~関西から(13)~
宮城県の震災復興計画の策定プロセスにおいて私がもうひとつ懸念するのは、村井知事の異様とも言える「強いリ-ダーシップ」だ。自説・持論を譲ろうとしない報道機関や県民に対する強硬姿勢、県の役人や地元首長よりも国のブレインを重視する権威主義的体質、国の復興構想会議における一貫した強気発言、自らの政治基盤であるはずの保守系議員や地元支持者への高圧的態度など、村井知事の「強いリ-ダーシップ」を示す事例には事欠かない。
「強いリ-ダーシップ」といえば、石原東京都知事や橋下大阪府知事、それに河村名古屋市長などの“専制型首長”がその代表格に挙げられるが、これまで東北地方の村井知事に中央のマスメディアに登場する機会が与えられることは少なかった。それが、今回の東日本大震災を契機にして国の復興構想会議のメンバーに選ばれるや否やにわかに突出した言動でデモストレーションを始めたのは、いったい如何なる意図と背景があるのだろうか。
まず第1の背景としては、現職の防衛大学校長である五百旗頭氏が東日本大震災復興構想会議の議長に就任したことが挙げられよう。現職の防衛大学校長が非常時とはいえ「国の民生計画」の策定を指揮することなど、平和憲法の下での戦後日本では考えられもしなかった。だが、わが国で防衛大学校・自衛官出身ではじめて知事となった村井知事は、松下政経塾生というキャリアもあって、五百旗頭議長が指揮する国の復興構想会議を自らの存在をクローズアップできる絶好の機会とみたのであろう。なにしろ大災害の復興構想が現職と元職の自衛隊関係者の手によって国と県で同時並行して進められることなど、かってない異例の事態が生じているからだ。
菅首相が五百旗頭氏を復興構想会議の議長に起用したのは、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を突如表明したことと同一線上にある。鳩山前首相の普天間基地の「県外・国外移転」発言の結果、極度に悪化した日米同盟を修復するためには、ひとつには「例外なき市場開放」を原則とするTPPへの参加、ひとつには日米軍事同盟を再強化することが、日米のグローバル資本から強く求められていたからだ。現職の防衛大学校長である五百旗頭氏が復興構想会議の議長に選ばれたのは、東日本大震災の復興構想を通して日米軍事同盟の深化(再強化)を図るためであり、「阪神大震災の経験者」などというのは単なる名目にすぎない。
そういえば、東日本大震災が発生する直前まで日米関係は最悪だった。訪沖を前にしたアメリカン大学の準教授と学生たちに向かって、ケビン・メア米国務省日本部長(前在沖米総領事)が「沖縄人はごまかしとゆすりの名人」、「日本政府は沖縄に金が欲しければ辺野古移転を受け入れろと迫るべきだ」などと露骨な差別発言を行い、沖縄はもとより日本全土の世論を一挙に硬化させた。またこの頃、菅首相も前原外相の政治献金問題辞任の余波を受けて、その政治生命は「風前の灯」だといわれていた。ところが3月11日の東日本大震災の発生によって、国内外の政治情勢は一変したのである。
4月13日の読売新聞特集記事「東日本大震災―日米連携で同盟深化」によれば、震災発生からわずか5時間後に、自衛隊統合幕僚長と在日米軍司令官との間で自衛隊と米軍による「日米共同調整所」を設置することが合意された。「日米共同調整所」とは、日本への武力攻撃が行なわれた時や周辺有事の際に両国の意思疎通を円滑にするために設けられる機関だ。現実には、有事の際の米軍の行動はすべて米軍に白紙委任され、自衛隊幹部と米軍の間で運用されているという。
なかでもその象徴ともいうべき出来事が、沖縄の嘉手納空軍基地のパラシュート部隊によって行われた宮城県仙台空港の復旧作戦だった。3月16日に松島上空からパラシュートで降下した空挺部隊は、まず滑走路の瓦礫を撤去して大型輸送機の着陸に道を開き、続いて輸送機で運ばれてきた重機などで滑走路全体を素早く復旧させた。その背後には、自衛隊出身の村井知事と首相官邸・防衛省との密接な連携プレーがあり、仙台空港の復旧作戦を「日米軍事同盟の有事シンボル」としてクローズアップしようとする自衛隊と米軍の思惑があったといわれる。
米軍と自衛隊が一体となった救援活動が「トモダチ作戦」として大々的に展開されたことは、有事における日米同盟の軍事力を国際社会(とりわけ中国)に対してデモストレーションする機会として、またメア米日本部長発言で険悪化した日米関係を修復する機会として、多大の政治効果を挙げたことはいうまでもない。村井知事が米軍や自衛隊の大量動員による被災地・被災者救援活動を追い風に、「強いリ-ダーシップ」のもとに震災復興計画を策定しようとしているのは、“有事”における統治能力を示すことで、自衛隊関係者ひいては改憲勢力の存在感を増すためであろう。
第2の背景としては、日本財界が東日本大震災を道州制導入の「千載一遇の機会」として位置づけ、そのための「先行モデル」を東北地方で実現したいと強く望んでいることが挙げられる。日本経団連や経済同友会は、4月30日の第3回復興構想会議のヒアリングにおいて、おのおのが『震災復興基本法の早期制定を求める』(経団連)、『東日本大震災からの復興についての考え方』(同友会)などを示して、財界の意向を大々的にアピールした。
