東電の社外取締役の兼任の撤回を~數土・NHK経営委員長に申し入れ~

著者: 醍醐聡 だいごさとし : 東京大学名誉教授
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先週末、政府はNHK経営委員会の委員長・數土文夫氏を東京電力の社外取締役に起用する方針を固めたというニュースが流れ、唖然とした。私も共同代表を務める「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の運営委員はすぐに、この件について協議をし、數土氏宛てに兼任受諾の撤回を求める申し入れをすることになった。また、直接の当事者でないとはいえ、NHK経営委員会、監査委員会も静観して済む問題ではないと考え、昨日(2012年5月14日)、両委員会の各委員宛てにも質問を提出した。
 社外取締役は業務執行役員とは違って、東電の業務に関わるわけではなく、取締役の業務執行を監視・監督するのが職責だから、とりたてて問題にすることではないという議論も予想される。そうした異論も見越して、私たちは次の2点から、數土氏の兼任を批判し、撤回を求めることにした。詳しくは、以下、掲載する申し入れ書の全文を参照いただきたい。
 一つは、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の長の職と、目下、福島原発事故の完全収束に向けた取り組み、原発事故被災者に対する損害賠償、原発再稼働問題、原発施設が稼働ゼロとなった状況での電力の安定供給といった、どれひとつをとってみても、一国規模での重要課題を抱えた東京電力の社外取締役の職は、職務の質と量のどちらから見ても、両立は不可能なこと。
 もう一つは、NHKの経営委員会の長の職と東電の社外取締役の職を兼任することは相互に相反関係を生むこと。そして、ここでいう相反関係には2つの面があること。①東電は目下、NHKの最重要の取材・報道対象である。取材する側のNHKを監督する機関の長を務める人物が取材される側の経営に参画することは、メディアの非当事者原則に反する。②東電は政府の支配下に置かれる実質国有化企業になる。NHKを監督する機関の長を務める人物がそうした企業の経営に関与することは、政府との距離を保ち、自主自立の放送を行うことを使命とするNHKへの視聴者の信頼を揺るがすことになる。

 その上で、申し入れは最後に、數土氏に対し、
 *NHKの経営委員会の長にとどまって、その職責を全うする意思があるなら、東電の社外取締役に就任する意思を撤回すること、
 *東電の社外取締役に就任して、その職責を担う意思が固いのなら、NHK経営委員長の職を自ら辞すこと、
 を求めた。

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2012年5月14日
NHK経営委員会
委員長 數土文夫 様

    東京電力の社外取締役への貴殿の就任の撤回を求める質問・要望書

             NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                      共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 拝啓 貴殿におかれましては日頃よりNHK経営委員長としての重責を担ってご尽力を下さり、厚くお礼申しあげます。
 新聞報道によれば、政府は5月11日、実質国有化される東京電力の社外取締役の一人として、貴殿を起用する方針を固め、東京電力は本日、2012年3月期決算と併せて、本件人事を発表すると伝えられています。そして、来る6月下旬に開かれる同社の株主総会後の取締役会で貴殿は現在のNHK経営委員長の職にとどまったまま、正式に社外取締役に就任される予定と報道されています。
 しかし、貴殿がNHK経営委員長の職と兼任の形で東京電力の社外取締役に就任されることについて、当会は以下述べる理由から、これを断じて認めるわけにはいきません。
 会社法上、社外取締役の職務は会社の業務の執行ではなく、いわゆる独立役員として業務執行取締役の職務の遂行を監視し監督することにあるとされています。その一方で、社外取締役は引き受け手がなく、著名人の名誉職的な役職と評されたりしています。しかし、だからといって、今回、貴殿が東京電力の社外取締役に就任されることを是認したり、就任に伴う問題点を軽視したりすることは到底できません。

