核廃絶に立ち向かう若者たち Know Nukes Tokyoが語る核の現在

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、この2月で1年になる。侵攻開始から間もなく、プーチン大統領とロシアの軍事指導者は「ロシアは核大国である」と核の脅しを振りかざすようになった。
 自宅で見ていたテレビのニュースで知った中村涼香さん(22)はショックだった。「人生で初めて核兵器の脅威を直接感じました」。上智大学4年で、核廃絶をめざす若者グループKnow Nukes Tokyo(以下、ノーニュークス)の共同代表を務めている。
 核兵器は現に存在し、無くさなければいけないと活動してきた。でも、実際に核が用いられるとしたら、それは誤爆かせいぜい誤って使われるぐらい、と受け止めてきた。その核兵器の脅威を、戦争の手段として振りかざす権力者が現れたのだ。
 「広島や長崎で起きたことが、また起き得るんだと初めて鮮明になりました」。78年前の原爆ではなく、核兵器の今について真剣に考えざるを得ない事態に遭遇している。

 被爆女児のガンは男児の2倍
 私はノーニュークスのことを年始めに横浜での市民集会で知った。若い世代が核廃絶に取り組み、ウィーンの国際会議に出席して……。何が彼らを突き動かしているのだろう。取材を申し込んだ。
 メンバーは現在10人。中村さんのように東京の大学の学生が多いものの、北海道の高校3年生もいる。女性が8人、男性2人だ。
 活動に参加する背景には、中村さんの場合、長崎で育った高校までの平和教育がある。長崎に原爆が投下された8月9日は全校生徒が登校して黙祷を捧げる。母方の祖母が被爆したこともあり、「核兵器を無くさなくっちゃ」と小学生の頃から思っていた。
 大学に入学して上京すると、核問題を取材しているジャーナリストが広島出身の高橋悠太さん(22)と引き合わせてくれた。二人は2年後の2021年5月にノーニュークスを結成し、共同代表に就く。メンバーのうち5人は、2022年6月にウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議にNGOとして出席した。

 21年1月に発効したこの条約は、核兵器の製造・使用はもちろん、威嚇も禁止する。これまでに92カ国が署名し、うち68カ国が批准の手続きを終えた。一方、米ロ中といった核兵器保有国と、米国の核の傘に頼る日本やNATO加盟国は参加していない。ただしドイツやオーストラリアなどはこの会議にオブザーバーとして参加した。
 日本はオブザーバー参加さえ拒む。「核兵器の使用をほのめかす相手に対しては通常兵器だけでは抑止を効かせることは困難であるため、日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力を維持することが必要」(外務省ホームページ)との立場で、「核兵器禁止条約では、安全保障の観点が踏まえられていません」との見解だ。
 ウィーンでは締約国会議に先立ち、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)主催の市民社会フォーラムと地元オーストリア政府主催の核兵器の非人道性会議が立て続けに開かれた。
 連続6日にわたる三つの会合に、ノーニュークスの徳田悠希さん(21)=上智大学3年=は他の4メンバーと共に出席した。
 徳田さんは強く感じた。世界の若者は、広島・長崎で起きたことを学ぶと共に、自分たちにとって現在の核の脅威を語り訴えようとしている、と。

 振り返って、日本ではどうか。「広島と長崎の事例を深く知らないと核廃絶を語りにくい空気感がある。これでは若い世代に運動は広がらない」。徳田さんはそう感じて帰国する。
 誤解を避けるために言い添えると、東京育ちの徳田さんが今の活動に乗り出すきっかけは、中学の修学旅行で初めて広島に行ったことだ。2回目に話を聴いた被爆者は「僕がもう1回被爆するよりも、あなたが被爆する可能性の方が高いよ」と最後に触れた。彼が伝えたかったのは、これなんだな、と徳田さんの心に響いた。
 徳田さんは核をジェンダーの視点から捉えたいと考えている。ウィーンでの核兵器の非人道性会議で発表した米国の生物学者メアリー・オルソンさんに注目している。彼女は2016年の国連軍縮部の文書に論文を載せている。

 端的に要約する。広島と長崎の被爆者の医学データの分析から、誕生~5歳に被爆した女児がその後にガンを患う危険性は、誕生~5歳の男児の2倍高い。被爆した成人についても、女性の発ガン性は男性の50%高い--とする内容だ。被爆者の男女や被爆時の年齢でその後の発症に大きな違いがあることを明らかにしている。
 被爆で少女と女性がより著しい身体的影響を受けることは、核兵器禁止条約の前文にも謳われている。だが、核兵器や軍縮を交渉する場には男性ばかり多い。その一方、徳田さんはウィーンの3会合に出席して「声が届きにくい人(女性や若者)たちの声に耳を傾けようという姿勢に希望を抱きました」と振り返る。

 4月に東京でフォーラム開催
 ノーニュークスは今年4月30日に東京で200人規模のフォーラム(集会)をオンライン併用で計画している。核兵器が使用されれば何が起きるのかを、被爆地の広島や長崎ではない地(東京)で共に考える機会にしたい。徳田さんはフォーラムで「ジェンダーと核兵器」のセッションを担当する。そして、こう言う。
 「広島・長崎で起きたことを大事にしながら、核の今を語っていきたい。メアリー・オルソンさんが明らかにした核の身体的影響を基盤にしつつ、核兵器をジェンダーの視点から捉えていきたい」
 任意のグループとして活動しているノーニュークスは一般社団法人格を取るための手続きを進めている。その狙いを、もう一人の共同代表である高橋悠太さん=慶應義塾大学4年=はこう語る。
 「活動をすぐにはやめられなくすることです。長く続けてこそ、社会的な信用が増す」
 これは一連の取材で私の気になっていたことだ。学生グループとして先駆的な活動だが、卒業後はどうするのか、と。

 高橋さんは「卒業後、いわゆる就職は考えていません」ときっぱりと語る。ノーニュークスの資料には「私たちは反核運動を自らの生業とする……」と謳ってある。活動を通して暮らしを立てていくという、いわば独立宣言だ。
 一般社団法人はNPOよりも柔軟に収益を生み出しやすい。例えば、ノーニュークスが既に実施している小中高校での平和学習の収益化だ。被爆地への修学旅行の前後にメンバーが学校を訪ね、今の世界の核問題を広島・長崎の被爆と合わせて語り伝える。
 新たな法人の理事には、この取材で取り上げた中村・高橋・徳田の3人が手を上げている。
 ノーニュークスのホームページは次の通り。https://www.know-nukes-tokyo.com/
            (メールマガジン「歩く見る聞く86」1月27日に加筆)

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