グローガー理恵さんのベルリン映画祭での木下恵介監督作品の特別上映の記事を拝見しました。
海外の映画祭では、日本の映画監督が定期的に「再発見」されるのが流行りなのでしょうか。リアルタイムの黒沢監督、溝口監督、から、亡くなって随分たってからの小津監督、成瀬監督の評価と続いている流れです。そして、そして今回は木下恵介監督だそうです。成瀬巳喜男監督が亡くなったのは1969年ですから、遺作の「乱れ雲」(1967)をリアルタイムでご覧になった方は、どんなに若く見積もっても還暦を超えた世代でしょう。カラー映画でも個人の思い出の中ではセピア色の時代に事柄に属すると思います。
一方、木下恵介監督は映画監督と同時に連続テレビドラマの製作者や監督でもありました。「記念樹」、「三人家族」、木下恵介アワー、木下恵介人間の歌シリーズといった数多くのテレビドラマを家族全員で揃って観ていた記憶を持っている方は、今の50代以上の方々にはかなり多いと思います。映画館の暗闇ではなくお茶の間で家族一緒になって観た思い出の中のある監督さんと言えるのではないでしょうか。
さて、今回ベルリンで上映される5作品を眺めると、複雑な印象を持ちます。嫌味な書き方をすれば、映画の専門家や学者先生が選んだ、曲球だなという気がします。どうしてこの5本なのか、と聞きたいように思います。もっとも別な見方をすれば、例えば「羅生門」、「七人の侍」、「雨月物語」、「西鶴一代女」、「東京物語」、「めし」、「浮雲」といった定番を選びにくい監督さんなのかも知れません。
木下監督の代表作として「二十四の瞳」、「喜びも悲しみも幾年月」、「楢山節考」などを挙げるのが順当なのでしょう。しかしちょっと待て、「陸軍」、「大曽根家の朝」、「女の園」、「野菊の如き君なりき」、「笛吹川」、「風花」、「今年の恋」だってあるぞ、と様々の意見もきっと出てくることでしょう。
木下監督は一般的に叙情的と言われますが、冷徹な目を感じる作品も少なくありません。「日本の悲劇」「今日もまたかくてありなん」「永遠の人」、今回ベルリンで上映される「死闘の伝説」などです。そこには人間は決して理解し合えない存在だという主張が貫かれているように感じます。その冷徹さに惹かれるところもあります。その一方で、同じく今回上映される「夕焼け雲」の窓から双眼鏡で街を眺めていた洋一少年がいろいろな辛い経験を経てもなお、優しい心を持ったまま成長して、立派な魚屋さんとなって幸せになってもらいたいと、観客と一緒になって心から応援している木下監督の姿も並立しています。
おそらく初めて木下恵介監督の作品に触れる海外の皆さんは、作品の振幅にかなり戸惑うのではないでしょうか。これまでに接した日本の映画監督の中では、最も分かりやすそうな顔をしているくせに、実はつかみどころのない地雷のような作品群なのかも知れません。その戸惑いをどのように整理、総括されるのか大いに興味あるところです。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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