 1.まず指摘すべき重大な問題は、NHK経営委員長の職と東京電力の社外取締役の職は、それぞれの職責の重さ、時間的精神的な負担の面から両立は不可能だということです。公共放送・NHKの最高意思決定機関の長の職責の重さは改めて説明をするまでもありません。他方、社外取締役の職務も取締役であることに変わりはなく、他の取締役と同じように善管注意義務・忠実義務・内部統制構築義務・監督義務等を課され、相応の報酬を受けます。このうち、会社に対する損害賠償責任に関しては株主総会の決議によって軽減が可能とされているとはいえ、報酬の2年分が最低責任限度とされ、それを超える範囲内では他の取締役と責任を共有する立場にあります。
 具体的に言えば、社外取締役の職務は、取締役会への出席にとどまらず、報酬・指名・監査委員会や各種経営会議への出席、経営陣との打ち合わせ、投資家・取引銀行・取引証券会社等に対する会社説明会への出席、監査法人との報告会への出席等、枚挙にいとまがありません(日本取締役協会『社外取締役の導入実態調査 2011年』参照)。これを見ただけでも兼任となれば、兼任先の業務遂行に相当な負担を要することは明らかです。
 しかも、今回の貴殿の兼任先は一民間企業ではなく、福島原発事故の完全収束に向けた取り組み、原発事故被災者に対する損害賠償、原発再稼働問題、原発施設が稼働ゼロとなった状況での電力の安定供給といった一国規模での最重要課題を抱えた東京電力です。このように重大な課題が山積する東京電力のコ-ポレート・ガバナンスを有効に機能させる上で社外取締役に求められる職責の重さを考えた時、NHK経営委員長の職にある貴殿が東京電力の社外取締役を兼務できるものでないことは常識に照らして自明です。それでも貴殿が東京電力の社外取締役を引き受けられるとなれば、「NHK経営委員長の職務とはそれほど楽なのか」と評されても致し方ありません。

 2.しかし、問題は兼務に伴う時間的精神的負担の大きさにとどまりません。NHK経営委員長としての職責と東京電力の社外取締役に求められる職責がそもそも相反するという点が重大です。このことは2つの面から指摘できます。
 一つは、東京電力が、福島原発事故の完全収束に向けた取り組み、原発事故被災者に対する損害賠償、原発再稼働問題、原発施設が稼働ゼロとなった状況での電力の安定供給といった諸問題について、NHKの極めて重大な取材・報道対象だという点です。NHKの業務執行を監督する立場にある経営委員会の長が、そうした取材先の社外取締役に就任し、相応の報酬を得る一方、善管注意義務・忠実義務等を共有するのは、メディアに携わる者の基本というべき非当事者原則に真っ向から反し、経営委員会の職務遂行の公正性に対する視聴者の信頼を根底から覆すことは明らかです。
 もう一つは、東京電力が政府の実質的な支配下に置かれる会社になるという点です。貴殿がそうした会社の社外取締役に就任され、取締役会の議決に加わって、その決議に係る責任を分有する行為は、貴殿が政府の意思決定と密接に関わることを意味します。そうした貴殿が政治からの独立を生命線とするNHKを監督する経営委員長の職にとどまることは結局、NHKあるいはNHK経営委員会の政治からの自立に関する視聴者の信頼を大きく損なうことは、これまた明らかです。貴殿はこの点をどう認識しておられるのでしょうか?
 以上から、当会は貴殿に対して、次のことを質問もしくは申し入れをいたします。

 1.(質問) 上記の理由により、NHK経営委員会の長の職責と東京電力の社外取締役の職責は両立しがたく、両者は相反するという当会の指摘について貴殿はどのように受け止められるか、お答え下さい。
 2.(申し入れ)貴殿がNHK経営委員長の職にとどまる意思を持たれているのであれば、それとの両立を期し難い東京電力の社外取締役への就任を辞退されること。あるいは、既に、就任を受諾されたのであれば、それを撤回されること。
 3.(申し入れ) 貴殿が東京電力の社外取締役への就任を受諾される意思が固いのであれば、それとの両立を期し難いNHK経営委員長ならびに経営委員の職を自ら辞されること。

 ご多用のこととは存じますが、以上3点の質問ないしは申し入れについて、ご回答を2012年5月24日までに下記あてに書面でお送り下さるよう、お願いいたします。
                     
                              敬具

初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0888:120515〕