欧州による「スペイン解体」が本格化

著者: 童子丸開 どうじまるあきら : スペイン・バルセロナ在住/ジャーナリスト
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バルセロナの童子丸開です。スペインと欧州の情勢に関する新しい記事を書きあげましたので、お送りいたします。少々ショッキングな内容かもしれませんが、これはすべて一般のマスコミで伝えられた事実のみに基づいてまとめられたものです。年末年始のお忙しい時ではあるでしょうが、お時間の取れますときにでもどうかお読みいただきたいと思います。

では、良いお年を。

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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-4/2019-12-Demolition_of_Spain_by_EU.html

 

欧州による「スペイン解体」が本格化

2019年はスペインにとって未曾有の大混乱と共に終わろうとしている。2020年は文字通りの「新しい時代」の幕開けになるのかもしれない。そんな予感をさせる空気がカタルーニャの州都バルセロナに住む私を包んでいる。日本にいる人でここに書かれている事実について理解できる人は少ないのかもしれないが、おそらく、5年後や10年後に思い返してみれば誰にでも納得のいくことだろうと信じる。

2019年12月26日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧
 《Spexit(スペグジット)?》
 《ダラダラと続くカタルーニャ独立派との「交渉のための交渉」》
 《スペイン国家と社会に向けたEUの「空爆」》
 《「社会労働党+ポデモス」連立政権は成立可能か?》
 《本格化する「スペイン解体」》

写真:2019年12月20日、EU議員の登録証を手にするプッチダモン前カタルーニャ州知事(ラ・バングアルディア紙)】

《Spexit(スペグジット)?》

先の12月12日に実施された英国総選挙での保守党の圧勝で英国のEU離脱(Brexit)が事実上決定したのだが、いまソーシャルネット上で「スペグジット(Spexit)」、つまりスペインのEU離脱の主張が掲げられている。以前なら冗談半分で受け止められたものかもしれないが、それがこの11月以降、急速に現実味と緊迫感を帯びつつあるのだ。

事の起こりは、2018年4月に、スペイン最高裁が発行した欧州逮捕状によりドイツで逮捕されていたカルラス・プッチダモン前カタルーニャ州知事が保釈されたときに遡る(『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(9)』参照)。プッチダモン保釈は多数派のスペイン人にとって、欧州への信頼感を突き崩す強烈な衝撃だった。その際に、当時無名だったスペインの極右政党VOXの党首サンティアゴ・アバスカルは、ツイッター上で、欧州逮捕状を出した最高裁判事パブロ・ジャレナを弁護した後、もしこのドイツ連邦によるプッチダモン保釈の取り下げを求めるジャレナ判事の欧州司法裁判所への訴えが通らなければ、「司法のSPEXIT(原文大文字)」が行われるだろうと述べた。そして彼はその書き込みを「我々はブリュッセルの植民地ではない」という一文で結んでいる。

同年5~7月に、国外「逃亡中」の前カタルーニャ州政府幹部たちに対する欧州逮捕状が次々と拒否される(《ベルギー、ドイツ、スコットランド:スペイン国家をダウンさせた3連続パンチ》参照)につれ、スペインの右派政党や右派的人士の間にEUに対する不信と怒りが盛り上がっていった(《ますます「内向き」になるスペイン》参照)。そしていま、本気でEU離脱を主張するSNSサイト#Spexitに対する賛同がスペイン中で爆発的に広がりつつある。現在のところ、少なくとも表立ってはそれが組織化されている様子は無いのだが、《VOX台頭の背後に蠢く国際的な力》の中で述べたブラジルでのボルソナロ極右政権誕生の際と同様に、どこかのプロフェッショナルの手で組織される世論操作の可能性もある。

スペイン極右ナショナリスト政党であるVOXは、今年5月の欧州議会選でこそ「VOXは欧州主義としての我々の性格を全面的に確信する。我々は欧州を信じる。我々が欧州だからだ。」と述べて、反EUの姿勢を表に出すことはなかった。ただし彼らの言う「欧州」はあくまで主権国家の「隣組組織」であり、欧州連邦創設のあらゆる試みに反対している。ところが12月21日になると、「スペインは、(他の国々がするように)我々の主権と治安を攻撃する者達が下すいかなる判定にも従ってはならないのだ。」「どんな欧州連合が欧州への従順を望んでいるのか? VOXはこれ以上の侮辱を許すことはない」と、公式ツイッターでEUを激しく攻撃した。「反EU」を通り越して「EU拒絶」の域に達している。

