バルセロナの童子丸開です。
「独立運動」が頓挫したかに思われたカタルーニャですが、とんでもないドンデン返しが起こりました。そしてこれがまた、12月20日の総選挙でカオス状態に放り込まれたスペイン政局を、一気に中央集権化・右傾化に突っ走らせそうな気配です。またそれが同時に、混迷の度を深める欧州を更なる混乱に追いやる可能性が高まっています。
緊急の「現場報告」となりますが、激しく動く現代史の記録としてご記憶にとどめていただければ幸いです。ご拡散のほど、よろしくお願いします。
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/Unexpected_twist_in_Catalan_independence.html
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暴走するカタルーニャとスペイン
ドタバタ迷走の果てにドンデン返し
昨年9月27日の州議会選挙で独立派議員が多数派となったカタルーニャだが、独立派内部にある厳しい対立のため、その後、迷走に次ぐ迷走を繰り返してきた。特に12月20日のスペイン議会総選挙後の3週間はドタバタ劇としか言いようのない惨状を曝し続け、州知事指名を行うことができずに再選挙となる見通しが強まった。しかしその知事指名の最終期限である1月10日の前日になって、とんでもないドンデン返しが待っていたのである。
《混乱と再選挙の可能性》
『 カタルーニャ:「独立」に向かう(?)ぬかるみの道』の中で説明したように、州議会選挙で、定数135(過半数68)議席のうち62議席を独立派のアルトゥール・マスが主導権を握るJxSI(ジュンツ・パル・シ)が獲得した。そしてやはり独立派のCUP(人民統一候補)が10議席を獲り、両方の得票率合計では47.7%と過半数を割るものの、議員の数で言えば独立推進派が72議席と過半数を超えた。そして10月27日に開かれた州議会で「独立へのプロセス」の開始が、JxSIとCUPの賛成多数により決議された。
ところが 《カタルーニャ独立派の内実》にある通り、JxSIはその内部に多くの矛盾と腐敗と対立を抱えたまま「独立」の一言だけで野合した連合党派であり、またCUPは本来なら資本主義自体を否定しJxSIの中核であるカタルーニャ民族右派政党を忌み嫌う集団である。『スペインの政治動向を演出するTVショー』にある《カタルーニャはどうなっているのか?》の中で述べたように、JxSIが推薦するアルトゥール・マスの首班指名に頑として応じようとしないCUPのために、分離独立の準備はその作業開始の手前でとん挫しかかっていた。もし今年(2016年)1月10日の期限までに首班指名が行われない場合には、9月27日に選出された議員による議会は解散を余儀なくされ、3月6日までに新たな州議会選挙を行わなければならなかったのだ。
そのうえに、『 カオス化するスペイン政局』にある《各地域での特徴》で書いたとおりだが、 12月20日のスペイン議会総選挙の結果、カタルーニャ州で独立派の支持率が大きく低下していることが明らかになった。もし州議会の再選挙となれば独立派敗北の可能性が高いだろう。特に、民族右派と妥協に妥協を重ねてJxSIの一員となったカタルーニャ左翼共和党(ERC)は危機感をあらわにし、再選挙を避けるためにマスとCUPの交渉と双方の妥協を懸命に呼び掛けた。
最も困った立場に立ったのはCUPだった。敵対し続けてきたアルトゥール・マスを独立の中心に据えることは公約違反であり、党としては到底承服できない。かといってこのまま反対し続けるならば、独立運動にとっての千載一遇のチャンスを失いかねない。もしCUPのJxSIに対する反対が3月の再選挙と独立派の敗退を導くなら、彼らは大勢のカタルーニャ人から「独立運動の裏切り者」として指弾されるだろう。
12月27日に行われたCUPの全体会議では3回に及ぶ投票で、アルトゥール・マスの首班指名に対する 賛成と反対が全く同数という、少々信用し難い結果となった。執行部は、議論を各地の支部に戻して再度議論を繰り返したうえで代表者会議によって決着を付けることにした。そしてこの1月3日に行われた代表者会議でCUPは、正式にマスの首班指名に反対することを決定した。これによって、スペイン中のほとんどの人は、3月6日のカタルーニャ州議会再選挙がほぼ確実になったと感じた。
