日野秀逸フォーラム代表らと井上明久東北大学前総長との名誉毀損裁判の判決が出ました

著者: 大村泉 おおむらいずみ : 東北大学名誉教授
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最新情報(95)(2013年9月3日)
日野秀逸フォーラム代表らと井上明久東北大学前総長との名誉毀損裁判の判決が出ました。

8月29日には、とても納得できない、たいへん残念な判決が出ました。
判決の主文は以下の4項目です。
1 被告(反訴被告)らは、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成21年10月11日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2.原告その余の本訴請求及び被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを10分し、その7を被告(反訴原告)らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4.この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

これらを要約すれば、被告らは原告の名誉を毀損したので110万円の支払いを命ずる。しかし、原告の他の請求(フォーラムホームページ中の関連記事の削除と謝罪文の掲載)や被告の反訴請求は却下する、となります。
判決内容は以下のように要約できます。

「井上氏の論文は不正確(杜撰)な論文であるのは確かである。日野らの告発や裁判での弁論は、杜撰、不正確であることを明らかにしたが、これらと論文に『捏 造・ 改竄』があるということとは違う。日野らは井上氏の論文が杜撰、不正確であることをもって捏造・改竄があると言っており、正確さを欠き、井上氏の社会的評価を低下させた、すなわち名誉毀損に当たる」。

しかし、このような理由で敗訴とされたのには全く納得がいきません。

例えば、(1)告発を受付段階で門前払いした東北大学での対応委員会設置の経緯、告発を門前払いした外部委員の人選、井上氏の弁明を鵜呑みにしたその審議などが、一括して「結論を左右するものとは言えない」、 と断じられていることです。他方、このような断言を一方でしながら、同時に判決は、対応委員会の結論を肯定的に評価し、判決の正当性立証に用いています。対応委員会は正規の「東北大学の研究不正行為対応ガイドライン」にはそもそも存在しない委員会で井上氏ら当時の理事者が学内の関係機関には一切諮らず秘密裏に設置した委員会でした。正規のガイドラインでは告発受付段階に被告発者(井上氏)自身が関与することを厳しく禁止しています。しかし日野氏らの告発は正規のガイドラインには定めのない対応委員会が、井上氏の意向を一方的に聞き、それを鵜呑みにして門前払いしたのでした。規則や手続きにもっとも敏感であるべき裁判所がこのような対応をするのは全く納得いきません(*)。

注(*)河北新報は、証拠写真入りで、「3論文に同一写真/東北大・井上前総長96,97,99年発表/教授告発/近く調査委設置」(本年3月22日付)と報じ、翌23日には、「東北大/井上前総長/実験データも不正か/科学技術振興機構/大学に調査依頼」と続けています。ここで問題になっているのは、裁判の対象とは異なるものですが、井上氏の文部科学省の「特別推進研究」の研究成果(97年論文)や井上氏が科学技術振興機構から約18億円の研究助成を得たプロジェクト研究の成果のうち、16編もの論文に見られる不正疑惑のことです。対応委員会の結論を主導した外部委員会委員長は、このプロジェクト予算を採択した委員会や評価委員会の委員でした。裁判結果を報じた毎日新聞や河北新報は、この井上氏の研究不正問題にも言及し、大学で新たに設置された調査委員会がどのような判断をするか注意を喚起しています。

(2)裁判で中心的な争点になった96年論文のタイトルは、「吸引鋳造法による直径30mmのバルク金属ガラスZr55Al10Ni5Cu30合金の作製」であり、バルク金属ガラスの作製で、「吸引鋳造法」が効果的であることを実証したという論文です。ところが、井上氏はこの論文の肝とも言うべき「吸引鋳造法」を真っ向から否定する説明を原告証人尋問で行いました。すなわち、吸引力でなく、重力によって溶湯が鋳型に流れ落ちると、裁判での従来の説明および論文の内容を覆しました。

(3) 大きなサイズの試料が作製できたことに学術的価値があるとされるバルク金属ガラス研究では、製作試料の外観写真は試料作製の最も重要な証拠であり、それが不備ならば試料作製が疑われます。それにも関わらず、判決は、写真は二次的な検証手段であると断じ、不正確な写真でも、論文の質の高低(杜撰さ)に関わるだけで、捏造・改竄には関係がない、 と判断しています。このような判断がまかり通れば、論文を通じて、バルク金属ガラス(大型の金属ガラス)ができたという主張はどのようにして担保されるのでしょうか。

(4)96年論文では、一個同一の製作試料の側面と断面写真だと銘打った写真が掲載されています。この論文およびキャプションの主張を是認すると、製作試料の重量は300g以上となり、井上氏の主張の根幹が崩れます。この矛盾を突かれると、井上氏は原告証人尋問で、何の具体的根拠も示すことなく、側面と断面は別々の試料から撮影したと弁明します。判決はこの弁明を鵜呑みにしています。判決は、このように科学的合理性のない写真を用いても、論文の投稿規定や執筆要領に違反しないので問題にならないと判断しています。投稿規定や執筆規定に違反しなければ容認されるというのであれば、殆どすべての研究不正は見逃されることになるでしょう。

(5)96年論文で中心的な争点となったアーク溶解炉の性能問題について、井上氏らは2009年の『機能材料』誌に投稿した論文で、200g弱が、2本の電極を用いて行うキャップ鋳造法ではほぼ限界の溶解量であると書いてあります。また、論文の記述と整合する2本の電極で合金を溶融している図を収録しています。

井上氏は原告証人尋問で、キャップ鋳造と溶解原理が同じ傾角鋳造では、合金溶解の電極は1本であるが、1本で200g溶けるから、2本で400gは十分に溶けると述べています。しかし、1本で200g溶けるという井上氏の主張は、上述の2本で200g、つまり1本で約100g溶解するという記述と著しく異なる上に、論拠が示されていないので信じるに値しない数字と考えられます。

(6)最後に、特に看過しがたいのは、判決では、完璧なクロである証拠を握らないと、「捏造・改竄の可能性がある」、というのは名誉毀損に該当する、すなわち、研究不正の立証責任は告発者の側にあると言い切っている点だろうと思います。

このようなことが通用すれば、今後は誰も研究不正告発を出来なくなるでしょう。こんな酷い判決はないと考え、日野氏らは、直ちに控訴することを決断しました。

各位には、今後とも日野氏らを中心とする本フォーラムの活動に、倍旧のご支援・ご協力をお願い申し上げます。

*不当判決抗議・控訴声明
判決後、仙台弁護士会館で開催された記者会見の席上、日野氏らが配布した声明文は、以下をクリックするとダウンロード可能です:

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初出:「井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)」より許可を得て転載http://sites.google.com/site/httpwwwforumtohoku/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座
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