第1部 「気候危機の解決には脱成長が不可欠」
物があふれ、お金さえあれば何でも手に入る時代。人々は豊かで便利な生活を謳歌している。一方で、近年多発する地球規模の災害に、世界は翻弄されている。ところが、世界は大量にCO2を排出しつづけていて、気候変動を止めるには程遠い現状だ。同時に、2020年からのコロナ禍を機に、人々の生活スタイルは大きく変化した。気候危機を引き起こしている資本主義のシステムはどう変えるべきなのか。「脱成長ミーティング」を主催する白川真澄さんに伺った。
気候危機の根本的な解決に向けて、高まる資本主義への批判と懐疑
─斎藤幸平さん(注1)やグレタ・トゥンベリさん(注2)などの若い世代は、「深刻化する気候危機を解決するためには、資本主義そのものを変えることが必要だ」という意見を強めています。
「気候危機の解決には脱成長のポスト資本主義に転換しなければならない」と斎藤さんは書いています(『人新世の「資本論」』)。グレタさんも「利益と経済成長ばかりを追い求める、今のシステムを変えるべきだ」と主張しています。私も同じ立場です。
斎藤さんの主張の新鮮さは、「グリーンな経済成長(注3)やグリーン・ニューディール(注4)では、気候危機の解決は困難である。資本主義そのものへの正面切った挑戦が必要だ」と提起している点です。しかも「従来の脱成長論(注5)も、資本主義の枠内に留まっている」と批判しています。
斎藤さんの本が30万部以上も売れたのは、日本でも今の経済や社会の仕組みに問題があると考え、資本主義そのものに不信を感じる人が少しずつであれ増えているからでしょう。
―これまで、グリーンな経済成長やグリーン・ニューディールは気候変動に対する解決策として多くの人々に歓迎されてきました。なぜ斎藤さんはそれを批判しているのでしょうか。
ポストコロナの経済政策の主流になっているのが、「脱炭素化を推進することによってこそ、新しい経済成長が可能である」という主張です。脱炭素化のための技術やインフラに、大規模な投資が計画されています。米国ではバイデン大統領が8年間で2兆ドル(約200兆円)を支出し、その多くを電気自動車(EV)や充電装置の増設などに投入する計画を発表しました。EUはグリーン・リカバリー(注6)に7年間で7500億ユーロ(約98兆円)を投資します。これによってGDP(国内総生産)を1%押し上げ、100万人の雇用を作り出す計画です。日本の菅政権がグリーン成長戦略で提示した脱炭素基金は2兆円ですが、民間からの投資15兆円を誘発し、2030年には140兆円の経済効果と870万人の雇用を生むと試算しています。
さらに、国際エネルギー機関(IEA)の「持続可能なリカバリー」(2020年)では、3年間で3兆ドル(300兆円)を投資すれば経済成長率が約1%増え、コロナで失われた900万人の雇用を取り戻せるとしています。確かに脱炭素化に向けた太陽光やEVへの巨額投資や技術開発は、コロナ危機からの景気回復と経済成長に一定の効果があるでしょう。
しかし、肝心なのは脱炭素化がどこまで進むかです。2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするためには、2030年までに50%削減しなければ間に合いません。現在、世界全体のCO2排出量は300億トンを超えています。半減して150億トンにするためには、毎年7.6%のペースで排出量を減らす必要があるのです。
―コロナ禍でCO2の排出量はどの程度、減りましたか。
1992年のリオ地球サミットで「気候変動枠組条約」が成立し、環境(脱炭素化)と経済成長を両立させることが主張されてきました。ところが実態はどうだったでしょう。1990年から2018年の間に世界のGDPは約3.7倍に増えました。それに伴ってCO2排出量は、1990年の206億トンから2018年には335億トンへと1.6倍も増えたのです。
これまでCO2排出量が減ったのは、世界経済が危機に陥ったリーマン・ショックの時期(2009年)だけです。経済成長がマイナス0.1%になり、CO2排出量は1%減少。昨年のコロナ禍で世界中の経済がストップしたことで、GDPはマイナス3.3%に陥り、CO2排出量は5.8%、約20億トン減りました。経済が縮小した時しか、CO2は減っていないのです。リーマン・ショック後もそうだったのですが、これから経済が回復すると、排出量が急増する恐れがあります。
CO2を多く排出する産業や企業を海外に移転する先進国
─ なぜ世界のCO2排出量は削減できないのでしょうか。
確かに先進国はこの20年間で1.9%の低成長率で、CO2排出量も漸減しています。そのため、「経済成長とCO2削減は両立できる」と考える環境経済学者は少なくありません。
しかし、中国をはじめとする途上国は高い経済成長を続けており、それに伴ってCO2排出量は中国では1990年からの30年間で5倍近くに急増しています。結局、先進国は、CO2を大量に排出する産業や企業を海外の途上国に移転することで、経済成長とCO2削減を見かけ上は両立させてきたにすぎません。それを斎藤さんは「(先進国はCO2の排出を)グローバルサウスに転嫁している」と指摘します。それでも一人当たりの排出量は、米国が15.5トン、日本が8.5トン、中国は6.8トン、インドは1.7トンと、先進国のほうがはるかに多いのが実態です。先進国の私たちはCO2削減により大きい責任を負っています。
―自動車メーカーをはじめとする企業は、脱酸素化への取り組みをアピールしていますが…。