前者は「政治の強いリーダーシップによる国をあげた迅速かつ一体的・総合的な取り組み強化は喫緊の課題であり、被災地域の早期復興と新しい日本の創造に向けた「基本法」を制定し、強力な指揮命令権を持つ司令塔を確立する」というもの。後者は「復興は震災前の状況に復旧させることではない。国際競争力ある国内外に誇れる広域経済圏の創生をめざす」、「復興に際しては、従来の各県単位での地方振興策とは全く異なる発想が求められる。すなわち道州制の先行モデルをめざし、東北という地域が主体となって、地域としての全体最適を図る」というものだ。(内閣府ホームページ)
阪神淡路大震災のときの“創造的復興計画”の主たる狙いは、平常時では予算が付きにくい各種公共事業やプロジェクト計画を「震災復興」を名目にして便乗的に実現することにあった。兵庫県や神戸市の復興計画が、当時の大蔵省から“焼け太り計画”だと厳しく批判されたのはそのためである。1990年代半ばにおいては、まだ「ハコモノ型復興計画」が被災地の経済再生に有効だと思われていたからだ。
だが、今回の東日本大震災での“創造的復興構想計画”は、そのときよりもはるかにバージョンアップされている。日本経済のグローバル化にともなって国内経済や地方行財政制度の大リストラ政策が強行される中で、経団連が「究極の構造改革」と位置づける道州制の導入を、この際東北地方で一気に実現したいという要求が財界のなかで急速に強まっているからだ。村井知事が野村総研に委託して、「単に元に戻すのではなく、震災の前より発展した姿を目指す」、「単なる復旧にとどまらず抜本的な再構築を図る」との方針にもとづき、宮城県の将来像を示す“グランドデザイン”を「震災復興計画」として策定しようとするのはそのためだ。
さる5月2日、計画策定のため発足した宮城県震災復興会議では、「被災者住宅全戸への太陽光パネルの設置」「首都機能の東北地方への一部移転」「全国に先駆けた道州制の導入」「農業・水産業の集団化」「福祉都市構想」「自然エネルギーの拠点づくり」などの抜本的方策が提案され、実現のための制度・手法として「復興特区の設定」「土地私有権の制限」など、「超法規的」ともいえる手法が提起された。(河北新報、5月3日)
また村井知事は、国の復興構想会議においても毎回資料を提出し、第2回会議では「国への提言」として、(1)恒久的で全国民、全地域が対象となる災害対策のための間接税である「災害対策税(目的税)」の創設、(2)津波危険地域の公有地化・共有地化、(3)広域的・一体的な復興を進めるための「大震災復興広域機構」の設立、(4)思い切った規制緩和、予算や税制面の優遇措置を盛り込んだ「東日本復興特区」の創設などを提起した。また第4回会議では、沿岸漁業への民間企業の参入を促す「水産業復興特区」の創設、水産業の早期復興のためにインフラ整備や経営コストを国費で援助する「水産業の国営化」、第5回会議では首都機能の一部移転、分散化を盛り込んだ「東北への危機管理代替機能整備」を各々緊急提言している。(内閣官房ホームページ)
これら国の復興構想会議に対しては、村井知事は5月16日の定例記者会見で、「出されたものは政府が全てのみ込んでくれると信じている」と述べ、提言した全部の復興アイデアを実現するよう菅直人首相に求めた。知事は「首相が設けた会議と部会だ。優先順位が一番高いと思うから毎週参加している。全てのみ込む結果にならなければ、徒労に終わってしまう。(実現が)中途半端になることはあってはならない」と語った。委員間で意見が割れる増税論には「両論併記のような提言にすべきではない」と指摘。「多額の復興財源が必要なのは間違いない。決められた期限まで多数決を取ってでも考えを取りまとめてほしい」と強調した。(河北新報、5月17日)
私は、このような村井知事の“有事リーダー”的言動に強い危惧を覚える。なぜなら大震災や戦乱といった非常事態を背景に専制政治を敷き、「秩序回復」と「復興」を名目に国政や地方政治をファッショ的に支配してきた事例は、洋の東西を問わず存在するからだ。東日本大震災に関連して言えば、このことは震災復興構想会議という「参謀本部」のもとで、震災復興計画という「作戦計画」を練り、復興特区という「作戦区域」を設定して、「単純に復元するだけでなく「元に戻さない」計画」を実行することを意味する。憲法や実定法で規定された国民の私有財産権や漁業権等を超法規的に制限し、財界や財界系シンクタンクの構想する「地球規模で考え、日本の発展も視野に入れた計画」を作るとうことだ。
村井知事が五百旗頭議長と連携して、その先頭に立っているなどとは思いたくないが、村井知事が指揮する宮城県震災復興計画には“有事計画”のキナ臭さがつきまとっているような気がしてならない。
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