(2023年3月25日・連日更新満10年まであと6日)
昨年の2月24日以後、ウクライナでの戦争が頭を離れない。大規模な殺戮と破壊が繰り返されていることに、怒りと苛立ちが治まらない。1日も早い平和の回復を祈るしかないが、その和平が難しい。人が平和に暮らすことが、どうしてこんなにも困難なのだろうか。
とりわけ、侵略軍であるロシアがウクライナの民間人に危害を加える報に感情が昂ぶる。ウクライナ東部バフムートの戦況について、優勢なロシア軍の攻撃が激しいと言われてきたが、ここ数日、ロシア軍が勢いを失いつつあるとのニュースに、すこしホッとし、しかしなお戦闘はおさまらず、両軍に死者が絶えないことにむねがふたぐ。
そんな折、ロシア前大統領から、「クリミア攻撃なら『核兵器使用の根拠に』」という発言が飛び出した。またまた、落ち込まざるをえない。いや、激怒せざるをえない。
メドベージェフ前大統領は、現在ロシア国家安全保障会議副議長なのだという。その彼が、24日ロシアの記者らとのインタビュー動画をSNSに投稿して、ロシアが実効支配するウクライナ南部クリミア半島の奪還を目指してウクライナ軍が攻撃した場合の対応策として、こう語ったという。
「(ウクライナ軍のクリミア攻撃が)核抑止のドクトリンで規定されたものを含むすべての防衛手段を使用する根拠になるのは明白だ」「国家の一部を切り離す試みは、国家の存在自体への侵害だ」「そのことを、大洋の向こうの『友人』(アメリカ)が理解してくれることを願う」
ウクライナがクリミアを攻撃するなら、核兵器を使用して反撃するぞ、という威嚇である。ロシアは、2014年にはウクライナからクリミアを奪った。そして、2022年には首都キーウに侵攻を開始した。しかし、1年余を経て新たな侵略に失敗し、却ってウクライナにクリミア半島の奪還を許す恐れなしとしない状況とみるや、露骨に核兵器の使用を広言して威嚇しているのだ。
ベドメージェフが言う「核抑止のドクトリン」とは、プーチンが署名した「核抑止の国家政策の基本」(2020年6月2日、大統領令355号)なる文書。通常兵器で攻撃を受けた場合でも、国の存在が脅かされるならロシアは核兵器で反撃できる、と明記されている。
この大統領令は、《I. 総則、II. 核抑止の本質、III. ロシア連邦が核兵器の使用に踏み切る条件、IV. 核抑止における連邦政府機関の機能及び任務》の4章、20か条から成る。
その基本思想は、「2. 仮想敵がロシア連邦及び(又は)その同盟国に対する侵略を確実に思いとどまるようにすることは国家の最優先課題の一つである。侵略の抑止は、核兵器を含めたロシア連邦の全軍事力の総体によって確保される」「9. 核抑止とは、ロシア連邦及び(又は)その同盟国を侵略すれば報復が不可避であることを仮想敵に確実に理解させるようとするものである」「10. 核抑止を担保するのは、核兵器の使用による耐え難い打撃をいかなる条件下でも確実に仮想敵に与え得るロシア連邦軍の戦力及び手段の戦闘準備並びにこの種の兵器を使用することについてのロシア連邦の準備及び決意である」というものである。ロシアとは、その安全保障の基本を核抑止におく、核依存軍事国家なのだ。
そして、『III. ロシア連邦が核兵器の使用に踏み切る条件』を、次のように定める。「17. ロシア連邦は、自国及び(又は)その同盟国に対する核兵器及びその他の大量破壊兵器が使用された場合並びに通常兵器を用いたロシア連邦への侵略によって国家の存立が危機に瀕した場合において核兵器を使用する権利を留保する」
読み易いように抜き書きすれば、「ロシア連邦は、通常兵器を用いたロシア連邦への侵略によって国家の存立が危機に瀕した場合において核兵器を使用する権利を留保する」というのだ。
メドベージェフは、ウクライナのクリミヤ攻撃を「通常兵器を用いたロシア連邦への侵略」とし、しかも「国家の存立が危機に瀕した場合」というのだ。なんという、身勝手で理不尽な理屈。そして、核兵器という存在そのものの危険性。
また、メドベージェフは、ICCのプーチンに対する逮捕状発付に触れて、「想像してみよう。核保有国の首脳が、たとえばドイツを訪問して逮捕されたとする。これは何になるか。ロシアに対する宣戦布告だ」「ロケット弾などありとあらゆる物が、独連邦議会や首相府に飛来するだろう」とも述べている。ここでも品位に欠ける露骨な核の脅しである。およそ、真っ当な国の高官の発言ではない。
あらためて思う。核兵器と人類の共存はない。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2023.3.25より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=21099
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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