書評 岩田弘遺稿集 追悼の意を込めて 「コミューン革命」論への軌跡 「資本主義と国家の廃棄」を追求し続けた岩田弘

著者: 矢沢国光 : 世界資本主義フォーラム
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『岩田弘遺稿集─追悼の意を込めて』五味久壽編 A5判、424頁ページ、批評社 2015年12月発行 3800+税円

岩田弘が2012年1月に八二歳で逝去されて4年になる。本書の刊行が、岩田がわたしたちに残した大きな課題を考える機会を与えてくれたことに、感謝したい。

岩田は、終世社会運動とかかわりがあった。名古屋の学生時代に日本共産党の下で活動し、「大須事件」で逮捕・起訴された。一九六〇年安保闘争後、「新左翼」の理論的指導者に担ぎ出され[岩田は「彼らが寄ってきたので少々世話を焼いた」と述べている326p]、六〇年代後半の反体制運動とかかわりをもった。岩田の経済理論も政治理論も、こうした運動とのかかわりの中で書かれ、発展した。

六〇年代後半のベトナム反戦・安保・全共闘運動が大衆的政治闘争として「成功」であったか「失敗」であったかは、一言では言えない。ただ、こうした大衆的政治闘争の高揚に多かれ少なかれ寄与した新左翼「諸党派」、つまり「堕落した日本共産党に代わる革命党」をめざした諸党派の運動が「失敗」であったことは、事実として認めねばならないと筆者(矢沢)は考える。岩田もまた「失敗」と考えた。「失敗」と考えたからこそ、晩年の考え方に大きな転換があった。「資本主義と国家をどうやって廃棄するか」を死ぬまで考え続けた岩田の思考の軌跡とその到達点は、「資本主義と国家の廃棄」をめざすものにとって、価値ある参照点になると筆者は考える。

岩田は二〇〇六年一二月、批評社から大部の二冊の本を同時に刊行した。一つは『世界資本主義Ⅰ』で、これは一九六四年に未来社から出した『世界資本主義』の増補改訂版である。もう一つは『現代社会主義と世界資本主義――共同体・国家・資本主義』で、これは一九八九年に刊行した同名の著書の再版(副題のみ変更)である。岩田はこの二冊を旧来の友人や繋がりのある「読者」に贈呈した。それとともに『資本主義と階級闘争 共産主義Ⅰ』(1972.11社会評論社)を絶版にした。この『共産主義Ⅰ』は、表紙カバーにレーニンの写真があり、続編として、『労働者階級と前衛党 共産主義Ⅱ』を予定していたが、『共産主義Ⅱ』が刊行されることはなかった。

●二つの革命論

岩田が1972年の『共産主義Ⅰ』を絶版にしたのは、なぜか?「近代工業労働者階級による革命」つまり「プロレタリア革命」論から「コンミューン革命」論へと「発展」したからではないか。

たしかに、『共産主義Ⅰ』においても、フランス革命におけるパリ・コミューンを「地主・貴族階級にたいする商工業階級のブルジョア革命」を乗り越える反資本主義の「コミューン革命」として評価し、中国革命を農村根拠地闘争による「農民コミューン革命」として高く評価している。ロシア・ナロードニキの共同体革命論に対するマルクスの条件付き肯定論にも言及している。しかし『共産主義Ⅰ』は、世界革命の主役はあくまで「プロレタリア革命」であり、「プロレタリア革命あってのコミューン革命」という主張になっている。

これに対して、2006年の二冊では、ロシア革命の「国家資本主義」への変質批判とそれと裏腹の中国「農民コミューン革命」の積極的評価へと転換し、それにともなって、「プロレタリア階級革命」論はすっかり影を潜めてしまう。「(フランス革命のサンキュロット・コミューンの闘争を起源とする)コミューン主義こそが、本来の意味でのコミュニズム、勤労大衆の革命闘争の中から生まれたコミュニズム(共同体主義)であった」(2006年版『現代社会主義と世界資本主義』「再版に当たって」)。

プロレタリア革命論からコミューン革命論へ――この転換は、岩田の世界資本主義認識の特質にも関連している。

●「資本主義の部分性」

岩田の「世界資本主義論」の最大の特質は「資本主義の部分性・外部性」という認識である。「今日のもっとも発達した資本主義的工業国でも、本来の資本主義的生産は、労働人口の比較的小部分を包摂する一部の近代的大工業部分にすぎず、その周辺には膨大な労働人口を抱える半資本主義的、半家業的な中小企業部門や半商品経済的、半生業的な農業部門が広範に存在する」112P

資本主義はなぜ「部分的」なのか?それは、資本主義がもともと共同体と共同体のあいだに発生する商品交換に由来するからである。商品交換から貨幣が生まれ、貨幣から「資本」が生まれる。資本主義は旧来の共同体的農業や小生産や社会関係を外部から浸食し、解体し、商品経済化する。同時に労働力を商品化し、資本主義の生産過程に取り込む。

資本主義の生成発展は、一面では、共同体の解体であり、こうした資本主義の共同体解体作用に対する共同体人民大衆の抵抗闘争は「コミューン革命」につながる。

資本主義の生成発展は、他面では、資本主義的生産過程への労働力の取り込みであり、労働搾取と生産過程での抑圧に抵抗する労働者大衆の闘争は、「プロレタリア革命」につながる。

岩田が「プロレタリア革命」から「コミューン革命」へと重点を移行させた背景には、こうした「資本主義経済の部分性・外部性」という認識がある。さらに、現実の世界資本主義認識において、1990年以降、中国という「新資本主義」が登場した、という認識があり、これが『世界資本主義Ⅰ』の追加増訂部分の主題となっている。

「新資本主義」とは何か?本書に収録されている三つの鼎談から岩田の自由闊達な世界資本主義認識論の発展を知ることができる。

●世界資本主義の歴史的過程の内面化としての経済学原理論

岩田は、「世界資本主義論に対応する原理論」を作ることができたのか?

