77. (前回(*の76の最後の五行を書き直し書き加える。慌てていたので文意が通らない文章になっていたことをお詫びする。以下は小生に送られた二三の「非難」をも考慮においている。)*ちきゅう座編集部注:https://chikyuza.net/archives/40052/
生きることは、出世することではない。個人の生きる目標に、出世することは含まれるが、日本のような組織化社会では組織に属することがすでに『出世』の代替行為になっていることもある。明治の中盤から、日本社会においては『出世』が集団や組織の権威とともに語られてきたことは注目に値する。
このコンセプトが、日本という限定社会の近代化の限界をも示していることに注目する必要がある。「すえは博士か大臣か」という組織権威に並行して、財閥から経済界への経済組織権威の組み替えも進んだ。『出世』はそれ自身、体制への組み込み磁力として、日本的エゴの対立軸として存在する天皇制とは独立に、進化を遂げていた。戦後そしてバブル以降の限定社会においては、教育体制の「組織化」への貢献と、経済体制による価値の「統合化」の成功ともに、体制イデオロギーの中での個人の「貢献と成功の意識」は『出世』を日常生活の中ではタテマエ上「死語」へと変貌させている。
しかし、日本の子供たちは一貫して受験体制のもとにあり、大人たちはそれのもたらす価値体系を集団形成の一部として考慮に入れている。これはまた、むしろ開かれたものであるべき「知識社会」にむしろ顕著な傾向でもある。
生きることは、彼の営みの不成功とも共存できる。桑原武夫が対馬忠行氏の死に対して無念を表明した際、鶴見俊輔は、どう見ても人生に成功を収めたとは言えない(と鶴見の見ている)対馬氏の死を桑原が悼んでいることに注目している。桑原武夫には石川啄木のローマ字日記の翻刻解説の仕事もあり、日本の戦後左翼にはない思想上の広がりと包容力があった。
日本という限定社会における上昇志向的近代制度の中では、『疎外』の問題は極度に矮小化されて表現される。どうしてか?そして、この事実を確実に、そして反動的に体制イデオロギーとして表現しているものこそ、日本イデオロギーにおける「死刑制度」の存在でもある。
企業組織の中で疎外される意識は、しばしば現在、海外への戦略に利用されるが、実質的な日本産業の空洞化は、生きることの存在的限定を行い続けることから生じている。第三世界や「外国」は、これによって日本のような限定的第一世界からははじき出されたままなのであり、そこに生産的な交通手段が見出されているわけではない。「地球を歩く」という意識は、各地の固有の問題を探る意識ではない。
このことは海外での旅行代理店広報誌の編集者が日本の旅行代理店の広報部門へとスカウトされるプロセスにさえ繰り返し表現されている。旅行代理店の意識は本国の価値へのおもねりを伴い、正に吉田茂とは対照的な「曲学阿世」の世界なのである。そこでは「面白い世界」も「楽しい世界」も、誰とも本質的には共有されえない。なぜなら、そこであらわれるコンテキストは、本国である日本という限定社会の価値を探し続けているにすぎないからである。これは日本という限定社会が「国際化」に失敗し続けてきた経過を代表している。
「国家の殺人」を制度的に否定する論理は日本の現行憲法の「国家武装否定」の論理の中にも表現されているものだが、戦後およびバブル以降の日本人たちは自己の基本的スタンスを島国の集団性によって、教育からも生活体系からも排除してきた。繰り返されるのは「押し付けられた憲法」だという「自己の歴史自身を反芻できない論理」であり、各自の自らの所属する社会へのアリバイ工作であり、単なる疎外されたエゴイズムである。そして、このような意識が現在の日本の限定社会の保守主義を形成している。
教育体制そのものが現在では反憲法的な「過去の再現」を表現している事態そのものが、日本の国際化の失敗を他者に印象付けるものだろう。
このような限定社会を前にして、彼には自己の社会の歴史に対しても、体制的な組織化の「標準」に対しても疎外の問題が付きまとうかもしれない。体制化を自己のアイデンティティと同定できる「出世主義」者にとって、この限定社会における生存認識は、国際的な現在の「標準」からの隔壁につながっていく。
そのような限定社会において、体制イデオロギーの価値観から外れていく意識は排除の対象であるが、国際社会を前にして「秘密保護」の対応が必要になっていく。同時的に、現在の体制イデオロギー自身の防波堤となってきた人たちの受勲が続いている。この間、手近の価値や資源を活用して体制イデオロギーの一部を形成する勢力にとって「秘密保護」と「死刑」は限定社会におけるひとつの安定を約束するシステムとして存在している。
すなわち、このような潜在的には孤立した限定社会では、市民的に生きるということはいくぶん危険な思想であり、危険な営みでさえある。