明日(9月1日)午後、参議院議員会館1階講堂で、全国沿岸漁民連絡協議会(JCFU)がシンポジウムを開催する。その趣旨は澤藤統一郎、以下のとおりだ。
■開催趣旨:家族漁業・小規模漁業を営む沿岸漁業就業者は漁民全体の96%。まさに日本漁業の主人公です。全国津々浦々の漁村の自然と経済を守るこの家族漁業・小規模漁業の繁栄無くしては「地方創生」などありえません。ここでは、沿岸漁民の暮らしと資源、法制度をめぐる問題をとりあげ、日本の漁業政策のあり方をさぐります。
その趣旨や良し。経済の目的は効率でも生産性でもない。ましてや、市場での支配者に過剰な利益を与えるためのものでもない。多くの人々が安心して、健康で文化的な生活を持続していくことではないか。漁業にあっては、「全国津々浦々の漁村の自然と漁民の生計」を守らねばならない。漁民の暮らしを支える「家族漁業・小規模漁業の繁栄」が必要なのだ。そのためには、漁民一人ひとりの営業が成り立ち、後継者が育つ展望が持てなければならない。そのための、行政でなくてはならず、その目的に適う経済政策でなくてはならない。
大資本や中央資本の規制改革に対決する局面では、漁協も漁連も自治体も極めて重要である。しかし、漁協も漁連も自治体も、それ自体が価値を持つものではない。漁民を代表し、漁民に奉仕する存在であることが、その発言権や正当性の根拠である。漁協は飽くまでも漁民に奉仕する立場の存在である。漁民あっての漁協であって、漁協のための漁民ではない。漁協の経営のためとして、漁民を切り捨てるようなことは絶対にあってはならない。いま、岩手県の水産行政は、この倒錯の事態にある。
沿岸漁業フォーラムのプログラムと、岩手からの報告「サケの定置網独占と沿岸漁民の権利」のレジメをご紹介する。
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■JCFU沿岸漁業フォーラム■
「規制改革会議と漁業権を考える」―沿岸漁民の暮らしと資源を守る政策を
共 催: JCFU全国沿岸漁民連絡協議会・NPO法人21世紀の水産を考える会
と き: 2017年9月1日(金)13:00~17:00
ところ: 参議院議員会館1階講堂
コーディネーター:二平 章(茨城大学人文学部客員研究員)
山本浩一(21世紀の水産を考える会理事長)
<プログラム>
●特別講演
「亡国の漁業権開放論~資源・地域・国土の崩壊」
鈴木宣弘 (すずき・のぶひろ)
(東京大学大学院農学生命科学研究科国際環境経済学 教授)
●第2部 「各地の沿岸漁民の生活と権利をめぐる諸問題」
1 クロマグロの漁獲規制と漁民の生活権
高松幸彦 (北海道留萌海区漁業調整委員会委員)
宇津井千可志(長崎県対馬市曳き縄漁業協議会会長)
本吉政吉 (千葉県沿岸小型漁協副組合長)
2.沿岸カツオ漁業の危機と熱帯まき網漁獲規制
杉本武雄(和歌山県漁業調整委員会委員・和歌山東漁協副組合長)
福田 仁(ジャーナリスト・高知新聞)
3.サケの定置網独占と沿岸漁民の権利
澤藤大河(弁護士:岩手県「浜の一揆訴訟」弁護団)
4.震災復興と水産特区の問題点
綱島不二雄(復旧・復興支援みやぎ県民センター代表世話人)
5.原発事故後の福島漁業と汚染水問題
林 薫平 (福島大学特任准教授)
6.「開門」は有明海漁業の生命線
堀 良一(弁護士:よみがえれ!有明訴訟弁護団)
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2017年9月1日
「サケの定置網漁独占と沿岸漁民の権利」ー岩手からの報告
報告者 弁護士 澤藤大河
1.「漁協・漁業権」の二面性
基調講演のテーマが、草案段階では、「危機にさらされる漁協・漁業権」となっていました。当然に「漁協・漁業権」擁護の趣旨。ところが、三陸の沿岸漁民が起こしている行政訴訟では、被告岩手県知事側が、「漁協・漁業権」を擁護する立場から零細漁民にはサケ刺し網漁を禁じるとして一歩も引きません。「漁協・漁業権」が、零細漁業者の経営を圧迫しているのです。
三陸の沿岸漁民は、けっして漁協や漁業権を敵視しているわけではありません。しかし、漁協の存立や漁業権漁業の収益確保を絶対視して、零細漁民の権利を認めないとなれば、「漁協・漁業権」に譲歩を要求せざるを得ません。
「漁協・漁業権」の二面性を見極めなければならないと思います。横暴な大資本や国と向かい合う局面では、漁民を代表する組織としてしっかりと漁協・漁業権を擁護しなければなりません。しかし、組合員個人、個別の零細漁民と向かい合う極面では漁協は強者です。零細漁民の利益と対立するのです。
言うまでもなく、漁協は漁民に奉仕するための組織です。漁民の利益を代表してこその漁協であり、漁民の生業と共存してこその漁業権であることを再確認する必要があります。それが、私たちの基本的な立場であることをご理解ください。
2.「浜の一揆」訴訟の概要
岩手の河川を秋に遡上するサケは岩手沿岸における漁業の主力魚種です。「県の魚」に指定されてもいます。
ところが、現在の三陸沿岸の漁民は、県の水産行政によって、厳格にサケの捕獲を禁じられています。うっかりサケを網にかけると、最高刑懲役6月となります。岩手の漁民の多くが、この不合理を不満として、長年県政にサケ捕獲の許可を働きかけてきました。とりわけ、3・11の被災後はこの不合理を耐えがたいものと感じることとなり、請願や陳情を重ねてきました。しかし、なんの進展も見ることができなかったのです。