「宇野原論と世界資本主義論も、実際にはそれほど中身は変わらないのではないでしょうか?」と大内秀明に言われて、岩田は「ぼくも基本的にはそう思いますよ」と言ってしまう。櫻井毅があわてて「それはかんたんに同意しない方がよいですよ」と言って、「景気循環論は、一国資本主義、純粋資本主義だけでは解けない」から岩田が世界資本主義論を提起したことを想起させる。321p

岩田が、世界資本主義論に対応する原理論が必要だと言いながらそれを書かないことに、筆者はかねてから不満を持っていたが、本書第1部に収録されている「経済学原理論序説(一)(二)」を読んで初めて、岩田が原理論を準備していたことがわかった。だが、生産過程論で執筆を中断した。なぜか?五味はその理由として、19世紀綿紡績業を対象としたマルクス生産過程論があまりに古色蒼然としており、現代のIT革命の時代に合わないと考えたため、と述べている49P。それだけだろうか?侘美光彦、伊藤 誠、岩田 弘の鼎談は、世界経済の最新の動向を論じているが、金・ドル交換停止後の国際通貨・国際金融を論ずる段に至ると、現状分析と原理的規定が分けられなくなっている。1990年以降の国際金融・国際信用の新たなかつ激しい変化を前にして、「経済原理」の研究が、圧倒的な新出事態の把握と一体化することに、岩田が気づいたからではないか。

*この鼎談は長時間にわたったため、宅美・伊藤の貴重な発言がかなり割愛されている。ウェブサイトで「世界資本主義フォーラム」と検索すれば、その全文を読むことができる。

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●農業社会の見直し

岩田の「プロレタリア革命論」から「コミューン革命論」への転換には、経済と国家を歴史のより大きなスパン――定住農業社会の成立以来の歴史――の中で位置づけるという歴史観の転換があった。中国の人民公社を「農民コミューン革命」と高く評価した岩田は、中国歴代王朝を中国に特有の農業共同体的「コミューン国家」と規定することによって、「農民コミューン革命」の普遍性を導き出そうとした。『世界資本主義Ⅱ』の未完に終わった構想は、そうした岩田の「コミューン革命論」の追求(とその混迷)であった。

「コミューン国家」論には、にわかに賛成できなくとも、「成長社会の終焉」「絆の再生」が問われている今日、資本主義化を防ぎ、資本主義化によって失われた旧き良き伝統を現代的に再生し、「コミューン」を再生することが「脱資本主義」「国家の廃棄」の大道であることが日々明らかになってきている。岩田が「プロレタリア革命」を捨てて「コミューン革命」を脱資本主義・脱国家の道として提起したのは、基本的に正しかった、と筆者は考える。

最後に。岩田の著作は、本書の「著作目録」に掲載されているものだけでも一二〇以上あり、そのほとんどは大学の紀要や雑誌に掲載されたもので、今日われわれが読みたいと思っても入手が困難である。いつかこれらの著作が読めるような「岩田弘著作集」が刊行されることを期待したい。(2016年3月10日)

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y2y1●本書の構成

第1部 岩田弘と世界資本主義

・『世界資本主義Ⅱ』のプランについて/五味久壽

・岩田弘と『世界資本主義』とを振り返って/五味久壽

・岩田 弘/グローバル資本主義とマルチチュード革命──ネグリ&ハートの『帝国』に寄せて

・岩田 弘+田中裕之/3.11後の世界と日本資本主義が直面する問題──現代型製造業のグローバルなネットワーク化と新情報革命の世界史的意味

・岩田 弘/経済学原理論序説(一)(二)──世界システムとしての資本主義とその経済的組織原理

第2部 「世界資本主義」の現局面をめぐる鼎談

・始まった世界恐慌、その歴史的意義を問う/岩田 弘+五味久壽+矢沢国光

・アメリカ金融危機が意味するもの─29年型世界大恐慌は始まったのか/岩田 弘+五味久壽+矢沢国光

・現代資本主義と世界大恐慌/侘美光彦+伊藤 誠+岩田 弘

・宇野経済学50年をめぐる座談会/大内秀明+櫻井 毅+岩田 弘

・「宇野・岩田論争」が提起したもの/大内秀明

・岩田弘の世界資本主義論とその内面化論としての経済理論/櫻井 毅

第3部 追悼 岩田弘先生

伊藤 誠、山口重克、河村哲二、福岡克也、田中裕之

岩田弘先生著作目録

岩田弘先生年譜

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study731:160422〕