書評 『日本近代文学の潜流』(大和田茂・著 論創社・刊)

大和田茂の長年にわたる研究成果が本書である。大杉栄も小林多喜二も登場するが、本命はやはり、埋もれているプロレタリア作家たちへの検証であろう。
大正期から昭和初期にかけて活躍した、平澤計七、新井紀一、中西伊之助、宮地嘉六、細田民樹、細田源吉など。彼らの作品の発掘とその再評価が面白い。労働体験を持つ彼らが、どう文学的に目覚め、どのように社会的挫折を乗り越えたか。彼らの人生ドラマが切ない。
本書からはさらに、著者の彼らへの愛情も、調査の苦労も、研究の魅力も伝わってくるのである。
新井紀一は、労働者の姿、工場の現場、ストライキの様子を描いた。文学史上初めてのことだった。習作時代の多喜二が、リアリズムの手法を貫く新井を労働者文学の先達として信頼したと、著者は指摘する。
知識人文学に対抗して、新井は政治主義優先の解放運動に文学の自立性を主張するものの、打開できずに日々悶々としたとも紹介している。著者は彼らの苦渋と限界を彼らに寄り添いつつ分析する。
繊維問屋でつらい体験をした細田源吉は、シングルマザーなど社会の底辺に生きる弱者と言われる人たちの生態を描いた。優れた技法を持っていたのだ。治安維持法違反で入獄したおり、源吉は仏教と出合う。出獄
し、保護司の活動をした。もっと注目されてよい作家だと、著者は評価する。
他の作家たちの生涯も感動的だ。彼らは雑誌に投稿しては、自己表現の道を切り開いてきたのだった。
著者はよい師と先輩に恵まれたようだ。彼らの、作品のゆかりの地や住居跡を探索した。都立高校定時制の教員をしながら、昼間は図書館や古本屋通いをした。多くの資料と文献にじかに触れている。著者の研究と執筆は今後も続くであろう。
(2022年8月20日付「信濃毎日新聞」に掲載された書評の再録です)

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