので、日南町美術館に問い合わせてみたところ、あの桜が散る「絵」は、現実のものではなく、NHKBSがかつて放映した「極上 美の饗宴 『闇に横たわる兵士は語る 小早川秋聲 “國之楯”』(2011年8月1日)において、作成された<イメージ映像>だというのである。そして、あの「絵」が独り歩きをして、困惑されているようなことも話されていた。
ああ、ここにもあった<イメージ映像>の罪づくりな話であった。NHKには限らないが、ドキュメンタリー番組の中で<イメージ映像>については、安直な先入観を醸成する手法なので、やめてほしい。最近、NHKスペシャルのドキュメンタリーなどでの<イメージ映像>の氾濫には、へきへきとしていることは、先の当ブログ記事でも書いている。↓
*8月20日の朝刊一面は「昭和天皇の“反省”“肉声”報道」が氾濫した~「NHKスペシャル・昭和天皇は何を語ったのか」の拡散、これでいいのか (2019年8月20日)http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/08/post-ee7fb1.html
*NHKの良心的な番組って、何ですか~”NHKが独自に入手した資料が明かす・・・”ドキュメンタリーの虚実(2019年8月18日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/08/post-a2ae43.html
さらに、この番組は、従軍画家が「戦意高揚」の絵ばかりでなく、「国の盾」のような絵を描いた、ということに重点が置かれていて、その画家の「心のうち」を辿ろうという趣旨であった。しかし、私は、陸軍に突き返されたという作品は、それだけでも、十分に意義があることだと思い、そのまま保存しておいてほしかったのである。画家としては意に添わなかった作品だったかもしれないが、1944年の作品として、依頼者の陸軍に拒否された作品として、残しておくべきだったのではないか。敗戦後の「戦争画集」収録にあたって、なぜ書き直したのか、その心の内が知りたいと思った。書き直された絵は、敗戦後初めて描き下ろされた絵としても、その強烈なメッセージは伝え得たと思う。 これまで、私は、歌人たちの戦時下の短歌を敗戦後、歌集にまとめるにあたって削除したり、「全歌集」に「歌集」を収録するにあたって、削除や改作が行われたたりしたことについて、表現者としての責任の観点から分析してきた。近くは、高村光太郎の戦争詩についても考えてきた。画家についても、同じことが言えるのではないか。
<参考>
日曜美術館「異色の戦争画~知られざる従軍画家・小早川秋聲~」
(NHKEテレ2019年9月1日)
https://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2019-09-01/31/15730/1902813/
出かけよう日美旅~「日曜美術館」その舞台をめぐる 第98回
鳥取県/日南町へ、小早川秋聲の故郷を行く旅
(NHKEテレ2019年9月1日)
http://www.nhk.or.jp/nichibi-blog/400/411643.html
ブログ 日南町美術館の日々
極上 美の饗宴 『闇に横たわる兵士は語る 小早川秋聲 “國之楯”』
(2011年8月1日放送NHK BSプレミアム)
白石敬一:第2次世界大戦における日本の従軍画家に関する一考察~日本画家小早川秋聲を通して
file:///C:/Users/Owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/MN0SN31S/ZD30402007.pdf
初出:「内野光子のブログ」2019.10.5より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/10/post-b23ca4.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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