私たちが食品を選ぶとき重要な手がかりとなる「食品表示」の内容が、日本は世界で非常に遅れていることをご存じだろうか。多くの国で近年、「消費者が選択しやすい表示」や「健康維持に役立つ表示」をめざして改革が進んでいるのに、この国では業界への配慮を優先し、旧態依然の表示をいまだに続けているのだ。
食品表示ついては新しい「食品表示法」が一昨年6月に制定され、細かいルールを定めた内閣府令の「食品表示基準」も昨年末までに消費者庁によってまとめられた(注1)。新法は今年6月までに施行されるが、その内容は世界に大きく立ち遅れている。以下、具体的にみてみよう。
注1 食品表示法は、食品衛生法・JAS法・健康増進法という三つの法律の表示部分を一元化したもの。施行のための食品表示基準は、栄養成分表示などのルールを定める「本体部分」と「栄養機能食品」「新・機能性表示制度」の三つに分けて策定作業が進められており、本稿で対象にするのは本体部分。本体部分だけでも本文と24の別表を合わせて340ページもあり、きわめて分かりにくい。
◆外食とインストア加工は対象外
昨年7月下旬、中国の食肉加工会社による期限切れ食肉の使用が発覚し、その会社から日本マクドナルドホールディングス(HD)が鶏肉を輸入していたことが明らかになった直後、マック利用者からはこんな嘆きが聞かれた。「えっ!マックのチキンナゲットが中国産なの?」
この事実はほとんどの利用者にとって寝耳に水だった。それも当然だろう。原料の原産地がどこであるかは、メニューなどに全く記されていなかったのだから(その後ウェブサイトに掲載)。
食品の品質表示についてはJAS法(農林物資の規格・品質表示適正化法)で詳しいルールが定められているが、「外食」と「インストア加工」(コンビニなどの店内で焼く焼き鳥など)は例外になっている(デパートの地下など店頭で量り売りされる惣菜なども、ほぼ同じ扱い)。だから、これらの店ではマイナスイメージを与える情報は明らかにされない。
一昨年10月以降、一流のホテルやデパートでメニューの虚偽表示が次々に明らかになったが、「外食例外の規定はこうした不正の温床にもなっている」と神山美智子弁護士(市民団体「食の安全・監視市民委員会」代表)はいう。
外食店などの表示は景品表示法で規制されているが、これは「著しく事実に相違した表示」を禁じているだけなので、ほとんど役に立たないのだ。
期限切れ鶏肉の使用問題をきっかけに「外食店にもJAS法の適用を」という要望が強くなっているが、消費者庁は「外食店では従業員に産地を尋ねることができるし、食材の産地が日々変わる店もあるので表示の義務化は難しい」との態度を変えていない。
◆原料原産地の表示義務づけはごくわずか
表示制度の欠陥は、スーパーなどの小売店でも見られる。たとえばリンゴジュース(果汁)は国内消費の約半分を中国産が占めるなど多くは輸入品だが、ほとんどが「国産」と表示されている。
現行制度では、生鮮食品(肉や魚など)には原産地表示が原則として義務づけられているが、加工食品は、22食品群(モチ、コンニャクなど)と4品目(農産物漬物、ウナギかば焼きなど)に限って原料の原産地の表示が義務化されているだけだ。しかも22食品群では表示義務は重量の割合が50%以上の原料に限られる。
リンゴなどの果汁の場合、外国で搾汁された後、濃縮・冷凍して輸出され、それを国内で解凍、水分を加えて100%果汁にすると、その希釈が国内製造とみなされる。
容器で包装されず、ばらで販売される焼き鳥もそうだ。外国で串刺しにまで加工された半製品が冷凍で輸出され、国内のコンビニなどが解凍、加熱して販売すれば原産国は日本となり、原料原産地の表示義務はない。
こうして多くの輸入加工食品が、あたかも国産であるかのようにして売られている。これが輸入食品を増やし、食料自給率を引き下げる一因になっている。
◆「一括名」が許される食品添加物
食品添加物の表示も欠陥が多い。使用しているすべての添加物を表示するのが原則としながら、「一括名」や「簡略名」が許されているため、全物質名が表示されることはほとんどないのだ。したがって、できるだけ食品添加物を避けたいと思っても、知らぬ間に摂取してしまう。
