2022年を振り返って
2022年の特徴としては、「世界的なインフレ率や金利の上昇」に加えて、「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻」に象徴されるように、「軍事独裁色を帯びる東側諸国」と「民主主義を標榜する西側諸国」との対立構造の復活が指摘できるものと考えている。別の言葉では、「文明法則史学」が教える「東西文明の交代」、すなわち、「西洋の物質文明」から「東洋の精神文明」への移行が、「尊皇派と攘夷派が争っているうちに、気が付いたら、幕府そのものが崩壊していた」というような展開を繰り広げた「日本の明治維新」の時のような状況となっている可能性のことである。
より詳しく申し上げると、「マネーの大膨張」により進展してきた「グローバリズム(世界共同体)」に関して、「2022年」が、大きな転機となった年のようにも感じているが、実際には、「デリバティブの大膨張」がもたらした「西洋諸国の超低金利政策」に関して、「かつての共産諸国が、軍事的な反抗を模索した可能性」のことである。つまり、「ロシア」が、「中国」などの国々と共謀して、「西洋諸国の力の源泉」とも言える「デリバティブのバブル」を崩壊させようとした状況のようにも思われるのである。
より具体的には、「約500兆ドル(約7京円)のOTC金利デリバティブ」と「約330兆ドル(約4.6京円)の世界的債務残高」という「金融ツインタワー」を、全面的に崩壊させるとともに、その後、「金(ゴールド)を中心にした新たな通貨制度」を模索した可能性である。そして、この点に関して、きわめて興味深かった事実は、「暦のフラクタル」であり、実際には、「2月24日に発生したウクライナへの軍事侵攻」に匹敵する「11月9日」に、「FTXの破綻」が発生した状況だと感じている。
つまり、「2001年の9・11事件」が暗示する「1945年から77年後の2022年11月に、目に見えない金融ツインタワーが崩壊を始める可能性」のことであり、この点については、ほぼ想定どおりの展開となったことも見て取れるのである。
そのために、これから注意すべき点は、「1971年から始まった信用本位制と呼ぶべき通貨制度の崩壊」であり、実際には、世界の中央銀行が「紙幣の増刷」を実施した時に、「金融界の白血病」とも言える「紙幣がコンピューターネットワークを流れることができない状況」が発生する可能性である。別の言葉では、「神様」となった「現代のデジタル通貨」が、あっという間に、「紙切れ」に変化する状況のことであり、このことが、「2023年に、最も注目すべきポイントの一つ」だと考えている。(2022.11.30)
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永久国債と日銀券
10月に開催された「新しい資本主義実現会議」では、「永久債の発行」が議論されたと報道されているが、この点については、20年以上も前に、「実現の可能性が低く、また、有効性も認められない」と判断された状況だったものと記憶している。つまり、「国家の財政」については、「歳出と歳入の関係性」において、「目に見える税金」と「目に見えない税金」が存在することが、「経済学の基本」とも言えるのである。
より詳しく申し上げると、「歳出が歳入を上回る状態」に陥ると、最初は、「目に見える税金の増加」が目論まれるものの、その後、「増税が難しくなり、将来の税金である国債の発行が実施される時期」を迎えるのである。つまり、「戦後の日本」においては、このような展開が繰り広げられてきたわけだが、その後の問題点としては、「国債の発行」が難しくなったときに、「目に見えないインフレ税」が課され始める状況である。
具体的には、「リフレーション政策」と呼ばれる「国民が気付かないように、中央銀行のバランスシートを膨張させる方法」、すなわち、「中央銀行の借金を増やしながら、国債の買い付けを実施する手段」が採られた状況のことである。別の言葉では、「中央銀行が民間から借金をしながら、資産として国債を保有する方法」のことでもあるが、この時の問題点は、「中央銀行の負債を増やす方法に行き詰まりが生じる可能性」とも言えるのである。
つまり、「異次元の金融緩和」の実施が可能だった「超低金利状態が維持されながら、当座預金という方法で中央銀行の負債を増やすことが可能な時期」においては、「短期資金を借りて、長期資産に投資する方法」に問題が発生しなかったことも見て取れるのである。別の言葉では、「時代錯誤の投資手法」であろうとも、「時代錯誤の経済学」が信任されている時代においては、大きな評価を受けたものと考えられるが、現在では、すでに、「世界的なインフレ率や金利の上昇が始まった展開」となっているのである。
そのために、現時点で取れる方法としては、「目に見えないインフレ税」と言われる「中央銀行の紙幣増刷」しか残されていない状況とも思われるが、実際には、「国家の借金」である「国債」について、「誰が、国債を買えるのか?」が問題視される状況となっているのである。つまり、現在では、「永久国債を発行しても、買い手が不在な状態」となっているために、今後は、「中央銀行の借金である紙幣」を増刷することにより、「国家の借金を帳消しにする」という「古典的な手法」が選択されるものと考えているが、このキッカケとなるのは、やはり、「国債価格の暴落」とも言えるようである。(2022.12.5)
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防衛費増額を巡る不毛な議論
現在の国会では、「防衛費の増額は不可欠である」という議論が中心となっており、「反対意見を述べるものは非国民である」とみなされるような雰囲気とも言えるようだが、このような状況下で必要なことは、やはり、「誰のために、何を防衛するのか?」を根本から考え直すことだと感じている。つまり、「国民の命と財産を侵略者から守る」ということが「防衛の基本認識」とも思われるが、この点について、歴史を振り返ると、「帝国主義の正当性」については、すでに完全否定された状況とも言えるのである。
別の言葉では、「武力や資本力を行使して、他国を植民地化する」というような行為については、現在、「世界的に否定されている状況」であり、また、「地球環境の温暖化」が意味することは、「人類そのものが、地球での存在が許されなくなる可能性」とも想定されるのである。つまり、現在、必要とされることは、「防衛費の増額」ではなく、「地球温暖化への適応に要する費用の増額」とも感じているが、この点に関して、より重要なポイントは、「国民の財産が、何を意味するのか?」だと考えている。
より詳しく申し上げると、「論語」で示されているように、「軍事力と食料、そして、信」の関係性については、「軍事力よりも食料の方が大切であり、また、より重要なものは人々の信頼感である」と述べられているのである。つまり、「信」については、「他人が信用できなくなれば、お互いの命にまで関わる重要問題」であり、また、「お金の根本」とも言える「信用」が失われれば、「財産」そのものが雲散霧消する可能性も想定されるのである。
そのために、現時点で必要なことは、「国家間のみならず、人々の間における信用の回復」とも思われるが、この点に関して重要なポイントは、やはり、「カール・ポランニー」が指摘する「悪魔のひき臼」、すなわち、大量に創り出された「お金」の存在が、「人間関係を引き裂いてきた状況」のようにも感じている。つまり、「西洋の唯物論」がもたらす「奪い合いの時代」の末期においては、「他人の命を奪ってでも、自分の利益を確保する行動」が発生する状況となっているのである。
別の言葉では、現在の「防衛費の増額議論」が、かつての「帝国主義」と同様の状況のようにも思われるが、この時の問題点は、「国債の増発が国家の信用崩壊に繋がるとともに、国民の財産と生命の危機が高まる可能性」であり、また、「時代錯誤、かつ、本末転倒の議論である可能性」が指摘できるものと感じている。(2022.12.6)
本間宗究のコラムhttp://www.tender-am.com/column.html より許可を得て転載。
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