8月6日は、米軍機が広島市に原爆を投下してから72年。この日を中心に、今年も広島では原爆の犠牲となった人々を悼む慰霊の行事や、核廃絶を求める集会が繰り広げられた。酷暑の炎天下、全国から多くの人々がこれらの行事や集会に集まったが、核兵器を全面的に禁止する核兵器禁止条約が国連で採択された直後とあって、行事や集会では、この条約をめぐる議論が熱を帯び、条約採択を歓迎する一方、条約の交渉会議に参加しなかった日本政府を批判する声が相次いだ。
昨年の「8・6広島」は、オバマ米大統領の広島訪問直後とあって、各種の行事、集会での焦点は「オバマ大統領の広島訪問をどうみるか」一色だった。今年は、一転して核兵器禁止条約をめぐる論議が盛んだった。広島は、その時々の国際情勢に敏感に反応し、議論を通じてつむぎ出した「広島の訴え」を世界に発信してきたわけである。
核兵器禁止条約は、7月7日、ニューヨークで開かれた国連の会議で122カ国(国連加盟国の6割)の賛成により採択された。その内容は「条約締結国は、いかなる場合も、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵のほか、核兵器やその管理の移譲、核兵器の使用、使用するとの威嚇、核兵器を自国内に配置、設置、配備することを行わない」とするもので、核兵器を全面的かつ厳密に禁止する画期的、歴史的な条約とされている。今年9月20日から国連加盟国による署名が始まり、署名国が50を超すと発行する。
条約交渉会議を主導したのは非核保有国や非同盟諸国で、米、露、中、英、仏のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮などの核保有国と、米国の「核の傘」に自国の安全保障を委ねる日本やNATO(北大西洋条約機構)加盟国は交渉会議に参加しなかった。
6日に平和記念公園で開かれた広島市主催の平和記念式典。紺碧の空から強烈な夏の日差しが照りつける中、被爆者、国連と80カ国の代表、各都道府県別の遺族代表、一般市民ら約5万人(広島市発表)が参列した。参列者数は前年と同じだが、参列者は今年も式典会場からあふれ、平和公園を埋め尽くした。親子連れ、小・中・高校生の参加が目立ち、ヒロシマが若い世代に受け継がれつつあることを強く印象づけた。
松井一実・広島市長は「平和宣言」の中で核兵器禁止条約に言及し、「国連では、核保有国や核の傘にある国々をのぞく122か国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は『核兵器のない世界』に向けた取組を更に前進させなければなりません」と訴え、さらに、「特に、日本政府には、『日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う』と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と求めた。
日本原水爆禁止協議会(原水協)の原水爆禁止2017年世界大会・国際会議は8月5日、国際会議宣言を採択したが、そこでは、核兵器禁止条約を「被爆者と世界の人々が長年にわたり熱望してきた核兵器廃絶につながる画期的なものである」と高く評価しつつ、「被爆国である日本政府が、核兵器禁止条約への参加を拒んでいることに、被爆者をはじめ失望と憤りが広がっている。我々は日本政府が、アメリカの『核の傘』から脱却し、すみやかに条約に調印することを訴える」と書き込んだ。
4日開かれた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の「被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会」開会総会で、あいさつに立った川野浩一議長は、冒頭で核兵器禁止条約問題に触れ、「あろうことか、唯一の戦争被爆国である日本が、米国の要請で条約交渉会議に参加しなかった。安倍首相は、いったいどこの国の首相なのか。日本政府がとった行為を見て、70年余にわたる我々の核廃絶の訴えは何だったのかと悲しくなった。今こそ、日本国民は怒りをもって米国の『核の傘』から脱却しよう」と述べた。
核問題に詳しい秋葉忠利・元広島市長は「被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会」の分科会で講演したが、その中で「これまで核兵器の使用は、道徳(モラル)の面から論議されることが多かったが、核兵器禁止条約が国連で採択されたことにより、これからは、核兵器の使用は国際人道法の原則に反する法律違反行為とみなされることになる。核兵器禁止条約の意義はここにあり、核保有国と『核の傘』依存国を追い詰める有効な手段になりうる」「核兵器廃絶はいまや射程距離に入った。ここまで来れたのは世論の力だ」と話し、「日本がこの条約に参加するには政府が署名し、国会が批准することが必要だ。だから、これからは国会議員が問題のカギをにぎる。国会議員に条約の批准を働きかけよう」と訴えた。
同じ分科会で講演した湯浅一郎・ピースデポ副代表は、核兵器禁止条約締結後の核兵器廃絶運動の具体的課題、とりわけ米国の「核の傘」から脱却するための運動課題として「東北アジア非核地帯化」を挙げた。日本、韓国、北朝鮮、それに米国、中国、ロシアを加えた「東北アジア非核地帯構想」は決して夢のような話ではなく、実現可能だと力説した。
6日に開かれた、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会など共催の「8・6ヒロシマ国際対話集会――反核の夕べ2017」では、核兵器禁止条約交渉会議に参加した川崎哲・ピースボート共同代表が条約をめぐる経過と条約の概要を報告し、「条約は、核は悪であると明確に規定している。これは、条約に背を向けた核保有国に政治的・経済的圧力となるだろう。なぜなら、核兵器開発が国際人道法に違反するということになると、銀行はそれに金を貸すだろうかと思うからだ」と述べた。
5日に市民グループが開いた「8・6ヒロシマ平和のつどい 2017」は「市民による平和宣言」を採択した。その中で「私たちは安倍首相の退陣を強く要求します」としているが、その理由の一つに集団的自衛権容認の閣議決定、強権的な沖縄米軍辺野古新基地建設、第5空母航空団の厚木から岩国への移転、がむしゃらの原発再稼働、「共謀罪法」の制定などとともに「核兵器禁止条約への敵対」を挙げている。
そのほか、私が会った広島市民の中には、「日本は被爆国なのに、日本政府は国際社会の流れに背を向けて、核兵器禁止条約に参加しない。被爆国の国民として世界の人々に対しなんとも恥ずかしい。そうした政府を支持している日本国民が少なくないことを思うとやりきれない」と語る人もいた。
こうした動き対して安倍首相はどう対応したか。
首相は広島市主催の平和記念式典であいさつしたが、その中では「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です」と述べるにとどまり、核兵器禁止条約には言及しなかった。そして、式典後の記者会見で「核兵器禁止条約は、核兵器国と非核兵器国の立場の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける。わが国のアプローチと異なる」として、「条約に署名、批准はしない」と明言した。
日本の核兵器廃絶運動は、果たして日本政府の核政策を変えることができるだろうか。そう思いながら、広島を後にした。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4155:170809〕