《ドンデン返しとプッチダモン新知事の誕生》
再選挙で独立が不可能になることを心底恐れるERC党首のウリオル・ジュンケラスは、マスに対して、 独立へのプロセスを潰さないため知事候補から身を引くようにと、泣き出さんばかりに懇願した。しかしそれでも「マドリードに敵対し続ける独立運動の英雄」アルトゥール・マスは、たとえ再選挙となっても知事候補から身を引かないと言い張り続けた。ところがである。首班指名の日限が迫る1月の7日、CUPとJxSIによる最終交渉が始まったのだが、この辺りからどうも奇妙な雰囲気が漂い始めたのだ。「マスが知事候補に固執するなら交渉を即刻打ち切る」と公言していたCUPが、長時間の会議の後でもう2日間の交渉継続を受け入れたのである。
私は「こりゃ、ドンデン返しがあるな」と感じた。そして最終期限を翌日に控えた1月9日の夕刻に、案の定それは起こった。アルトゥール・マスが突然、JxSIの州知事候補から身を引いたのだ。
あくまで「マス知事が独立へのプロセスを進めること」への反対にこだわったCUPは、「じゃあ、マスでなければいいんだな?」という最後の切り札に対抗できなかったのである。マスの代わりに知事候補となったのは、JxSIの名簿下位に名を連ねていた 現ジロナ市市長カルラス・プッチダモン(Carles Puigdemont)だった 。そしてCUPは議員2名を、党籍をCUPにしたままでJxSIの議員名簿に連ねさせるという奇妙な決定をした。その2名は、言ってみればJxSIに差しだした「人質」なのだが、逆にそれでJxSIの中で政策決定に影響を与えることができるだろう。まあ、これで一応は「独立派の面目」を保つことができるのかもしれない。
結局、10日の夜9時過ぎに行われた首班指名の採決で、 JxSIの62人にCUPの8人の賛成が加わり、合計70票の賛成多数でプッチダモン知事が誕生した。カタルーニャ独立へのプロセスが本格的に開始されたわけである。
しかし、反資本主義を標榜し、使用されていない建物を占拠するOkupa運動を担って民族右派政権に敵対してきたCUPが、資本主義をベースにする独立に反対するのではなく「マスの知事就任阻止」にこだわったのは、明らかに彼らのミスだろう。いや、ミスと言うよりは、しょせんはその程度の見識と戦術しか持たない素人集団の限界だったのかもしれない。彼らにはいずれ消え去る運命しか残されてはおるまい。
《マドリードの中央政局は…》
12月20日の総選挙(参照:『 カオス化するスペイン政局』) で第1党となりながら多数派を形成できないラホイ政府与党の国民党は、 「再選挙」と「社会労働党を巻き込んでの大連立政権樹立」の2方面をにらんで、ひたすらカタルーニャ情勢を見守っていた。もしカタルーニャで首班指名が行われて独立のプロセスが開始されるなら、自由に強権を振るって独立を阻止できる大連立を呼び掛けることができる。カタルーニャで再選挙となれば、「独立阻止」を最大の(ほとんど唯一の)旗印にして新たな選挙戦を行えば、少なくともシウダダノスとの連立が可能なくらいの保守回帰が期待できるだろう。
危うい立場に立たされたのは社会労働党である。 党史上最悪の選挙結果を残した党首ペドロ・サンチェスは、党内からの厳しい指弾に曝された。元々から党内に強い基盤を持たないサンチェスは1月7日に突然ポルトガルを訪問した。ポルトガルは2015年11月に社会党と共産党などの左翼政党の連立によって保守党政権が倒されたのだが、サンチェスの訪問は明らかに社会労働党とポデモスを中心にした「左翼連立政権」を目指す彼の意思表示だった。しかしここでも超え難い障害となるのがやはりカタルーニャ独立問題である。
ポデモスはスペインの各地域に「自己決定権」を与え住民投票を合憲化することを主張しており、この点ではカタルーニャやバスクの政党と妥協点が見いだせるかもしれない。しかし社会労働党内にある巨大な力は決してマドリードへの中央集権以外を許すことがあるまい。特にポデモスを忌み嫌うアンダルシア州知事スサナ・ディアス、そして彼女の背後に控える大御所フェリペ・ゴンサレスは、サンチェスを切り捨ててでもその「左翼連合政権」を阻止するだろう。