この2019年後半に、いったい何がこのような反EUスペイン・ナショナリズムの激しい高揚を導いたのか。ここでまず、11月10日の「やり直し総選挙(『失敗総選挙:自滅に向かう民主主義』参照)」前後の出来事と状況を、国内の動きと国外からの働きかけの2面に分けて追ってみよう。

《ダラダラと続くカタルーニャ独立派との「交渉のための交渉」》

まず国内の政治動向である。前回の記事『失敗総選挙:自滅に向かう民主主義』の《4年間で4回目の総選挙で…、どうなった?》で述べたとおり、当選者を減らしながらも第一党の座を守った社会労働党は、総選挙のわずか2日後に、あたかも前々から準備を進めていたかのように、急進左翼UP(ウニダス・ポデモス)との連立構想を発表した。

普通に考えれば無茶苦茶な話だ。『サナギの中のカオス(その2)』で述べたように、社会労働党はUPから出された連立の提案をことごとく拒否してきた。その結果「やり直し」となった総選挙で、両党合計で9議席も減らし、政権作りはますます高い壁にぶち当たってしまった。おまけに党内にもポデモスとの連立に反対する勢力が根強く、また地方少数政党の「賛成」を得るためのハードルは高くなった。さらに過半数の母数を減らす「棄権」を確保するのに、カタルーニャ独立派のERC(カタルーニャ左翼共和党)だけではなく、同じ独立派のJxCat(ジュンツ・パル・カタルーニャ)とバスク急進民族派EHBilduという、いっそう協力を得にくい政党を当てにしなければならない。にもかかわらず開票後ほとんど間髪いれず連立構想を打ち出したからには何らかの「勝算」があったはずだ。

連立構想が出された翌日の11月13日にERCは、社会労働党がカタルーニャ独立問題の「政治的解決」を図る交渉を再開すると約束するなら「棄権」してもよいと提案した。しかしそれは、今年の1月から2月にかけて行われ全くの平行線をたどった挙句に決裂したものだ。それ以来、社会労働党政権成立に「No」の態度を保ち続けているERCは、その翌日から、下院議員広報官ガブリエル・ルフィアンが社会労働党幹部のアドリアナ・ラストラとの話し合いの席に着いたが、カタルーニャの民族自立と獄中の政治犯の無条件釈放を大前提とするERCと政府与党で話がかみ合うはずもなく、平行線の議論が延々と続いた。

そして11月20日に、ERCは、中央議会で社会労働党ペドロ・サンチェス党首の首班指名投票に対する態度を、一般党員の全体会議で投票によって決めると発表した。その会議は25日に行われたが、その場で一般党員の圧倒的多数が、独立問題を政治交渉で解決するための会談が行われない限りサンチェス政権成立には協力しないという案を支持した。そのうえでERCは、28日に社会労働党と会談しカタルーニャ問題解決の日程表を要求すると発表した。

もちろんそんな日程など組めるはずもなく、社会労働党と話し合った後でERCは、交渉が長引きそうだとの観測を出した。ここで仲介の労を取ったのがポデモス党首のパブロ・イグレシアスで、彼の財政面での提言もあり、12月に入ると自治州の地位向上や中央政府からの投資を増やすなどの案を示した社会労働党は、政治解決に向けてERCにやや歩み寄りを見せ始めた。さらにスペインの代表的な労働組合も、獄中のウリオル・ジュンケラス前カタルーニャ州副知事(ERC)に、サンチェスの首班指名にERCが協力するように要請した。首相と政府が決まらないことには国家予算も組めず経済政策も安定せず、年金や労働最低賃金などの改革もできないままだからだ。

だが社会労働党は、ERCとの(可能性ある?)合意をあくまで法律(憲法)の範囲内に収めるとして、従来の姿勢を崩さないことを再び明らかにした。中央議会下院と上院は12月3日に初の総会を開き両院の議長団が選出されたのだが、それ以来一度も総会が開かれていない。政府与党側とカタルーニャ独立派との、単に平行線をたどるだけの「交渉のための交渉」がただただ延々と続くだけで、首班指名の可能性が霧に包まれたままになっているからだ。

しかし実際にはサンチェスもERCも、こうして時間を空費しながら何かを、そんな八方ふさがりの状況を一気に吹き飛ばすような「ある出来事」が起こることを、ひたすら待ち続けていたのではないか。それどころか、総選挙後わずか2日で連立構想を打ち出したペドロ・サンチェス社会労働党党首とポデモスのパブロ・イグレシアス党首も、「ある出来事」を予期していたのではないかと疑われる。それは何か?

