昭和16年12月8日 ―髭の男の「亡びるね」を繰り返さぬために―

著者: 半澤健市 はんざわけんいち : 元金融機関勤務
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 次に掲げるのは熊本から乗った青年と京都で乗った40歳前後の男との上り列車中の会話である。
▼「あなたが東京が始めてなら、まだ富士山を見た事がないでせう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するもりは何もない。所が其富士山は天然自然に昔からあつたものなんだから仕方がない。我々が拵へたものぢやない」。
「然し是からは日本も段々発展するでせう」と(青年は)辯護した。すると、かの男は、すましたもので「亡びるね」と云つた。▲
夏目漱石の小説『三四郎』(1908年)の一節である。三四郎は旧制五高を卒業して東京帝大文科に入るための上京であり、髭の男はのちに「広田先生」として登場する教授である。

昭和16年12月8日に始まった大東亜戦争の敗北は、髭の男の「亡びるね」の実現であった。男の予言から37年後にそれは起こった。漱石が具体的にイメージしていたのか否かは問題ではない。作家は日本近代の開発推移をみて「亡びる」と思ったのである。
2013年12月6日に参議院本会議「特定秘密保護法案」の強行採決は私に「亡びるね」の言葉を思い出させた。三四郎が聞いて105年後の今、最初の「亡び」から68年にして、この国は再び二回目の「亡びの道」へ転げ落ちようとしている。

レミングというネズミの集団が飛び込み集団自殺するという説は事実ではないらしい。しかしここでは話の展開上「集団自殺」を比喩として使う。
昭和16年12月8日の開戦に至る過程は、レミングの行動そっくりであった。開戦を決定したのは一握りのエリートであり、最後に「御名御璽」を実行したのは昭和天皇であった。彼らは「特定秘密」情報を全て握っていた。その者たちが、20世紀日本での最大の愚挙を決定したのである。自己過信と内向きナショナリズムの合作である。
2013年の日本には、「開戦」という言葉がないし、天下の形勢を「情報公開」によって人々はだれでも知ることができる。そこに降って湧いた「特定秘密保護法」は、レミングの集団を再生産する法律である。我々はなぜこんなに愚かになったのか。日本に民主主義はなぜ育たなかったのか。民主主義はなぜこんなに脆弱だったのか。

我々の最後の希望は、確信犯安倍晋三政権の打倒である。参院での暴挙が行われた直後に、こんな言い分は非現実的に聞こえよう。しかし安倍晋三を取り巻く客観情勢は、この「ネオ・ファシスト」が考えているほど甘くない。「安倍政権は3年安泰」とメディアはいう。こんなフィクションを信じる理由はない。我々が苦しいときは敵も苦しいのである。困難にめげず新しい戦列を組織しようではないか。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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