「脱エンジン」を宣言したホンダをはじめ、日本の自動車メーカーも電気自動車(EV)に方向転換しつつあります。またEUは今年7月に、「2035年完全EV化」の方針を発表しました。しかし、自動車のCO2排出量が減っても、車の台数や走行距離が増加したら問題は解決しません。そもそもEVを製造する過程で排出されるCO2は、ガソリン車の2倍超と言われます。例えば、蓄電池に必要なリチウムを採掘して精製する過程では、膨大な電力が消費されCO2が排出されます。外装部材のガラス繊維強化樹脂や炭素繊維強化プラスチックの生産においても同様です。EⅤでも、大量に生産し続ければ資源の「南」の世界からの略奪や浪費につながり、地球環境にダメージを与えます。
また近年はIT産業が急成長を遂げ、コンピューターの生産やデータセンターの巨大化で電力使用量は激増しています。2030年には世界の電力消費量の2割がIT産業で使用されると言われています。その電力をすべて再生可能エネルギーに転換できなければ、石炭火力や原発が残ることになります。結局、個々の製品が排出するCO2を減らしても、生産量が拡大すれば電力需要は増え、CO2は減らないのです。
菅政権が掲げるグリーン成長戦略も、水素、アンモニア、洋上風力発電など、将来的に実現や効果が不確実な技術の開発頼みで、生産と生活様式の全体をどう組み替えていくのかという一番重要な問題には、ほとんど踏み込んでいません。
過剰なモノ・サービスの生産、大量消費、大量廃棄の生活様式からの脱却へ
―EUと日本の違いはどこにあるのでしょうか。
EUでは交通部門のCO2削減に取り組み、例えばフランスは、近距離の航空路線を廃止し、鉄道に置き換える方針です。このようにEUは交通体系全体を見直そうとしています。
ところが日本にはその方向性が全く見られません。日本の都市構造は大都市への一極集中で、巨大な高層マンションやビルを建て、膨大な電力を消費しています。ポストコロナと脱炭素化を考えるならば、人口の地方への分散、空き家活用、都市農業の再生など、大都市の縮小に向かって政策の抜本的見直しが必要になります。そもそも自動車依存の社会からの脱却をめざして、ヨーロッパのように都心への車の乗り入れ禁止、路面電車の復活やコミュニティバスなどの公共交通機関の整備・拡充を進めるべきです。また、車なしでは生活が困難な地域の住民には、公共交通サービスの確保が必須です。
コンビニには日に何度もトラックが商品を配送し、生活のニーズよりむしろ売れ筋の商品を絶えず棚に並べています。また、流行をすばやく取り入れて大量生産するアパレル産業は、CO2の全排出量の10%を占めます。2000年から2014年にかけて衣料の生産は6割も増加。日本では同じ服を2回着る率は約26%で、あとは1回着ただけで廃棄されます。わざわざ捨てるために作っているようなものです。
資本主義は、絶えず拡大再生産し成長しなければ存続できない、「アクセルしかなく、ブレーキがないシステム」です。必要がなくても、とにかく新しい製品やサービスを作って売る。消費者はどんどん買い込む。私たちが必要なもの・不必要なものを区別せずに消費する生活様式に巻き込まれてきたのです。
─ 経済の成長・拡大が止まったら、社会はどうなりますか。
コロナ禍の中で多くの人たちが、生活に本当に必要なものは何か、改めて気がついたのではないでしょうか。外に出ないわけですから、外出着やスーツはいらない。必要もないのになぜ何着も持っていたんだろうと考える。航空機が飛ばなくなるとCO2の排出も減るし、航空機に乗らなくても車で遠出しなくても、生活できるのだと身をもって知ったわけです。生活様式を転換する大きなきっかけになってほしいと思います。
成長・拡大が止まることは、資本主義にとっての「死」を意味します。先進国では、移民に頼る米国を例外として、労働人口が減少に転じていて低成長に移らざるをえなくなっています。中国も、これから労働人口が減少しますから、間違いなく経済成長率は下がります。ゼロ成長に近づくことは、資本主義にとっての脅威です。水野和夫さん(注7)も、成長ができなくなり利子率(利潤率)がゼロに近づいている「資本主義は終わりを迎えている」と言っています。
地球の資源は有限ですから、無限の成長・利潤を追求する資本主義とぶつかるのは必然です。その意味でも、資本主義からの脱却は避けられません。ただし資本主義が「自然死」することはありえません。不必要なモノやサービスを新しく作りだし、情報や金融の仮想空間を肥大させながら成長を追い求めようとするでしょう。したがって資本主義を変革できるかどうかは私たちの生き方と社会運動にかかっています。企業による脱炭素化の試みは大事です。しかしそこで立ち止まることなく、成長・拡大型の生産・生活様式、つまり資本主義のシステムをどうするのかという問題に、真正面から議論し、取り組まなければいけない時だと思います。
注1 斎藤幸平:経済思想史研究者。大阪市立大学大学院経済学部准教授。人類の経済活動が地球全体に影響を及ぼす時代=「人新世」の環境危機の解決策を、マルクスの新解釈の中に見いだす。著書『人新世の「資本論」』他
注2 グレタ・トゥンベリ:スウェーデンの環境活動家
注3 グリーンな経済成長:地球環境の保全や脱炭素化を実現しながら、経済成長を続けること。
注4 グリーン・ニューディール:再生可能エネルギーへの転換、車や建築物の脱炭素化、技術開発やインフラへの投資、脱炭素の新製品の大量販売によって、経済成長とCO2排出削減を両立させる政策
注5 従来の脱成長論:広井良典、他。緩やかな経済成長の中での持続可能な福祉社会を提唱
注6 グリーン・リカバリー:新型コロナによる経済の停滞を環境分野への投資などで回復させようとする政策
注7 水野和夫:経済学者。「資本主義の限界」に警鐘を鳴らしている。著書『資本主義の終焉と歴史の危機』他
(構成:猪俣悦子)
初出:『社会運動』№444、2021年10月号より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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