以前に《「なぜNATOはマドリードを爆撃しないのか」?!》で述べたことだが、1999年にコソボがセルビアから「分離独立」した際にNATOによる78日間ぶっ通しの空爆が行われた。それによってようやくセルビアの徹底抗戦の意思を押しつぶすことができたのだ。もちろんその「ある出来事」とはそんな軍事的なものではないのだが、スペインにとって軍事的な攻撃と同等かそれ以上の衝撃力を持つ出来事なのである。

《スペイン国家と社会に向けたEUの「空爆」》

もちろん最初に述べた2017年のカルラス・プッチダモンの保釈、カタルーニャ独立派に対する欧州逮捕状への拒否も、スペイン国家と社会にとってはまさに「空爆」、あるいはミサイル攻撃に等しい衝撃だった。しかしこの秋以降、より激しい「爆撃」が立て続けにスペインに対して行われていたのである。

カタルーニャ独立運動「プロセス事件」は、2017年9月20日に起きたカタルーニャ州政府要員たちの逮捕に対する抗議活動(《「パンドラの箱」を開けてしまった愚かな中央政府》参照)、同年10月1日の「独立住民投票」とその準備(『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』参照)、その後の10月27日のカタルーニャ州議会の「独立宣言採択」までの過程(『シリーズ:自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム』の(1)~(4)参照)を含んでいる。その裁判は今年2月から進められ、検察側は最も重い国家反逆罪の適用を主張し、最高裁判事も国外に逃れたカルラス・プッチダモン前カタルーニャ州政府知事らに国家反逆罪の容疑で欧州逮捕状(国際逮捕状)を発行していた。しかし10月14日に下された判決(《カタルーニャ独立派に下った最高裁の有罪判決》参照)ではより軽い反乱罪を適用するにとどめた。なぜここまで最高裁の腰が引けてしまったのか?

「プロセス事件」首謀者として逮捕されたカタルーニャ州政府前州知事ウリオル・ジュンケラスは今年5月26日の欧州議会選挙で当選したが、スペインで拘留されていたために議員登録ができなかった。彼は、欧州議員になる権利を持っているにもかかわらず拘留を解かなかったスペイン司法当局の不当性をルクセンブルグにある欧州司法裁判所に訴え出ていたのだ。そしてその欧州司法裁判所は「プロセス事件」判決を控えた9月28日に、ジュンケラスの訴えについて12月19日に裁定を下すと発表した。カタルーニャ独立運動を敵視する勢力はこれに「嫌な予感」を掻き立てられたはずだ。もしブリュッセルが独立運動を不当なものと見ているのなら訴え自体を門前払いにしたはずだからである。おそらくスペイン最高裁は、欧州司法裁判所の裁定が自分たちにとって非常に厳しいものになると予想したのであろう。

果たして、「やり直し総選挙」の2日後、社会労働党とUP(ウニダス・ポデモス)の連立構想が発表されたのと同じ11月12日に、一つの強烈な「爆弾」がスペインに落とされることになった。欧州司法裁判所の常任法務官(普通の裁判所の判事に当たる)Maciej Szpunar(マシエフ・シュプナー?:ポーランド出身)が、ジュンケラスは赦免され議員登録が成されなければならなかったという考えを語ったのである。もちろん同裁判所の正式な裁定ではない。しかしこれは、裁定がこの路線に沿って行われるだろうという通告に他ならない。

