本間宗究(本間裕)の「ちきゅうブッタ斬り」(449)

著者: 本間宗究(本間裕) ほんまそうきゅう:ほんまゆたか : ポスト資本主研究会会員
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真の念仏

「シュペングラーの西洋の没落」や「村山節の文明法則史学」が教えるとおりに、現在は、「1600年前の状況」と似たような状態にあり、そのために、今後の展望を考えるうえで役に立つのが、「西暦400年から、どのような時代が展開したのか?」の理解だと感じている。別の言葉では、現在が、「800年間の西洋物質文明」から「800年間の東洋精神文明」への移行期であり、この時に重要な意味を持つのが、「共同体の規模拡大に伴うマネー残高の増加」や「人々の組織などに対する隷従性」とも思われるのである。

より詳しく申し上げると、「西暦400年代の西洋では、西ロー帝国の崩壊に象徴されるように、急速に、それまでの輝きを失った状況」だったものの、一方で、東洋においては、「仏教」に対する研究が盛んになったことも見て取れるのである。具体的には、西暦800年ごろに確立された「弘法大師の真言密教」や「西暦1200年ごろに広く信仰された法然の念仏仏教」へ向かい、徐々に、人々の信仰心が強まっていった展開のことである。

そして、この点に関して、参考になったのが、親鸞の「私は祖先のために念仏を唱えたことがない」という言葉だったが、実際には、「ヘーゲルの弁証法」や「エジソンのインスピレーション」などと同様の意味を持っているようにも感じられた次第である。つまり、現実の難問や苦悩に直面した人々は、さまざまな試行錯誤を行うものの、結果としては、数多くの失敗を経て、最後の段階で「気づき」や「ひらめき」などが得られる状況のことである。

別の言葉では、「気づきなどを得られたときに、思わず口をついて出たのが『無阿弥陀仏』という神様への感謝の言葉だったのではないか?」とも思われるが、実際には、「念」という「今の心」が「仏陀」と同じになる状況のことである。つまり、「仏教」では、「成仏」という「誰もが仏陀のような存在になれる」という教えが存在し、この方法論として、「人知と神の智慧との差を取る『悟り』が存在する」とも理解されているのである。

そして、このことが、「社会科学の次元上昇」を意味するとともに、この時の方法論として、「ひらめき」や「気づき」などの「天や神の智慧」を獲得する唯一の方法が挙げられるものと思われるのである。また、「1600年前と現在との違い」としては、「11次元にまで進化した自然科学」が挙げられるが、当時は、「地動説から天動説への転換」に象徴される「西洋の失敗」、すなわち、「それまでに蓄積した学問や技術の放棄」が存在したことも理解できるために、今回は、「ネットワークによる世界的な情報共有」などにより、過去の失敗が繰り返されない可能性に期待している次第である。(2024.1.22)
 
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宇宙の光と闇

「大自然のメカニズム」を解明する学問が「自然科学」であり、また、「人間社会のメカニズム」を解明する学問が「社会科学」と理解されているが、以前から申し上げているとおりに、これから必要とされることは、「社会科学の次元的な上昇」だと考えている。そして、この点に関する基本的な認識としては、「宇宙の光と闇」が挙げられるが、実際には、旧約聖書で述べられている「『光あれ』という神の言葉でこの世が創造された」という点が「138億年前のビッグバン」に当てはまる可能性であり、また、その後、「46億年前の地球の誕生」、そして、「多様な植物および動物などの進化」につながった展開のことである。

別の言葉では、「神の創造した大宇宙と大自然」については、目に見える「宇宙の光の部分」であるものの、一方で、「ダークマター」などの、目に見えない「宇宙の闇の部分」も、当然のことながら存在するものと思われるのである。つまり、「神の意志と見えざる手」が存在するものと感じているが、この点については、「アダムスミスの国富論」で指摘されている「神の見えざる手」や、作家の芹沢光治良が指摘する「文学は物言わぬ神の意志に言葉を与えることである」という意見が参考になるものと考えている。

