中国発のデフレが世界を襲い出した
世界経済にまた一つ、暗雲が広がってきた。世界の工場として急速に生産能力を高めてきた中国で供給過剰が顕在化し、世界の資源、素材、装置、海運などの業界で余剰感が強くなっているのだ。中国景気の鈍化でこの勢いは一段と強くなっており、世界にデフレを広げかねない。
◆なだれ込む中国製鋼材
その典型が鉄鋼だ。中国は過去10年にわたって粗鋼の生産量を年5000万トンずつ拡大し、昨年は6.8億トンに達した。これは日本(1.1億トン)の約6倍で、世界の総生産量(15・2億トン)の45%に当たる。
一方、中国では設備投資・不動産投資・公共投資が頭打ちとなり、鉄鋼の内需が鈍化している。あふれた中国製品が各国の市場になだれ込み、市況が急落。2008年にトン当たり1000ドルほどだった熱延鋼板は、600ドル以下に下がっている。
たまらないのは先進国の製鉄会社だ。米国では第4位のメーカーが今年5月、破産法に基づく事業清算に追い込まれた。ドイツの大手ティッセン・クルップは不採算のステンレス部門を売却し、巨額の損失を出した米国事業のリストラを急いでいる。
合併と買収で急成長してきた世界のトップメーカー、アルセロール・ミタルも減益となり、縮小路線に転じた。今年10月、フランスに持つ製鉄所の閉鎖方針を発表したところ、失業増加に悩むフランス政府が待ったをかけた。オランド大統領が直々に交渉に乗り出し、高炉は止めるが、製鉄所の閉鎖は先送りすることで話がついた。
中国の鉄鋼業界も今年上期は3割以上のメーカーが赤字に転落するなど深刻な状況にある。このため一部工場の生産停止などで値上げを図る動きも出ている。しかし、同国の業界は多数の中小民営企業がひしめき、利益よりシェアを重視する国営企業も重きをなしている。改革は簡単には進まない。
しかも中国では3年後に、すでに着工された年産1000万トン級の新鋭製鉄所が二つも完成する予定。ベトナム、アルゼンチンなど他の途上国でも政府の支援を受けた製鉄所の建設が計画されており、世界的な設備過剰は相当長期間にわたって続きそうだ。
中国の成長鈍化の影響をまともに受けたのが海運業界だ。鉄鋼原料の鉄鉱石や石炭を運ぶ量が減ったところへ、リーマン・ショック前に発注された新船が次々に就航。市況が急激に悪化し、資源や穀物を運ぶ「ばら積み船」運賃の値動きを示す「バルチック海運指数」(1985年=1000)が9月に平均707と、26年ぶりの低水準に落ち込んだ。
鉄鉱石の値段も下がる。オーストラリア産鉄鉱石のスポット(当用売買)価格は今年6月にはトン当たり130ドル台だったが、一時90ドル台に下がった。
資源高に悩まされてきた先進国にとってはプラスだが、好況に沸いていたオーストラリアやブラジルなどの資源国は貿易収支が悪化し、景気も減速している。
◆太陽光発電も大幅な供給過多
中国の供給過剰は鉄鋼にとどまらず、石油、石油化学、製紙などの業界でも見られる。その一つが、再生可能エネルギーとして各国が力を入れている「太陽光発電パネル」(太陽電池をいくつも並べて相互接続したもの)だ。
中国は遅れて参入したものの、7年連続で毎年生産量を2倍以上伸ばし、昨年は世界の生産の61%を占めるまでになった。同国には大小合わせて数百社が乱立し、生産の9割以上が輸出される。
この結果、世界のパネル市場は供給過多になり、昨年は約2000万キロワットの需要に対し、生産能力はその2.5倍に達した。中国メーカーは欧州などで安値攻勢をかけ、パネルの価格は昨年約4割も下落した。今年も値下がりは続いている。