それはもちろんジュンケラスとERC(カタルーニャ左翼共和党)が出している赦免要求に重大な根拠を与えるものである。それは単に「過去の不始末」を「けしからん」というだけではない。本来なら現在の時点で欧州議員であるはずなのだから、今からでも赦免して欧州議員にしろ、という意味なのだ。さらには、同じく欧州議員に当選したにも関わらず欧州議会から登録を拒否されていたカルラス・プッチダモン前州政府知事とトニ・コミン前州政府委員に対して、欧州議員資格取得と不逮捕特権獲得の道を開くものでもある。そしてもしそれらがすべて実現したならば、スペイン国内での中央政府・国家機関とカタルーニャ独立派との力関係は一気にひっくり返るかもしれない。

その可能性を何よりも恐れたのがスペイン最高裁だったことは言うまでもない。さらにそれは、政界・財界と一体になって動くスペインの司法制度(『崩れ落ちるスペイン司法界の権威』および《司法の支配を白状した間抜けな国民党》参照)の根本的な崩壊を導く一撃になるだろう。追い打ちをかけるように、翌11月13日、欧州理事会に所属する「反腐敗国家グループ(英語でThe Group of States against Corruption)」が、スペインは司法権の独立が確保されていないと指摘、この国の司法の最高機関である司法権委員会の非政治化が果たされていないことを非難する声明を発表した。また、これはEUからではないのだが、英国で長年下院議長を務めたジョン・ベルコウが11月10日に「プロセス事件」の判決に言及して、前カタルーニャ州議会議長カルマ・フルカデイュに対する判決を「奇妙であり異常なまでに厳しい」と批判的に語った。

そして11月15日にブリュッセルの裁判所は、ベルギー在住中のプッチダモン、コミン、リュイス・プッチの3人の前カタルーニャ州政府幹部に出されたスペイン最高裁の欧州逮捕状に対する判断を12月16日に下すと発表した。これと欧州司法裁判所の裁定との関係は後に明らかになるだろうが、再度の欧州逮捕状の拒否が十分に予想された。また翌11月16日には、やはり欧州理事会に所属する「法務と人権に関する委員会(仮訳)」の専門家たちが「プロセス」の判決に批判的な見解を明らかにした。続いて17日にはアムネスティ・インターナショナルが、「プロセス」で有罪判決を受けた独立派団体幹部のジョルディ・クシャールとジョルディ・サンチェスの「即時釈放」を求める声明を発表した。

さらに11月26日に欧州司法裁判所の常任法務官(判事)が、スペインの裁判所から欧州逮捕状の出ていたラップ歌手バルトニック(《脅かされる表現の自由》《表現の自由を巡って内外から突き動かされる司法界》参照)について、スペイン司法当局の論拠を否定し欧州逮捕状を無効とする判断を示した。もう「連続パンチ」なんてもんじゃない、スペインの司法はボコボコに殴られっぱなし、フルボッコ状態である。ついでに、12月6日、前欧州理事会議長ロナルド・トゥスクが、2017年10月1日の「独立住民投票」について彼がマリアノ・ラホイ前首相に「最初に語った忠告」が「民衆に対して警察力を用いないように」であったことを打ち明けた。ちょっと!トゥスクさん! 始めて聞いたよ、そんなこと。

こうして迎えた12月16日、ベルギーの裁判所は、プッチダモンら3人のベルギー在住者に対する欧州逮捕状の取り扱いの判決を、来年2月3日に延期すると発表した。これは、欧州司法裁判所がジュンケラス赦免の件に対して下す裁定を確認してからにする、という意味で、スペイン発の欧州逮捕状を拒否する可能性を示したものある。この措置に激怒したのが前スペイン外相でEU外務・安全保障政策上級代表に就任したばかりのジュゼップ・ブレイュ(社会労働党)だった。彼はそのベルギー裁判所当局の発表を聞いた直後、シンガポール外相との共同記者会見の席で、「ベルギーには長年ETA(バスク民族主義テロリスト)が安心して住んでいるくらいだから、そんなこと(プッチダモンらへの欧州逮捕状に応じないこと)など不思議ではない」と、ベルギーの司法当局を嫌みたっぷりに非難したのだ。それに対してプッチダモンらは即座にブリュッセルの裁判所と欧州理事会にブレイュの発言の不当性を訴えた。あ~ぁ、ブレイュさん、せっかくの地位を失わなければいいんだがね。

