スティーブン・スピルバーグの最新作、主演、メリル・ストリープ、トム・ハンクス
4月2日 映画「ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書」(原題はThe Post)を見た。メリル・ストリープとトム・ハンクスの息の合った好演が光る。スティーブン・スピルバーグの映画だが、テーマそのものが私と同時代、監督、主演が同世代だった。久しぶりにアメリカ映画のだいご味を堪能した。
アメリカではペンタゴンペーパー事件で基幹メディアが手にしたのは単なる言論表現の自由を超え、メディアが大統領と闘う権利であった。今でも米市民の「知る権利」を擁護する闘いは、トランプ政権の下で継続している。
▼ニューヨークタイムズ、政権が掲載禁止に、ワシントンポスト連帯して掲載
ベトナム機密文書事件は1971年に起きた。私が現役だった時代に起きたこの「事件」はその後の私のジャーナリスト人生に忘れがたい大きな影響を与えた。
1971年6月13日、ニューヨークタイムズが1967年当時国務長官だったロバート・マクナマラが作成を命じた「ベトナム政策決定の歴史」と題した機密文書を紙面に掲載した。
機密文書を内部告発したのはシンクタンク、ランド研究所の軍事アナリストダニエル・エルズバーグ、書いたのは敏腕のニール・シーハン記者だった。
機密文書によれば、歴代の大統領(アイゼンハワー、ケネディー、ジョンソン、そしてニクソンも)ベトナム戦争に関し、国民を偽り続けてきたことが克明に明らかにされていた。ニクソンは、国家の安全が侵されるとして、記事差し止めの仮処分を申し立て、ニューヨークタイムズは翌日以降記事を出せなくなった。
映画はその後、同じくペンタゴンペーパーを入手したワシントンポストで社主のキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドレー(トム・ハンクス)の二人の動きに焦点を当て、ポストが社の命運をかけて6月18日、掲載に踏み来るまでの様々な葛藤、人間ドラマを描き出す。
6月30日、アメリカ最高裁判所は「報道機関は国民に仕えるものであり、政権や政治に仕えるものではない。報道機関が政府を批判する権利は永久に存続する」として機密報告書の掲載は「国民の知る権利にこたえるものだ」との判断を下した。
その後現在に至るまで、アメリカのジャーナリズムはこの判決を、すべての取材と報道の規範としている。トランプ政権と正面から闘う米主要メディアのよりどころも、この「最高裁判決」にあるといえる。この映画は言外にそのことを示唆している。
▼70年代、時代と新聞を35ミリフィルムで再現
スピルバーグと撮影監督のヤヌス・カミンスキーがこの作品を35ミリフィルムで撮影した。1970年代をリアルに再現したいと望んだのだった。ワシントンポストの編集室は実際にあったとおりに再現された。当時の記者たちが使ったと同じ型の本物のタイプライターが記者一人一人のデスクの上に並び、鉛を流し込んで印刷版型を作るライノタイプもヴィンテージ物が使われ、輪転印刷機もブロンクスに現存しているものが使われた。またエルズバーグが使ったコピー機も博物館に一台だけ保存されていたゼロックス914が使われた。
編集室には一台のテレビがあり、当時ニュースアンカーの第一人者だったウオルター・クロンカイト(CBS)が、「ニクソンによって記事が差し止められた」とニュース報じる画面が映し出された。
以前新聞社で使われていた、原稿を一瞬にして圧縮空気で送る「気送管」(エアー・シューター)も登場する。輪転機が回り機密文書を掲載した紙面が次々に束になって送り出される光景は、まさに私自身がその場に立ち会っているような感慨を覚えた。
▼日本で実らなかった「知る権利」。
ベトナム戦争のさなか、日本テレビではベトナム戦争のドキュメンタリーが、政府からの直接の干渉で差し止められた(1965年)。TBSでは田英夫キャスターが空爆下の北ベトナムで取材した特集が放送されたが、社長に呼ばれ解任されTBSを去った(1968年)。朝日新聞はアメリカ議会の公聴会で共産党員の記者がいると攻撃された(1965年)。毎日新聞で「泥と炎のインドシナ」を書いた大森実もライシャワー米大使の批判を浴び、退社した(1966年)。
民放テレビはそれ以降、娯楽路線に転化した。
ペンタゴンペーパーでアメリカの新聞がニクソンに勝利した直後、1972年毎日新聞
西山太吉記者が沖縄密約の公電を明るみに出した。国家機密漏洩の罪に西山が問われ、裁判が始まり、アメリカに習って「知る権利を守れと」という声が起きる。しかし政府は西山の男女関係をこれに絡めて巻き返し、一審では無罪となったものの二審、最高裁で有罪が確定した(1978年)。日本では「国民の知る権利」は定着することがなかった。
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