より詳しく申し上げると、ライプニッツの予定調和説などのとおりに、「神の存在」を肯定する必要性のことでもあるが、実際のところ、「800年間も継続した西洋の物質文明」の末期では、「神は死んだ」とか、あるいは、「宗教はアヘンである」などの認識が広まるとともに、「大自然は人間が征服すべき存在である」と理解されるようになったことも見て取れるのである。別の言葉では、「現実が全てであり、あの世などは存在しない」という認識が広まったわけだが、この点については、現在、自然科学の発展により、さまざまな異論が出始めている状況ともいえるのである。

つまり、エジソンが指摘したとおりに、「われわれは何事についても1パーセントの100万分の一も知らない状況」とも思われるが、今後は、「11次元にまで進化した自然科学」の利用により、「三次元にとどまっている社会科学の次元上昇」が展開するものと想定されるのである。具体的には、「軍事力が不要になる社会」であり、また、「大自然が破壊されるほどのマネーが必要とされない社会」などのことでもあるが、実際には、「歴史の全体像」が理解されながら、「神は、どのような意思を持って宇宙や地球を想像し、また、どのような目に見えざる手により、人間社会をコントロールしようとしているのか?」などを考えることであり、この点については、たいへん近い将来に想定される「信用崩壊がもたらすマネーの消滅」が、大きな影響をもたらすものと考えている。(2024.1.23)
 
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植田日銀総裁の思惑と覚悟

1月23日に発表された「日銀政策決定会合の結論」、すなわち、「マイナス金利政策を続け、長期金利は0%程度におさえる今の枠組みの継続」については、「植田総裁の思惑と覚悟」が見え隠れする内容だったものと感じている。つまり、「マイナス金利の継続により、できるだけ時間稼ぎをしながら、限界点に達したときには、1945年以降の日本を参考にしながら、ハイパーインフレで国家債務を棒引きにする可能性」のことである。

より詳しく申し上げると、現在は、「日銀の当座預金」に、大きな圧力がかかり始めている状況であり、実際には、「貯蓄から投資への動き」を象徴する「新NISAの開始」などにより、「民間金融機関の預金」が減少し、その結果として、「当座預金残高の維持」が難しくなり始めているものと思われるのである。また、「マイナス金利」がもたらす「民間金融機関の負担」、すなわち、「短期国債の買い付けにより支払わざるを得ないインフレ税」についても、「民間金融機関の体力」を消耗し続けている状況とも想定されるのである。

そのために、現在、日銀が実施している「世界で唯一のマイナス金利」についても、間もなく、限界点に達することが想定されるが、この点に関して、今回の会合では、「植田総裁の並々ならぬ覚悟」が露見した状況のようにも感じられたのである。つまり、海外の投資家からも、冷ややかな目で見られている「日本のマイナス金利」に関して、「解除すれば日銀が債務超過に陥る可能性」も想定されるために、当面は、「為替を犠牲にしながらも、マイナス金利を継続する思惑」であり、また、「国債の入札などに問題が発生したときには、大量の紙幣増刷やCBDCの大量発行などの手段を講じる覚悟」のことである。

別の言葉では、「米国の財政事情」と同様に、現在は、「雪だるま式に国家債務が積みあがっている状況」となっており、この結果として、多くの専門家は、「単純な算数で、今後の展開が計算できる状態」とも認識し始めているのである。つまり、「誰が国債を買うのか?」が、現時点の世界的な疑問点となり始めており、その結果として、間もなく、「世界的なハイパーインフレが発生する可能性」が危惧され始めているのである。

そして、この点に関しては、「一国のみならず、世界的な問題」でもあるために、多くの人々が、「1600年前の西ローマ帝国の崩壊」を研究し始めている状況とも理解できるが、実際には、「マネーの謎」や「時間のサイクル」そして、「心の謎」など、きわめて複雑な問題が存在するために、根本的な解決策が見出されるまでには、きわめて長い時間が必要な状況のようにも感じている。(2024.1.25)
 
本間宗究のコラムhttp://www.tender-am.com/column.html より許可を得て転載。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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