EUによる「スペイン空爆」は止まることを知らない。翌12月17日になると欧州理事会が今度はスペインの少数民族言語問題に触れ、少数言語を軽視するスペイン当局の言語教育政策を厳しく批判、特にガリシア語が「重大な後退」を見せていると指摘した。そのうえでカタルーニャ州政府がとってきたカタルーニャ語を中軸言語とする教育モデルを称賛し、マリアノ・ラホイ政権の時に作られたスペインの教育政策(『中央政府による中軸言語入れ替え政策』参照)を厳しく批判したのである。

こうして迎えた12月19日は決定的な日だった。欧州司法裁判所は、ウリオル・ジュンケラスが拘留中の刑務所から放免され欧州議員の資格を得るべきであった、という正式の裁定を下したのである。これはスペイン国家に対する核兵器並みの衝撃だった。そしてその裁定の後でさらなる「爆撃」がスペイン中を突き動かすことになった。欧州議会の議長に就任したばかりのダヴィド・サッソーリが、「スペインの権限ある当局者が(ジュンケラスに対する欧州司法裁判所の裁定を)遂行する」ことを要求したのだ。さらに続けてサッソーリはカルラス・プッチダモンとトニ・コミンに欧州議員の資格を得る道を開いた。それは、前職のアントニ・タイヤーニが、スペインの国民党、シウダダノス、社会労働党の圧力を受けて拒絶したものだった。

こうして翌12月20日、プッチダモンとコミンはブリュッセルの欧州議会場に入って欧州議会議員としての仮証明証を手にすることになった(当記事冒頭の写真)。そして彼らは、前欧州議会議長タイヤーニが彼らの議員資格を拒否した行為を「違法」として告発すると表明した。もちろんだがプッチダモン達が欧州議員の正式な地位を手に入れたからには、不逮捕特権が確立されればスペインの内外で逮捕状が実質的に効力を失うことになるだろう。2月3日のベルギーの裁判所による判決がそれを決定的にしてしまうかもしれない。プッチダモンはいまバルセロナ市内に欧州議員としての事務所開設を検討しているらしい。

これらの「絨毯爆撃」がスペイン・ナショナリストを激憤させないはずはないだろう。最初に述べたようにスペグジット(スペインのEU離脱)の声が膨らんでいるのは、このような理由によるのだ。スペインの右派政党である国民党、シウダダノス、VOXは、いままで述べたようなEU機関の動きに対して「国家の主権を侵害するもの」と非難する声をあげている。しかし、そもそもスペインの「国民国家としての主権」なるものは、『狂い死にしゾンビ化する国家』で述べたように、2012年の段階で経済面ではすでに消えて無くなっているのである。欧州統合を目指す勢力はEU内にある国民国家の仕組みを最終的に破壊しようとしているのだろう。今後もしスペグジットが無視できない強力な動きになってくるなら、その背後に、特にVOXや国民党右派の背後に、欧州統合を妨害し欧州とロシア・中国との結びつきを阻止しようとする勢力の存在を考えるべきだ。

もちろんだが、このようなEUによる「スペイン爆撃」をかわそうとする試みも盛んに行われている。例によって「ロシア陰謀論」がその中心だが、やれカタルーニャ独立をロシアがけしかけているという西側諜報機関の調査だの、やれプッチダモンの関係者がロシアにカタルーニャ独立支持の引き換えにクリミアのロシア併合を認めると持ちかけただの、やれロシアのスパイ組織がスペインの不安定化のためにカタルーニャを利用しているだの、ロシアの極右団体がプッチダモンに亡命先を保証しただの…。スペイン外相(今年11月23日当時)ジュゼップ・ブレイュはロシア外相セルゲイ・ラヴロフと会談した際に、ロシアの政治勢力がカタルーニャ独立派と接触するようなことがあれば「滑稽な話だ」と彼らしい嫌みでくぎを刺したが、ラヴロフは「そんなことは全く知らない」とカタルーニャとのかかわりをそっけなく否定した。まさに「スペイン版ロシアゲート」といった感じである。どうせどれもこれも、米国の反トランプ「ロシアゲート」の陰謀論と同様のいい加減なものだろう。

ただ、11月24日付ボスプブリ紙の記事にある、2013年にマリアノ・ラホイ首相(当時)がイスラエル首相のネタニヤフに対してカタルーニャに手出しするのならパレスチナを国家として承認するぞと警告した、という情報は注目に値する。『カタルーニャ独立運動を扇動するシオニスト集団』にも書いたように、カタルーニャ独立運動には最初からイスラエルの強い働きかけがあったと考えられるからだ。これは陰謀論でもなんでもない。