そのため、2015年11月100人の沿岸漁民が岩手県(知事)を被告として、盛岡地裁に行政訴訟を提起しました。要求は「固定式刺し網によるサケ漁を認めよ」「漁獲高は無制限である必要はない。各漁民について年間10トンを上限として」。原告らは、これを「浜の一揆」訴訟と呼んでいます。苛斂誅求の封建領主に対する抵抗運動と根は同じだと考えているからです。
訴訟の進行は、最終盤に近づいています。本年6月22日の法廷で、原告4名と県職員1名の尋問が行われ、次回9月8日には、原被告がそれぞれ申請した学者証人お二人が証言します。おそらく、年内に結審して、来春判決言い渡しの見通しです。
3.何が争われているのかー本日のテーマに即して
☆現状
* 三陸沿岸の海の恵みであるサケは、主として各漁協が自営する大型の定置網漁によって漁獲されています。漁協は定置漁業権を得て、定置漁業を行っています。
* 原告ら漁民はサケ漁から閉め出されています。サケの延縄漁は可能なのですが、とうていペイしません。「刺し網によるサケ漁を認めろ」というのが、原告らの切実な要求ですが、漁協の自営定置漁業に影響あるからとして、許可されません。
* 原告ら漁民は、漁協や漁連の民主的運営には懐疑的な立場です。社会的強者と一体となった、零細漁民に冷たい県政への挑戦として、「浜の一揆」の心意気なのです。
☆法的構造
* 三陸沿岸を泳ぐサケは無主物であり、そもそも誰が採るのも自由。これが原則であり、議論の出発点です。
* 憲法22条1項は営業の自由を保障しています。漁民がサケの漁をすることは原則として自由(憲法上の権利)なのです。
* とはいえ、営業の自由も無制限ではあり得ません。合理性・必要性に支えられた理由があれば、その制約は可能です。このことは、合理性・必要性に支えられた理由がなければ制約できないということでもあります。
* 具体的には、
漁業法65条1項は、「漁業調整」の必要あれば、
水産資源保護法4条1項は、「水産資源の保護培養」の必要あれば、
特定の漁には、「知事の許可を受けなければならない」とすることができます。
* これを受けた岩手県漁業調整規則は、サケの刺し網漁には知事の許可を要すると定めたうえ、「知事は、『漁業調整』又は『水産資源の保護培養』のため必要があると認める場合は、漁業の許可をしない。」と定めています。
* ということは、申請があれば許可が原則です。不許可には、県知事が「漁業調整」または「水産資源の保護培養」の必要性の具体的な事由を提示しなければなりません。
☆キーワードは「漁業調整」と「水産資源の保護培養」です。
* 「水産資源の保護培養の必要」は、科学的論争として問題はありません。
本件許可をしても、水産資源の保護培養に影響はあり得ません。
* 問題は、極めて不明瞭な「漁業調整の必要」です。そもそも何を言っているのさえよく分かりません。
4.漁協優先主義は漁民の利益を制約しうるか
☆定置網漁業者の過半は漁協です。被告の主張は、「漁協が自営する定置営業保護のために、漁民個人の固定式刺し網によるサケ漁は禁止しなければならない」ということに尽きるものです。県政は、これを「漁業調整の必要」というのです。
☆ しかし、「漁業調整の必要」は、漁業法第1条が、この法律は…漁業の民主化を図ることを目的とする」という、法の視点から判断をしなければなりません。
弱い立場の、零細漁民の立場に配慮することこそが「漁業の民主化」であって、漁協の利益確保のために、漁民の営業を圧迫することは「民主化」への逆行です。
☆ 漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではない。
主客の転倒は、お国のための滅私奉公と同様の全体主義的発想ではないでしょうか。
☆ 被告岩手県は、最近になってこんなことを言い出しています。
・各地漁協などが多大な費用と労力を投じた孵化放流事業により形成されたサケ資源をこれに寄与していない者が先取りする結果となり、漁業調整上の問題が大きい
・解禁に伴い膨大な漁業者が参入し一挙に資源が枯渇するなどの問題が生じる
☆ これは、定置網漁業完全擁護の立論です。少しでも、定置網漁業の利益を損なってはならないとする、行政にあるまじき偏頗きわまる立論と言わねばなりません。
☆ 「漁協が孵化事業の主力になっているから、成魚の独占権がある」というのは、暴論です。むしろ、孵化事業の大半は公金の補助でまかなわれているのですから、その成果を独占する権利は誰にもありません。漁協も漁民も。定置も刺し網も。そして漁果を得た者は平等に応分の負担を。というのが、あるべき姿です。
☆ 軽々に、漁民の切実な漁の自由(憲法22条の経済的基本権)が奪われてはならないのです。
(2017年8月31日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.08.31より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=9102
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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