◆内外格差に驚く食品表示部会委員
内閣府の設置された消費者委員会の食品表示部会委員を務める立石幸一・JA全農食品品質・表示管理部長は、外国へ出張するたびに、加工食品の表示内容の内外格差に驚くという。
たとえば、子どもたちに人気のスナック菓子「コアラのマーチ(イチゴ)」は、国産品とほぼ同じデザインで北米やアジアの国々で販売されているが、表示の内容は内外で大きく異なるのだ。
脂肪分の表示を例にとると、日本では1箱48グラム(g)当たり「脂質14.1g」としか記されていないのに、たとえば香港で販売中されていたものは100g当たり「総脂肪5.3g。うち飽和脂肪11.9g、反式脂肪(トランス脂肪酸)4.8g」と記されている(1箱41g当たりの含有量はこの4割程度になる)。
マーガリンやビスケット類に使われるトランス脂肪酸は、心臓疾患などのリスクを高める性質があり、世界保健機関(WHO)が「1日摂取量は総エネルギーの1%以下」という勧告基準を定めている(日本人では脂肪2g以下に当たる)。消費者にとって無関心ではいられない脂質だ。
トランス脂肪酸の含有量の表示を多くの国は義務づけており、香港ではコアラのマーチを1箱食べるとWHO基準にほぼ見合う量を摂取してしまうことが分かる。しかし、日本では分からない。
◆世界で進む二つの表示改革
世界の食品表示に詳しい技術士の藤田哲によれば、世界では二つの方向で表示制度の改革が進んでおり、「日本は世界で最も遅れた国の一つ」だという。
改革の一つは「分かりやすい栄養成分表示」だ。栄養成分表示の義務化はまず米国で1994年に始まり、いまではきわめて多くの国に広がった。東アジアで義務化していないのは日本・北朝鮮・ラオスなどごくわずかだという。
内容も親切で、たとえば米国では約10項目の栄養素について、包装1個当たり何g含むかとともに、米国人の1日必要量の何%に当たるかも表示されている。
日本では、栄養成分の表示は新しい食品表示法で義務づけられた。しかし、その対象はわずか5項目(エネルギー・タンパク質・脂質・炭水化物・ナトリウム=食塩相当量で表示)にすぎない。消費者の要望が強いトランス脂肪酸は「任意」とされてしまった(注2)。しかも、栄養成分表示の義務化には猶予期間が設定されており、実施されるのは5年も先になる。
注2 食品表示基準では5項目が「義務」とされたほか、飽和脂肪酸と食物繊維が「任意(推奨)」とされ、糖類、トランス脂肪酸、コレステロール、ビタミン・ミネラル類が「任意」とされた。
もう一つの改革の方向は「水分を含めた『主要な』および『特徴的な』原材料の分量の%表示」だ。これは欧州連合(EU)が2000年に始め、すでに50か国程度に広がっている。主要原材料とは、製品中の5%を超える水・食肉・野菜・乳製品などのことだ。また特徴的な原材料とは、「イチゴヨーグルト」のように表示に名称や絵が使われているもので、「冠商品」とも呼ばれる。これは微量しか含まれていなくても、%表示しなければならない。
日本では原材料の%表示は必要ないので「水増し」が横行する。たとえば、豚肉以外に水分や植物タンパクなどを多量に含んでいても「ロースハム」とされるが、正しくは「ハム類似物」と呼ぶべきだろう。%表示は今回の表示基準策定では検討もされなかった。
◆遺伝子組み換え食品は例外だらけ
EUに比べて見劣りするのが、遺伝子組み換え(GM)食品の表示だ。日本では、八つの農作物(大豆、トウモロコシ、ナタネ、ワタなど)とそれらを原料とする33食品群が表示の対象になっているが、以下のような例外があって、ほとんどは表示されない。このため私たちは知らないうちに大量のGM食品を口に入れている。
まず「検査で検出できない食品」は対象外なので、GMナタネなどを原料とする食用油やGM大豆が原料の醤油・コーンフレークなどは表示されない。対象になるのは、大豆なら豆腐・納豆・味噌など、トウモロコシならコーンスナック菓子くらいだ。
次に、多種類の原料からなる加工食品の場合、表示対象は重量で上位三つのGM品目に限られる。意図せざる混入も5%までは許容され、5%未満なら「遺伝子組み換えでない」と表示できることになっている。また「不分別」というあいまいな表示も許されている(この表示の場合、たいていはGM作物を含んでいる)。このほか、牛・豚・鶏などの飼料はほとんどがGM作物(主にトウモロコシ)だが、飼料も表示の対象外だ。
これに対してEUでは、GM作物を使用したすべての食品は表示が義務づけられており、意図せざる混入も認められるのは0.9%まで。レストランなどでもメニューに示されており、EUではGM食品がほとんど流通していない。
◆審議会で重きをなす産業会代表
日本の食品表示の欠陥を正し、遅れを取り戻す好機が4年前に訪れた。八つもの法律で定められていた表示制度を一元化し、食品表示法を制定する作業が2011年に始まったからだ。
しかし、消費者庁は食品衛生法・JAS法・健康増進法という三法の表示部分の形式的な一元化を主な内容にし、「原料原産地表示」などの懸案は先送りしてしまった。不十分な内容の食品表示法が制定され、それを受けて食品表示基準案の審議が消費者委員会の食品表示部会で行われたが、これも問題の多いものだった。
まず2013年11月に発足した第3期の食品表示部会で、メンバーが大幅に入れ替えられた。それまで委員を務めていた山根香織・主婦連合会会長ら消費者団体関係者3人が外された。いま部会で重きをなしているのは池原裕二委員(食品産業センター企画調査部次長)で、部会の下に設置された三つの調査会のすべての委員に就任し、業界の意向を代弁している。食品産業センターは、全国の食料品・飲料メーカーとその業界団体による中核的・横断的な組織である。
食品表示部会や調査会の審議では、たとえばトランス脂肪酸の表示問題などは議論そのものを封じ、消費者庁案を強引に通そうとする場面もみられた。消費者庁案に対して強硬な反対意見があったため、最後は項目別に委員の賛否を数えるという、この種の審議会では異例の方法が取られた。
消費者庁が2009年に創設されるとき、当時の福田康夫首相は「明治以来続いてきた産業振興優先の行政を、消費者・生活者重視に転換させる」意気込みだった。霞が関に「静かな革命」を起こすともいわれた。しかしできてみれば、農水省や厚生労働省からの出向者が要職を占め、業界優先で縦割りという従来通りの行政が行われている。
日本は国内総生産(GDP)が世界3位の経済大国であり、アジアでただ一つの主要国首脳会議(G7)のメンバー国だ。にもかかわらず、韓国・香港・タイなどにも劣る食品表示制度しか持っていない原因はここにある。(敬称は略しました)
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