核をもてあそぶ者の言い分と思惑

著者: 澤藤統一郎 さわふじとういちろう : 弁護士
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今宵は、クリスマスイブ。キリスト教世界だけではなく、全人類が平和というプレゼントを待ち望んでいる。しかし、いま世界は憎悪と諍いに満ちている。「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という詩人の直感のとおり、この世に平和がない限り、人々の幸福の実現はない。その平和は、いま急速に遠のいている印象が強い。とりわけ、核という絶対悪が、存在感を増している。各国為政者それぞれの愚かな言い分が、もしかしたら世界を破滅に追いやるかも知れないのだ。

☆まずは、愚かなトランプ(次期米大統領)の言い分はこんなところだ。

 「世界は、あるべき核に関する良識を持ち合わせていない。核に関する良識が世界に浸透するいつの日か先の先まで、米国は核能力を大いに強化・拡大しなければならない。

 世界の現状を冷静に見つめれば、核が不要な時代は遠い先のことだ。前任のオバマは、就任早々プラハ演説で『核なき世界』を掲げたが愚かなことだ。さらに任期切れ間近になって、被爆地・広島を訪問して核軍縮を訴えたが、そんなことが平和にも米国の安全にもつがりはしない。私は同じ愚を繰り返すことはしない。

 何よりも優先すべきは米国の安全だ。そのためには、核能力の強化・拡大が不可欠なことは分かりきったこと。民主党政権が安閑としている内に、ロシアに比較して米国の核開発計画は後れをとっているではないか。これはよいことではない。米政府はこうしたことを許すべきではない。核軍拡でロシアに後れをとってはならない。

 ロシアは、米国のミサイル防衛(MD)システムによって迎撃されない核ミサイルの開発・配備を進める考えを強調しているではないか。それなら、米国は、ミサイル防衛(MD)システムをより高度なものとし、ロシアのミサイル防衛システムによって迎撃されない核ミサイルの開発・配備を進めなければならない。

 そのような発想は、止めどのない核軍拡の競争を招くという批判もあるが、軍拡競争になってもいいじゃないか。米国は、どんな国にも核能力強化競争で負けることはない。どんな局面でも必ず優位に立って見せる。以上が、一昨日(12月22日)のツィッターと昨日(23日)MSNBCニュース番組で私が語ったことのあらましだ。

 もっとも、大きな声では言えないが、核軍拡の理由は実はそれだけじゃない。核開発も、核兵器運搬手段の製造も、米国の巨大重要産業だ。核軍縮は景気の後退と失業の増大をもたらす。仮想敵国との緊張はなくてはならないし、テロの脅威が持続することも大切だ。私が大統領でいる限り、国内経済を活性化するために、核軍拡はどうしても必要な政策なのだ。」

☆あの油断ならぬプーチンの言い分はこんなところだ。

 「ロシアは飽くまでも平和を願う立場だ。世界最強の米軍と争う考えはない。だから、自国の資産を費やす軍拡に引き込まれるような愚かなことはしない。アメリカの次期政権と友好的な関係を築くことも大歓迎だ。

しかし、現実の米ロ関係は甘いものではない。アメリカとの軍拡競争は、何もいま始まったことではなく、MD整備のために米国がABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約から離脱した2002年からのことで、全面的にアメリカに責任がある。

そのような現実を踏まえれば、自国の防衛のためには安閑としてはおられない。一昨日(12月22日)、「戦略核の3本柱の強化」を命じたところだ。3本柱とは、ロシアの核戦力を新しいレベルに引き上げる必要性に応えるための、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、戦略爆撃機、核搭載原子力潜水艦による核攻撃手段のことだ。米国が配備を進めているミサイル防衛(MD)システムに対抗するための措置であり、このわれわれのシステムは、米国主導のMDよりはるかに効果的なのだ。

アメリカがMDを整備すれば、ロシアはこれを破る核攻撃力を構築する。アメリカのMDが進歩すれば、こちらもかならずさらに進歩して打ち負かす。アメリカは核能力の開発競争ではどこにも負けないと言っているか、ロシアも負けてはおられないのだ。だから、核軍拡競争の泥沼に陥りたくはないが、どうなるかはアメリカ次第だ。」

☆冷戦の負の遺産として、米ロ両国は今も多数(米9000余、ロ13000)の核弾頭保有を公言している。外務省のホームページには、2001年12月現在のSTART Iに基づく義務履行完了時点で、米国の戦略核弾頭保有数は5949発、ロシアは5518発であるという。そこから、核軍縮の進展が止まっている。

両国ともに、自国の安全のために、相手国に対抗せざるを得ないという「理屈」を振りかざしている。両国ともに、相手国を上回る「戦略核兵器の戦闘能力増強」なければ、自国の防衛は危ういという。これでは、永久核軍拡路線のスパイラルを抜け出すことができない。まさしく、核のボタンを握る大国の為政者が、正気を失っている事態だ。

米ロ両国に限らない。5大国(米・ロ・英・仏・中)が同じ理屈だ。イスラエルも、北朝鮮も、インド・パキスタンも同様だ。それぞれの国の為政者が、「邪悪な敵からの自国の安全を守る」として、核をもてあそんでいる。しかも、唐突な核をめぐる米ロ両大国首脳の危険な発言。

さて、クリスマスイブである。神を信じる者は、核なき世界の実現を祈るがよい。神を信じぬ者は、反核の世形成を決意するしかない。
(2016年12月24日)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.12.24より許可を得て転載

http://article9.jp/wordpress/?p=7876

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/

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