《「社会労働党+ポデモス」連立政権は成立可能か?》

さて、ここでスペイン国内に戻ろう。12月26日現在、12月19日の欧州司法裁判所の裁定とそれに続くプッチダモンらの欧州議員資格獲得の事態を受けて、社会労働党とERC(カタルーニャ左翼共和党)との交渉が詰めの段階を迎えている。スペイン最高裁は、欧州司法裁判所の裁定がジュンケラスの釈放を意味しないと解釈しているようだが、ERCは交渉成立の条件としてあくまでジュンケラスの赦免の確証を求めている。といって、たとえ学校教科書政治の建前とは言えども「三権分立の原則」がうたわれる以上、政府が直接に最高裁に指示や命令を出すわけにはいかない。しかしスペインには法務省に所属する国家弁護局という部局がある。実は最高裁判決の「反乱罪」は国家弁護局の求刑によるものだったのだ。中央検察庁はあくまで「国家反逆罪」を主張していたのである。

したがってこの国家弁護局がその求刑を取り下げればジュンケラスの赦免を実現する道が開けるだろう。ERCの狙いはそこなのだ。クリスマス休暇の間、社会労働党臨時政府と国家弁護局の内部で激しい攻防戦が繰り広げられているはずである。サンチェス首相は12月中にERCとの交渉がまとまり首班指名の議会総会を開くことができると自信たっぷりに語るが、事はそう簡単にはいくまい。国家弁護局の中には社会労働党寄りの法務官もいるが右派・国家主義寄りの法務官も多い。どちらが押し切ることになるのか、何とも予想しづらい。

もし国家弁護局が求刑を取り下げるなら、それはジュンケラスだけではなく「プロセス事件」裁判の被告全員に関わることになるはずだ。そうなると、社会労働党の中に大量の「裏切り」さえ出なければ、首班指名の議会総会が開かれERCやJxCatといったカタルーニャ独立派だけではなくバスクやガリシアの急進民族派も「棄権」という形で協力し、1月初旬には「社会労働党+UP(ウニダス・ポデモス)」連立政権が誕生する可能性がある。それが失敗すれば3週間以内にもう一度首班指名のチャンスがあるが、それまでに条件が整うかどうか微妙である。そこでも政権誕生が無ければ、おそらく4月に3回目の総選挙となるだろう。いまはともかく国家弁護局と最高裁の態度にかかっている。

この数日間にスペインで起こることは、おそらくEUの将来に関わる重大な結果をもたらすだろう。「社会労働党+UP」連立政権が誕生するということは、カタルーニャのスペインからの分離を推し進めるだけではない。既に欧州議員証を手にしたプッチダモンとコミンが堂々とスペインに戻ることができるかもしれない。ベルギーやスコットランドにいる「亡命者(ラップ歌手バルトニックを含む)」への欧州逮捕状が再び拒否されるならもう二度と逮捕状の発行は不可能だろう。ジュンケラスが獄中から解かれれば、他の「政治犯」たちに対しても、国際的な釈放要求が激化し、実現せざるを得ないだろう。そうなるとスペインの司法システムはEUと欧州内の外国の力によって根底から破壊される。もしその連立政権樹立が成らなければやはり、スペインの司法システムが破壊されるまでEUからのより激しい新たな「連続爆撃」が続くのみだろう。

ブリュッセルは、一向に減らないスペインの公的債務の返済のために96億ユーロ(約1兆1600億円)規模の緊縮財政を求めているが、それは年金や医療などの福祉国家制度を崩壊させるかもしれない。しかし経済的にはどのみちすでに2012年の段階で「ゾンビ状態」になっている。さらにこの数年間、立法と行政の機能が度重なる政権不成立によって停滞しており、加えて司法制度が自律的な機能を失ってしまうことになる。2017年4月の段階で「司法のSPEXIT」を主張したVOX党首アバスカルの見通しは実に正確だった。このままではスペインは「ゾンビ国家」を通り越して「国家の屍(しかばね)」になるしかあるまい。

