▼筆者紹介:「リベラル21」への久しぶりの寄稿なので筆者紹介をします。大阪国際大学名誉教授、元共同通信ワシントン支局長。本稿に関連する著書には「核と反核の70年」(2015年、リベルタ出版)、「世界を不幸にする原爆カード」(2007年、明石書店)があります。
国連総会第一委員会(軍縮)で核兵器禁止条約に向けた交渉を開始する決議が米国が率いる核保有国および「米国の核の傘」の下に置かれている日本、ドイツ、韓国などの反対を押し切り、圧倒的多数で採択された。今年中の総会本会議で決議されて2017年3月にも同交渉が始まる見通しという。国際社会で「核兵器使用がもたらす非人道的な結末」を引き起こしてはならないという合意が形成されつつある。核兵器の禁止から廃絶へと進むための重要な一歩になるだろう。
説得力失った抑止論
米国は決議案に(棄権ではなく)反対するよう圧力をかける書簡を北大西洋条約機構(NATO)諸国や同盟国に配布するまでして決議案潰しに躍起になったが効なく終わった。この書簡は核兵器禁止が核抑止力による安全保障体制を動揺させ、「核の傘」にも影響が及ぶと同盟諸国の危機感をあおり、対立を深めるだけで保有国の協力なしに核禁止・廃絶は進まないと非保有国側の切り崩しを図ったりしていた。
こうした「核抑止論」の論理が国連においてはほとんど説得力を失っていることが浮き彫りにされた。米国をはじめとする英、仏、ロシア、中国の5大核保有国は国際世論に包囲され、孤立の影を深めている。
「引退症候群」
冷戦終結は核削減・廃絶へのチャンスだった。米国では核戦略の中枢部でその推進を担ってきた政府、軍の有力な高官の中から引退と同時に反核に転じる人が次々に現れた。互いに「使ってはならない兵器」であることを知りながら「使う」と威嚇し合うことで「使わない」で済むだろう-これが核抑止戦略。しかし双方とも相手の国家体制を認めないイデオロギーに凝り固まっているから、パラノイアが昂じて「使ってしまう」こともあり得る。それ以上に誤算、誤解、誤作動、誤操作などによる偶発戦争はいつ起こるかわからない。この虚構でありながら人類破滅の現実的危険に満ちた「核戦争ゲーム」を知り尽くしている元高官たちは黙っていられなくなったのだ。
しかし冷戦終結は「冷戦後冷戦」につながっていった。ブッシュ(息子)政権が登場、冷戦時代に「核相互抑止」体制の安定剤になってきた弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM)を廃棄してミサイル防衛システム(MD)構築を開始、包括的核実験禁止条約(CTBT)支持を撤回、さらに核兵器の役割を抑止から予防・先制攻撃に重点を移し、反米的な「ならず者」国家やテロ組織の生物・化学兵器による攻撃に対しても核報復を加える「ブッシュ・ドクトリン」を打ち出す。これが第二次の「引退症候群」を引き起こす結果を招いた。
核廃絶の「大義」
究極の核廃絶へ向けて核抑止戦略の転換を掲げる元高官グループのリーダーはシュルツ(元国務長官)、ペリー(同国防長官)、キッシンジャー(同統領補佐官・国務長官)、ナン(同上院軍事委員長)という大物4人組だった。しかもこの大物たちは発言するだけでなく、国際的な核廃絶運動に直接加わった。そこに参加した多くの著名人をもう1人だけ挙げると、統合参謀本部議長・国務長官を務めたC.パウエルがいる。オバマ大統領の「核廃絶宣言」は個人プレーではなく、新たな反核運動が後押ししていたのだ。
プラハ演説に始まり広島演説で任期を締めくくった「オバマの核廃絶」を貫いているのは道義観に満ちた人道主義である。国連総会第一委員会およびNPT(核拡散防止条約)再検討会議を率いる非核保有国有志連合は、保有国の核抑止論の土俵で戦略転換をいくら求めても進展はないという経験を経て、核兵器の非人道性を際立たせて核兵器の禁止・廃絶を迫るという方向に転じた。オバマ効果と言えるのかもしれない。これが核廃絶運動の新たな潮流を形成した。
米政府が核戦略を推進するうえで一番気がかりだったのは国際的な市民の反核・平和運動だったことは、多くの資料が語っている。その市民運動に米政権の核戦略を誰よりもよく知る元高官が合流し、さらに国連の圧倒的多数を占める非核保有国の政府も加わった。核廃絶は国際的な「大義」になった。
こうした核廃絶運動の広がりは日本のメディアを通しては、ほとんど知ることができなかった。しかし米国でも積極的に報道されてこなかったように見える。核抑止戦略を守り抜こうとする「体制」は非現実的とことさらに軽視したし、核抑止依存の世界に慣らされたメディアも現実感をもってとらえられなかったと思う。日本メディアの一部はやっと気が付いたのだろう。「反核の波 焦る保有国-国際的汚名を懸念」(毎日)「核禁止条約交渉 米に焦り」(朝日)「核禁止へ歴史的一歩」(同)といった見出しの記事があった。
「軍産議複合体」
オバマは任期の最後に、核戦略の柱で核戦争の危険に直結している核先制攻撃の放棄と戦略核常時警戒態勢の解除に踏み切ろうとした。実現すれば米核戦略の抜本的な転換につながる。それだけに「軍産議複合体」が強く反対、葬り去られたと報じられている。核威嚇戦略を最初に振りかざしたのがアイゼンハワー大統領の大量報復戦略だった。アイゼンハワーは辞任演説で、軍と軍需産業が結びついた軍産複合体が不当な影響力を行使して自由と民主主義を危機に陥れることを許してはならないと警告したことでも知られている
アイゼンハワーは自分で演説草稿を繰り返し推敲し、最後に議会に気兼ねして「議会」を削除した。軍産複合体は実態通りに軍産議会複合体と呼ぶべきと考えている。
軍産議会複合体の巨大な力は、1人の大統領の2期8年の挑戦で揺るがすことは難しいという現実がある。ロシアや英仏、多分中国にも同じ事情があるだろう。彼らは核の抑止がなくなれば戦争が繰り返される時代に逆戻りするという。核兵器に依存する抑止戦略のもとに生きてきた彼らには「核なき世界」の安全保障がどんなものか想像もできないのも事実かもしれない。
彼らを包み込んで核禁止から廃絶へと進むためには「核なき世界における安全保障」へ移行する準備が必要だ。核抑止論の範囲で必要最小限まで核兵器削減を進めることもその一つになる。2010年の新戦略核削減条約が設定している保有戦略核の上限1550だが、オバマ大統領は1000までの削減をロシアに呼びかけている。オバマ政権で米軍ナンバー2、統合参謀本部副議長を務めたカートライトらは米ロの核は500まで減らせると主張、軍事専門家間では300論もある。米ロ間の核削減交渉が再開され進展することが望まれる。
こうした条件つくりを受けて、核兵器禁止条約交渉は核廃絶後の安全保障を描く責任も担うことになると思う。 (以上)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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