カタルーニャが「独立」に向けて一歩を踏み出したからには、おそらくマドリードの中央政界は、独立のどんな動きでも徹底的に非合法化するために、「国家分裂阻止」を錦の旗にして「左右大連合」に向かわざるをえまい。つまり、国民党・社会労働党・シウダダノスによる大連立政権の成立である。本格的なカタルーニャ独立の動きが、スペインの中央集権化・右傾化を一気に推し進めそうな気配だ。
カタルーニャでマスとCUPの譲歩が伝えられて 国民党党首のマリアノ・ラホイはほくそ笑んだ。皮肉なことに、アルトゥール・マスが知事候補の座から退いたことが、ラホイ政権の延命に最大の力を貸すことになるのだ。 しかし社会労働党内部には癒しがたい傷が付けられることになる。同党は分裂と勢力の縮小を余儀なくされ、いずれ消滅の方向に向かうだろう。シリザの台頭に恐れをなした果てに保守党との協力によって自らに引導を渡したギリシャのPASOKのように。
《スペインを待ち構える対決と混乱》
今後のスペインを待ち構えているものは、闇雲に分離独立への歩を進めるカタルーニャと、それをまた闇雲に法縛り・カネ縛りで屈服させようとする中央政府であろう。おそらくは、そんな事態を防ぐことのできた手段があったとしたら、ポデモスの主張する住民投票合憲化だけだったと思われる。もし仮にいま、実際に公正な形で住民投票が行われるなら、カタルーニャでの独立反対が多数派になるだろうからだ。それが分かっているからこそ、マスもCUPも「曲げられない筋」を最終的に曲げざるを得なかったのである。決して「住民多数派の支持による独立」ではない。しかしもはや、その住民投票合憲化の道も閉ざされようとしている。これはもう民主主義ではない。
首班指名に先立つ演説でカルラス・プッチダモンはスペインからの即刻の分離の方針と「独立カタルーニャ共和国」の青写真を滔々と語っていた。しかし、中央政府の強権発動と経済的締め付け、EUとユーロ圏からの疎外に、彼がどう対応できるというのだろうか。またその激しい動きの中で混乱し困窮する州民の抗議と反発に対して、その青写真が「絵に描いた餅」以上の機能を果たすことができるのだろうか。私は、願望と思い込みで思い切り突っ走った後でしか考えようとしないスペイン人(カタルーニャ人を含む)の性格をよく知っている。この点については極めて懐疑的・悲観的にならざるを得ない。
さらにそのスペインとカタルーニャを取り囲む経済的・政治的環境もまた大いに問題だ。しかしこれについては、問題があまりにも大きく複雑であるため、稿を改めるしかない。いくつかをおおざっぱに言ってみよう。
まず、モノにとり付かれたように「難民受け入れ」を行ってきたメルケルは、その代償として欧州連合を解体の危機に追いやっている。始めからそれが目的だったのかどうか分からないが、国境をオープンにしたシェンゲン条約はすでに空文化している。大晦日の夜にケルンなどのドイツの諸都市、スイスやフィンランドなどで同時多発的に起こった「難民」達による女性への大規模集団性的凌辱・窃盗事件が、ようやくメルケルの暴走にブレーキをかけたようだが、時すでに遅し。今年もまた百万単位でアフリカや中東からの「難民」が欧州を襲いそうである。(参照:『現在進行中 :2005年に予想されていた現在の欧州難民危機』)
また中国発の株価暴落がリーマンショック同様の衝撃を欧州経済に与える可能性は相当に高いだろう。さらに、トルコやウクライナのEU加盟についての議論が欧州分裂の危機をさらに深めていく ことだろう。EUがNATOやIMFの道具として機能してきた報いである。
この「カタルーニャ独立運動」の奇妙さは、当サイトの『 特集:『カタルーニャ独立』を追う 』のなかで記録し続けてきたが、そんな国際的な舞台の上で、マドリードとカタルーニャが「共倒れ」する可能性もある。それは、できることなら…自分勝手な願望だが…私が死んでから後で起こってもらいたい悪夢なのだが。
2016年1月11日 バルセロナにて 童子丸開
記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3218:160111〕