欧米がロシアに挑戦したのだ

ウクライナをめぐる“新冷戦”を読み解く(その1)

昨年11月以来今日まで、ウクライナという言葉が新聞紙面に出ない日はほとんどない。2013年11月に首都キエフの独立広場(マイダン)で、親露派のヤヌコビッチ前大統領に対する猛烈な反体制デモが始まり、その結果今年2月末にヤヌコビッチ政権が倒され、親欧米の暫定政権が発足した。

3月にはウクライナ南部のクリミア自治共和国で多数派のロシア系住民がロシアへの併合運動を展開、その結果プーチン大統領は欧米側の反発を無視してクリミアをロシアに併合。続いてこの4月からは、ウクライナ東部でロシア系の住民や民兵がロシアへの併合を求めて行政庁舎や警察署を占拠するなどの実力行使が頻発、これを阻止しようとするキエフ政府軍との衝突で死者が出る騒ぎが続いている。ウクライナは内戦に突入しかねない情勢だ。

日本の新聞やテレビなどは欧米のメディアとリンクしているため、ウクライナ危機に関する報道では圧倒的にロシアが「悪者」になっている。プーチン大統領のロシアがウクライナを舞台にした“新冷戦”を展開し、冷戦終結時の合意を破ってクリミアを奪うなど、領土拡張の帝国主義的政策を展開していると言わんばかりだ。だが事態の推移をよく観察してみると、事態はネオコンなどアメリカの保守派が欧州を巻き込んでロシアに挑んだ“逆冷戦”と見たほうが真相のようだ。

2月初めにビクトリア・ヌーランド米国務次官補(欧州・ユーラシア担当)とジェフリー・パイエト駐ウクライナ米大使の電話会談がユーチューブに漏洩した。この会談で、ヤヌコビッチ政権が反政府運動を弾圧した場合に経済制裁をすべきだと米国が主張したのに、EU(欧州連合)側が反対したことが語られ、ヌーランド次官補が欧州側を「くそったれ」と罵倒したことが暴露された。

この電話会談は、米欧間に多少の意見の違いがあるにせよ米欧がウクライナの反体制運動に深くコミットしていたことを明るみに出した。このヌーランド次官補とは、ブッシュ前米政権の中枢を占め、イラク戦争を発動させるなどの悪名高いネオコン(新保守派)の有力メンバーで、ネオコンの理論的指導者ロバート・ケーガン氏の夫人である。イラク戦争の失敗で悪名高いネオコンの一員が、オバマ民主党政権下で国務省枢要の地位を占めていること自体が驚くべきことだ。

ウクライナを現地取材したフリージャーナリストの田中龍作氏は、首都キエフの独立広場でヤヌコビッチ政権を倒すために治安警察と戦っていた反体制派市民たちには日当3000円相当額が支払われていたと報告している。失業率30%と言われるこの国で、仕事のない人々が各地から集まり、石や火炎瓶を投げてアメリカ資金による日当を支給されていたというのだ(田中龍作ジャーナル3月31日)。

また毎日新聞(3月21日付)によれば、EU本部のあるブリュッセルに本拠を置くNGOの「民主化のための欧州基金」は昨年11月以降、キエフの反体制デモ隊に15万ユーロ(約2000万円)の活動資金を提供したことを認めている。
資金はポーランドなどEU12カ国とスイスが提供、EUでは動きにくいがNGOならヤヌコビッチ政権への抵抗勢力を支援できるというのだ。2004年の「オレンジ革命」当時、米欧がウクライナの反露勢力に肩入れしてきたことはよく知られているが、ロシアの「弱い脇腹」であるウクライナは米欧側からの攻撃にさらされ続けているわけだ。

昨年11月から始まったヤヌコビッチ政権打倒闘争の背後には、米欧の強力なバックアップがあったことは明らかだ。当初は、入獄中だったティモシェンコ元首相の率いた「祖国」(ヤツェニュク現暫定首相が党首)や元人気ボクサーのクリチコ氏が率いる「民主連合」などの野党勢力が反政府デモの主力だった。今年になって独立広場での反体制行動が過激化したのは、欧州議会から人種差別・反ユダヤ・排外主義と批判された極右政党「自由」(チャグニボク党首)のメンバーらが投石や火炎瓶を使い始めたからだ。

こうした過激な闘争をエスカレートさせた武闘派は「ライトセクター」と呼ばれ、中には政府側治安部隊や反政府デモ隊を狙撃したスナイパーもいたという。この「ライトセクター」の幹部だった通称サチコ・ビリーという男が3月25日、暫定政府内務省の特殊部隊に射殺されるという事態が起きた。この男のスポンサーはロシアの諜報機関だったとされているが、ロシア機関員が親露政権打倒の詰めを果たしたというのもおかしな話だ。この男を消さなければならない理由が暫定政権側にあるのだろう。

1991年のソ連崩壊から20年余り。東西冷戦はアメリカを先頭とする西側、つまり欧米の完勝で終わった。それまでソ連圏に組み入れられていたポーランド、ハンガリー、チェコなどの東欧諸国やバルト3国はいずれも独立し、EUやNATO(北大西洋条約機構)といった欧米機構のメンバーとなって、ロシアと対峙している。それなのにウクライナはEUにも加盟できず、ロシアの衛星国のような立場に甘んじている。

米欧としては、ウクライナの親欧米勢力の反体制闘争を物心両面で支え、親露政権打倒に成功した。しかし考えてみれば、米欧は民主的選挙で選ばれたヤヌコビッチ大統領を失脚させるクーデターの肩棒を担いだということになる。これを民主的と言えるのかどうか。ウクライナは5月末に大統領選挙を行い新政権を発足させる予定だが、東部各地でロシア系民兵や住民が起こしている反乱行為を制圧できるかどうか。下手をすると内戦に突入しかねない情勢だ。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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