この結果、一時は世界最大手だったドイツのQセルズが今年4月に破綻。米国では、大手のソリンドラが昨年夏に破綻するなど、この2年で約10社が価格競争に敗れて退場している。なかでもソリンドラは、環境産業の育成に力を入れていたオバマ大統領が「米国経済の未来」と持ち上げていた政府肝煎りの企業だった。
中国の安値攻勢に対して米国商務省は今年5月、最大で250%の反ダンピング(不当廉売)課税の仮決定をし、欧州連合(EU)も調査を進めている。
近い将来、中国から製品があふれてきそうなのが自動車だ。世界最大の市場になった中国では、今年1500万台強の車が売れ、来年も10%近い伸びが見込まれているが、06年から10年にかけて年々3割近く拡大したころの勢いはない。
その一方で増産は止まらない。進出した外資系企業だけとっても、フォルクスワーゲン(ドイツ)、プジョーシトロエン(フランス)、GM、フォード(いずれも米国)などが増産を計画している。これらの来年の増産計画を合計すると200万台近くになり、150万台程度とみられる需要の増加予想を大きく上回る。
にもかかわらず各社は増産をやめようとしない。中国市場の勢力図が固まる前に少しでもシェアを高めようと、危険なチキンレースを展開している。
◆悲鳴あげる日本の業界
中国による過剰生産の影響は当然、日本の業界にも及ぶ。地理的に近い関係にあるだけ、欧米より影響は大きいともいえる。
たとえば鉄鋼業界は生産量の4割を輸出しているが、中国の景気減速と市況低迷で大手各社はいずれも今年度の収益が悪化している。神戸製鋼所は経常赤字への転落が見込まれており、10月に発足したばかりの新日鉄住金の連結経常利益は、前年度の両社合算分に比べ約7割の減益になりそうだ。
海運では、ばら積み船などを運航していた三光汽船が、運航量の減少と単価の下落で収入が落ち込み、7月に会社更生法の適用を申請した。大手3社も10月末、そろって今年度の業績予想を下方修正し、商船三井は200億円を超す経常赤字に陥る見通しだ。
製紙業界の場合、国内の紙需要が減少傾向にあるところへ、中国などから安い輸入紙が流入。主力の印刷情報用紙に占める輸入品の割合は今年20%に迫っている。市況も急落、上質コート紙は9年ぶりの安値に落ち込んだ。
その影響で9月中間決算は大手5社のうち4社までが大幅な営業減益になり、最大手の王子ホールディングスは国内従業員の1割削減を柱とするリストラ策を打ち出し、印刷用紙工場などの閉鎖も検討し始めた。
太陽光パネルでは、4年前にほぼゼロだった輸入品のシェアが今年度は3割を超す見通し。最大手のシャープは太陽電池と液晶パネルの赤字が主因となって今年度の最終赤字が2500億円もの巨額になりそうだと発表している。
太陽光などによる電気を固定価格で買い取る制度が今年7月から始まったにもかかわらず、同社は太陽電池の主力工場の事業規模を縮小するという。
こうした動きがすでに後退局面に入っている国内景気の足をさらに引っ張ることは間違いない。
「アジアの成長を取り込む」というのが政府と経済界の成長戦略の柱だが、アジアへの輸出を増やす一方で、中国などの過剰生産の影響をまともに受けているのが現実だ。こうした現実があるので、デフレからの脱却は容易なことではない。
かつてマルクスは、モノをつくり過ぎて社会全体が苦しむ「過剰生産恐慌」は資本主義につきものの病だと喝破した。資本家は利潤拡大をめざして生産量を増やす一方、賃金は抑えるから消費が伸びず、その不均衡が爆発して恐慌が周期的に起こるとみたのだ。グローバル化した経済では、資本主義の原初的な荒々しさが世界を覆う。中国発のデフレは、過剰生産恐慌が現代的な装いで現れたものといえる。
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