《本格化する「スペイン解体」》

スペイン国王フェリーペ6世の2019年クリスマス・メッセージは印象的だった。2017年10月のカタルーニャ「独立住民投票」の後で発せられた国王のメッセージ(《「調停者」にならなかった国王》参照)は、あたかもフランコの後継者ででもあるかのように国家主権を振りかざして独立派を糾弾し、武装警官隊の襲撃によって傷ついたカタルーニャ住民に対しては一片の言葉すら無かった。以後のクリスマス・メッセージでも、そこからトーンを下げたとはいえ、やはりスペイン国家の最高権威者の言葉として、国の分裂に対する警戒と独立派に対する敵視をにじませていた。

しかしこの24日夜に語られた彼の言葉は相当に異なるものになっていた。彼は確かに「国の分裂と不安定化」を嘆いたが、それは第一に経済格差の拡大、特に若年層の低所得化によるものであり、また男女間の格差、不法入国移民、先端テクノロジー導入による労働問題、そして先の見えない欧州の進路によるものだった。カタルーニャは「その他の心配事」の一つとして、しかも1回だけ語られたに過ぎなかったのだ。

さすがに国家元首の立場から、憲法の下に、また寛容さと共感の下に団結するように呼び掛けてはいたが、メッセージの終盤に次のように語ったのが心に残った。「時の流れは止まることなく、スペインは不動のままでいることも物ごとの背後に逃げることもできない。過去の他の時代の中に閉じこもることなく、未来を告げる巨大な社会的、科学的、教育的変化を前にしてその歩を失うことのないように瞳を見開き、その道を前進し続けなければならない。」フェリーペとこのメッセージの草稿を練った者は、自分の国の運命を覚悟しているのかもしれない。

VOXのアバスカルに言われるまでもない。欧州統合を目指す勢力は2002年のユーロ導入でEU構成国から経済的主権を奪った。しかし統合のためには、更に進んで政治、軍事、安全保障(諜報と警察)、そして法的システムの統合を行わねばならない。それは数十年、大急ぎでも30年はかかる作業だろう。しかも一歩一歩、慎重に、かつ確実にその作業を進める必要がある。それが構成国の国家としてのあらゆる主権を奪い取るものだからだ。スペインはどうやらその国家の主権をEUに委譲する「モデルケース」となるべく選ばれてしまったようである。当サイトにある2011年以降の国内外の動きが、それを明らかに告げているように感じる。

「社会労働党+UP」連立政権ができようができまいが、今後、カタルーニャはますます欧州の中枢部に接近していくだろうし、スペイン中でEUに恭順を誓うのか、EUから離脱して国家の主権を守るのかという、国を二分する激しい論争が沸きあがるだろう。面白いことだ。3年ほど前まではスペインがEUの中で不動の地位を保っており、カタルーニャが独立したらEUから出ていくしかない、という話の筋道だったのだが、ここにきて完全に逆転してしまった。2017年10月1日の「独立住民投票」とカルラス・プッチダモン知事のブリュッセルへの脱出が、全てを変えてしまったのである。

去る11月30日に、カタルーニャ州政府知事のキム・トーラと、ベルギーからの分離独立を模索するフランデレン自治区のジャン・ジャンボン(Jan Jambon)知事がバルセロナで会合を開いた。そしてその共同声明の中で両者は、EUに対して「EUが、何らかの方法で、将来に新しく登場するかもしれない国を統合できるシステムを確立」させることを要求した。つまり、カタルーニャやフランデレンが分離独立を果たす場合に自動的にEUに組み込まれるシステムを創設する、ということだ。もしそんなシステムが生まれたら、欧州各国で「我も我も」と新たな「EU加盟国」が生まれ、それが将来の統合欧州内部の自治国にされるのかもしれない。また同時に、欧州各国で「統合」に加わるのか出ていくのかの大論争(ひょっとして紛争)が起こるのかもしれない。それが再び世界を襲う大不況と重なるのなら一気に「統合」が強引に進められる可能性がある。

スペイン国王フェリーペが予感した(と私が感じる)未来は、否応なしに欧州に住む我々の上にかぶさってくるだろう。しかしどうなっても我々は、「瞳を見開き、その道を前進し続け」るしかない。次の記事では、「社会労働党+UP」連立政権が生まれたのかどうかが明らかにできるだろう。

【『欧州による「スペイン解体」が本格化』 ここまで】

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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