一括名というのは、同じ目的で同じ効果が認められる物質をいくつも使った場合に許されるもの。たとえばグルタミン酸ナトリウム・コハク酸ナトリウムなどアミノ酸類を何種類か使用した場合、「調味料(アミノ酸類)」と表示すればよいのだ。このような一括名は「光沢剤」「香料」「pH調整剤」など合計13種類に認められているが、このような表示を許しているのは主要国では日本だけだ。
また、一般に広く使われているとされる名称(簡略名や別名)での表示も認められている。たとえばソフトドリンク剤に「ビタミンC」と書かれているのが一例だ。ビタミンというと良い印象を受けるが、「L-アスコルビン酸」という化学物質が酸化防止剤として使われている可能性がある。
さらに食品添加物は用途つきで物質名が表示されないため、「保存料不使用」といった詐欺的な表示が横行している。この表示の場合、ソルビン酸などの保存料は使わない代わり、保存効果のある添加物(グリシン、酢酸ナトリウムなど)を多量に使用していることが多い。
◆加工食品の製造所が意味不明の記号
一昨年末、アクリフーズ(現マルハニチロ)群馬工場製の冷凍食品から超高濃度の農薬マラチオンが検出され、同工場製の冷凍食品は「食べずに返送するよう」呼びかけられたとき、困った消費者が少なくなかった。
保存していた冷凍食品の製造所を確認しようとしても、ラベルに製造所の名称はなく、「J796」とか「SFA25」とかいった意味不明の記号が記されただけの食品があったからだ。
食品衛生法の表示基準は製造所の名称と所在地を記すよう定めているが、「消費者庁長官に届け出た製造所固有記号」で代えることができるという例外が認められており、多くの食品がこれを使っている。
固有記号は販売業者が勝手につけることができるので、同じアクリフーズ群馬工場でも異なる記号がつけられている。固有記号は全部で80万もあり、消費者庁でさえ全体を把握していないから、事故が発生すると官庁でさえ正確な事態がすぐにはつかめない。
このため当時の森雅子・消費者担当相が廃止を表明したが、とたんに業界が強く反発し、結局、新しい食品表示基準でも製造所が二つ以上ある場合は認めることになった。
業界はなぜ反発したのか。固有記号があれば、有名ホテルのオリジナル食品が実は零細な工場で作られていることも、土産品が観光地とは無縁の工場で作られていることも隠すことができるからだろうと推測されている。
◆韓国と比べると
日本の表示制度がいかに遅れているか。それは同じように食品輸入大国である隣国の韓国と比べるとはっきりする。
韓国では、258の加工食品について、重さが多い順に二つの原料の原産地を表示することになっている。外食店では牛肉・豚肉・鶏肉・コメ・白菜キムチなど重要16品目は原産地を店内に表示しなければならない。食品添加物も、すべての添加物の名称と用途の表示が義務づけられている。
原産地表示の規制は今年6月から強化され、加工食品の原産地表示は上位3原料に拡大。外食店の義務づけも20品目に増やすことになっている。
日韓両国とも産地偽装が絶えないが、その監視・取締り体制も格差が大きい。日本で2013年、JAS法の品質表示基準違反として指導・公表されたのはたった14件だった。これに対して韓国では同じ年に2701件が原産地表示違反で摘発されている。
韓国では国立農産物品質管理院などがしっかり監視し、罰則も厳しい。そのうえ、消費者団体や生産者団体から推薦された「名誉(市民)監視員」が1万9000人もいて効果を上げている。
日本の農林水産省には、食品不正を調べる「食品表示Gメン(特別調査官)」が約1300人いるが、ほとんど機能していない。日本は不正のやり得状態になっているのだ。(敬称は略しました)
本稿は『週刊金曜日』14年10月17日号の「日本は食品表示の『劣等生』!」に加筆修正したものです。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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