本番はゴルフ会談か - 異常なワンマン政権、したたかな「狂人戦略」 -

著者: 金子敦郎 かねこあつお : 国際ジャーナリスト、元共同通信ワシントン支局長
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「にこやかなトランプ」
 世界に広がったトランプ・パニックの中で最も慌てたのが安倍首相。当選直後の次期大統領への「面通し」にトランプ・タワーに一番乗り。就任後のホワイトハウス詣でも「特別な関係」のメイ英国首相を別格とすれば、ここでも一番乗り。それが報われた。安倍首相を迎えたのは「こわもて」ではなく「にこやか」なトランプ大統領だった。中国にらみの安保問題では、安倍首相が欲しかったものをそのまま出してくれた。だが、経済・貿易問題はさらりと流したという感じだ。大統領職と不動産ビジネスを一緒くたにする「トランプ不動産」のフロリダのリゾートで、両首脳は夫人も連れてゴルフを楽しみながら2泊の「プライベート」の時間を過ごした。ここで何が話し合われたのだろうか。
 外交と内政は絡み合っている。保守派の「フェイク・キャンペーン」に乗せられて「EU離脱」を選び、孤立の道にはまり込んでしまった英国。欧州と米国の橋渡し役という「存在意義」を果たせなくなるとすれば、メイ英首相は真っ先に駆け付けて支持を訴えなければならなかった。アベノミクスの「偽装」が剥げ落ち、もたもたの閣僚たちが取り巻きの人材不足を露呈しているとき、長期政権・憲法改正の野心を抱く安倍首相にとって「外交の基軸」とする米新政権の後ろ盾が不可欠の条件だ。「ご祝儀抜き」の暗いスタートを切ったトランプ大統領も何か得点が欲しいところだった。
 新政権の就任時の支持率と不支持率はともに史上最悪、就任式に集まった観客は25∼50万人と、オバマ政権発足のときの180万人に比べるとあまりにもさびしい数字。翌日には女性・人種差別に抗議する50万人ものデモがワシントンを埋め、全米各地や世界各地に広がった連帯デモは80カ国、670 カ所、470万人におよんだ(主催団体)。そしてテロ対策を理由にイスラム諸国からの入国を一時禁止した大統領令に内外から猛反対を受けて、裁判闘争でも完敗した。「虚偽発言」の数々をいくら批判されても絶対に頭を下げなかったトランプ氏も、さすがにこたえていたのかもしれない。

「ドナルド・シンゾウ」関係
 安倍首相は常々、外交では相手国の首脳との間に信頼関係を築くことが重要と言ってきた。トランプ大統領が安倍首相を抱きかかえるようにして迎えた映像は、世界に繰り返し流されている。ホワイトハウスが明らかにした会談後の共同記者会見のやり取りの記録では、安倍首相は3回「ドナルド」と大統領のファーストネームを口にした。トランプ大統領の「シンゾウ」という発言はなかったが、これは大したことではあるまい。安倍首相はプーチン・ロシア大統領と親密な関係を築いたことが自慢だった。だが、故郷・山口県の温泉に招待して北方領土返還の突破口を開こうとしたが、進展は得られなかった。外交の上で首脳同士の信頼関係を構築することは悪いことではないが、難問がそれで解決できるわけではない。
 トランプ大統領と信頼関係ができたといって帰国したメイ英首相を迎えた英国世論は冷ややかだった。メイ首相の招待でトランプ大統領は英国を訪問することになったが、これに反対する署名運動が起こり、たちまち20万件を超して増え続けている。下院のバーカウ下院議長は公に、トランプ大統領が下院で演説することに反対を表明した。メイ首相もイスラム諸国からの入国禁止の大統領令に反対を言わざるを得なくなった。ドイツ、フランスなど主要な国の首脳も反対を隠してはいない。安倍首相は口を閉ざしている。安倍首相とホワイトハウス詣での先を争っているという話は伝ってこない。

「硬も軟も」
 不動産ビジネスで産をなしたトランプ氏は、「大きく吹っかける」交渉術が成功のカギだと著書で自讃している。その成功の傍らでこれまでに3,000件もの訴訟を起こされ、今も2,000件を抱えている。「危うい成功」のように思える。大統領選挙戦で世界中にあからさまになった暴言、虚偽発言、非難中傷などの言動をみれば、大抵の国は超大国の大統領に座ったトランプ氏には「何をされるかわからない」という恐れを抱くだろう。
 冷戦のさなかに世界を振り回したニクソン米大統領は、自分の外交戦略を「ニクソンは狂人だから何をされるかわからない」と怖がらせる「狂人」戦略と側近に語っている。トランプ大統領をニクソンに例える報道も出ている。
 トランプ大統領は台湾の蔡総統に電話して、中国の「一つの中国」にはとらわれないと述べて中国の姿勢を硬化させた。習近平中国主席からの大統領就任の祝電に対する返礼も遅らせてきたが、ホワイトハウスは8日、「相互利益になる建設的関係を発展させるために主席との協力を楽しみにしている」とする返礼の親書を送ったと発表。続いて9日にトランプ大統領は習近平主席に電話し、一転して「『一つの中国』政策に同意する」と伝えた。日本の新聞は11日朝刊でこの電話会談を大きく報道、同じ紙面には安倍首相がワシントン入りするという記事が並んでいた。トランプ大統領が中国を怒らせたうえで、さっと政策転換を図ったこの動きは、安倍首相が時間をかけて対応できないよう、日米首脳会談にタイミングを合わせたことは明らかだろう。「大きく吹っかけ」て脅しをかけるだけではない。
 さっと身をかわす。したかである。「友人」も安心してはいけない。
 トランプ氏は、選挙戦で対立候補も世論も振り回された「ツイート攻撃」を大統領になっても続けている。側近の中から「無用の混乱」を引き起こしているとして、止めるよう忠告も出たといわれるが、受け入れる気配はない。中東からの入国禁止令もそのひとつだった。

「主要省庁の幹部は空席」
 トランプ氏は極端な自信家、すさまじい自己顕示欲の持ち主、そして癇癪持ちである。不動産ビジネスも大統領職も「オレ流」でやれると自負しているようにみえる。毎日早朝から新聞やテレビのニュースを細かくチェックして、さっと反応して「ツイート」する。それがトランプ政権の政策になる。異常なワンマン大統領である。
 新政権は白人至上主義者も含めた極右グループが中枢に座り、選挙戦で散々罵倒したウォールストリートの巨額資産を持つ金融マン、軍部のエリートからは外れた元将軍、共和党の一部の極右勢力をかき集めてやっとできた。しかし数千人にも上る各省庁の実務を率いる副長官、次官、次官補といった幹部のポストの多くは政権が任命する。これがほとんど埋まっていない。国務省など一部の省庁ではキャリアの有力幹部がトランプ政権のもとで働くのは「潔よしとせず」と退官している。
 通常の民主、共和両党の政権交代であれば、それぞれの党の系列下に多くのシンクタンク研究員、大学の教員・研究者などが「出番」を待っているから、こんな事態は起こらない。トランプ政権が普通の政権の形を整えられるのか疑問がある。西欧諸国など多くの国は当分、模様見を続けるのではないかと思う。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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