果たして、中国にジャーナリズムは存在するか。

(2022年11月18日)
 昨日、タイのバンコックで、3年ぶりとなる日中首脳会談が実現した。「両首脳は、今後の日中関係の発展に向けて、首脳間も含めあらゆるレベルで緊密に意思疎通することで一致した」と報道されている。結構なことだ。習近平とも、プーチンとも、金正恩とも、機会があればではなく、機会を作って旺盛な対話を重ねることが大切だ。笑顔で握手できればもっとよい。懸案解決の合意ができなくても、合意の形成に向けて協議を継続すること自体が重要な意味をもつ。外交は、とにもかくにも対話から始まるのだから。

 もちろん、昨日の会談が両国間の懸案を解決するものではない。穏健なNHKニュースも、「尖閣諸島をめぐる問題などの懸案が残る中、今後、関係改善を具体的に進められるかが課題となります」「岸田首相は、中国が日本のEEZ=排他的経済水域を含む日本の近海に弾道ミサイルを発射したことなど日本周辺の軍事的活動に深刻な懸念を伝えるとともに、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調しました。」と報道している。笑顔での対話の舞台に、懸案事項解決の糸口を探らねばならない。

 本日の毎日新聞朝刊トップは、もう少し突っ込んで、「首相は沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海情勢や、中国による弾道ミサイル発射など軍事的な活動に『深刻な懸念』を表明し『台湾海峡の平和と安定の重要性』を強調した」「岸田首相は中国での人権問題や邦人拘束事案などについて日本の立場に基づき、申し入れをした。日本産食品に対する輸入規制の早期撤廃を強く求めた。」などと報じている。日本側が中国との関係で抱える、懸案事項はいくつもあるのだ。

 この会談が中国側では、どう報じられているか。中国事情に詳しい知人が「習近平・岸田文雄日中首脳会談の新華社報道」を送信してくれた。次のような添え書きがある。「今回はマイクロソフトのワードにある翻訳ソフトを利用しました。原文が先で日本語訳は後になっております。以前よりかなり進歩した翻訳結果が出ている気がします。」

 ややたどたどしい日本語だが、新華社の報道の内容はほぼ分かる。驚いたのは、「習氏は」で始まる部分が圧倒的な分量で、「岸田文雄氏は」の部分は、4分の1もなさそうである。その全文(訳文のママ)が次のとおり。

「岸田文雄氏は、昨年 10 月に電話に成功し、新時代の要求に合致した日中関係の構築に合意したと述べた。現在、様々な分野での交流と協力が徐々に回復しています。 日中は隣国として、互いに脅威をもたらさず、平和に共存する必要がある。
日本の発展と繁栄は中国と不可分であり、その逆も同様である。
日本は、中国が自らの発展を通じて世界に積極的に貢献することを歓迎する。 日中協力は大きな可能性を秘めており、両国は地域及び世界の平和と繁栄に重要な責任を負っており、日本側は日中関係の健全かつ安定的な発展を達成するために中国と協力する用意がある。」

 これに、主語不明の次の文章が続いて終わる。

 「台湾問題については、日中共同声明で日本側が行った約束に変化はなかった。 中国との対話とコミュニケーションを強化し、日中関係の正しい方向を共にリードしたいと思います。」

 これでは、日中間の懸案事項はまったく存在しないがごとくではないか。日本側の安全保障や人権問題、とりわけ台湾海峡や尖閣の問題についての切迫した問題意識は中国国民に伝わるはずもない。

 一昔前のことだが、シンガポールの新聞記者で、日本語が上手な陸培春(ルー・ペイ・チュン)さんからアジア各紙のジャーナリズム事情について話を伺ったことがある。韓国・台湾・香港・タイ・インドネシアなどの話を聞いた後、「中国のジャーナリズムはどうなんでしょうか?」と聞いた。彼は怪訝そうな顔をして、「中国にジャーナリズムは存在しません」との記憶に残る一言。フーム。なるほど。

 新華社の記事は党が、国民に知らせたいことだけを伝えているのだ。情報の統制によるマインドコントロールではないか。

 念のために、習近平発言報道部分も、掲載しておく。これが中国流のメディアのあり方なのだ。

 「習近平国家主席は現地時間 11 月 17 日午後、タイのバンコクで日本の岸田文雄首相と会談した。
習氏は、今年、中国と日本は国交正常化 50 周年を記念すると述べた。
過去 50 年間、双方は 4 つの政治文書と一連の重要な合意に達し、様々な分野での交流と協力が実りある成果を挙げ、両国の国民に重要な幸福をもたらし、地域の平和、発展、繁栄を促進した。 中国と日本は隣国であり、アジアと世界の重要な国であり、共通の利益と協力のための多くのスペースを持っています。 日中関係の重要性は変わらない。
中国は、戦略的観点から二国間関係の方向性を把握し、新時代の要求に合致した日中関係を構築するために、日本側と協力する用意がある。
習氏は、双方が誠実に接し、信頼を交わし、中国と日本の 4 つの政治文書の原則を堅持し、歴史的経験を総括し、互いの発展を客観的かつ合理的に捉え、「パートナーとして、互いに脅威を与えない」という政治的コンセンサスを政策に反映すべきであると強調した。歴史、台湾、その他の主要な原則の問題は、二国間関係の政治的基盤と基本的な信義に関係しており、その約束を堅持し、適切に対処しなければならない。
中国は他国の内政に干渉せず、いかなる口実で中国の内政に干渉も受け入れない。

習氏は、中国と日本の社会システムや国情は異なっており、双方は互いに尊重し、疑念を払拭すべきであると強調した。
海洋・領土紛争については、合意された原則的な合意を堅持し、政治的知恵を示し、相違を適切に管理するための責任を担うべきである。双方は、地理的近接性、人的交流、政府、政党、議会、地方、その他のチャネル間の交流と交流、特に長期的な視点で青少年交流を積極的に行い、相互の客観的かつ前向きな認識を醸成し、人々の心と心の共通性を促進するべきである。
習氏は、両国の経済相互依存は高く、デジタル経済、グリーン開発、金融・金融、医療、年金、産業チェーンの安定的かつ円滑な運営の維持など、対話と協力を強化し、相互利益とウィンウィンの状況を実現する必要があると指摘した。
両国は、それぞれの長期的な利益と地域共通の利益に焦点を当て、戦略的自律性、良好な隣人関係、紛争との対立に抵抗し、真の多国間主義を実践し、地域統合プロセスを促進し、アジアを発展させ、構築し、地球規模の課題に共同で取り組むべきである。」

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.11.18より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20311

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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