私の「圧倒的に説得的でない浅井論文」というタイトルの「交流の広場」への投稿に関して、山椒魚氏と熊王氏からコメント、質問をいただいているので、それにお応えしたい。
まずその前に、ちきゅう座での投稿者間の議論が余りにも乏しく、それに一石を投じようと危険球まがいの私の投稿に注目していただきそれなりに反応を頂いたお二方には深く感謝申し上げたい。
そこでまず前後するが熊王氏からの「法の不遡及の原則について」に関して私の見解を申し上げておきたい。
熊王氏は法の不遡及の原則には「例外」があるとして「参議院法制局 法制執務コラム ◆遡及適用と経過措置 」の参照を求められ、「原則」に対して「例外がある」ことを指摘されている。もちろん「原則」に対して「例外」があるのは当然のことなので、これに異を唱えるつもりは全くない。しかしながら、それを踏んだうえで、熊王氏が「国際人権規約の遡及適用については、これを禁じる法理は無く、」と続けられるのが全く私の理解の外にある。
というのも何も「法の不遡及の原則」は日本の法体系固有の規定ではなく、独裁者の恣意だけが専横する全体主義国家を除けば、近代法を順守する国家であれば普遍的に規定されているもので、ましてや言語・文化の異なる複数国家間での法規定については必ず踏まえるべき原則であると考えられるからだ。
もっと端的に指摘すれば、いかなる法令、それが一国内であろうと国際間のものであ
ろうと、かならずその法令には成立日時と施行、発効日時が規定され、仮に例外的に遡及適用があるならば、経過措置あるいはその旨とその遡及時点まで規定してはじめて成立するものだからだ。国際人権規約もこれに則っているのは当然で、さらに成立条件には批准国数の規定もあったのではないか。
熊王氏は、第二十五条と第四十七条にある「この規約のいかなる規定も、すべての人民がその天然の富及び資源を十分かつ自由に享受し及び利用する固有の権利を害するものと解してはならない」を引いて「遡及適用に依る救済措置を忌避すべき事由を同条約中に見出す試みをも禁じたものと解する他はありません。」と解釈し、国際人権規約が遡及適用法であることの根拠として挙げているのだが、先の「参議院法制局 法制執務コラム ◆遡及適用と経過措置」で「たとえ既得の権利や地位を侵害することがあっても」とあるので、遡及適用で生じる不利益をこの第二十五条と第四十七条で救済すべしと規定していると「解釈」されたものと思われるが、むしろ例外的にでも行われる遡及適用の眼目は、「たとえ既得の権利や地位を侵害することがあっても」という点にあるのであって、これを「救済する」などとしては、その法令は全くの尻抜け法になってしまわないだろうか。
例えば法人税を10%から30%にある時点から引き上げるとする法令が成立し、遡って過去10年間の法人税も30%として支払うことが規定されたとして、その不利益の差額20%を救済するなどとしたら、この法令の遡及適用は空文に等しくなり、混乱を呼ぶだけ不合理極まりない法令だろう。
第二十五条、四十七条の文面は、単に人権規約によって、不遡及か遡及かに関係なく人間のもう一方の自然権を侵害してはならない、と規定しているだけのことと考えられる。
国際人権規約は確か「死刑の廃止」が規定されていた思うが、これを遡及適用するとは一体どういう事態のなのか、私にはまったく想像もつかないが。はてさて・・・・
続いて、山椒魚氏からの「質問」について。
質問中でセネガル出身の元フランス軍人による軍人年金差別の問題に対して、国際人権委員会が国籍による差別であるとの「見解」を採択、フランスがこれを受けて是正措置と取ったのは「遡及(訴求ではない)適用」ではないかという質問を投げかけておられる。
この経緯は残念ながらちょっとぐらいネットで調べても委細は判らないが、年金差別はセネガル出身者に限られたことではなく、旧フランス植民地出身の元フランス軍人すべてに該当しており、差別はおろか年金支給自体が打ち切られ、フランスが国際人権規約を批准するはるか昔から訴訟沙汰となっていた。長年の裁判の末最終的にはフランス国務院で支払いを命ずる判決が出されている。にもかかわらずフランス政府はそれに従わず、支給を拒絶し続けたため国際的な非難も高まる中、人権規約委員会の「見解」が出されたようなのだ。
従って、「見解」によって国務院の「判決」が出されたのではなく、フランス政府が拒絶を続けてきたかたくなな態度が、「見解」という外部からの圧力によって覆された、という次第ではないのか。
ただし、この一件については私も経緯詳細不明で以上はおおざっぱな推測に過ぎないので、もしかすると例外的な「遡及適用」なのかもしれない。「声明」を出された日弁連にその点につき問い質されるのがよいかもしれない。
大体以上がお二方への私のお応えだが、私の本意は坂井氏のように「圧倒的に説得的」などと内輪ボメしているだけでは、日韓関係紛糾の一方の当事者である日本政府への切込みには全くならない、敵がどのようなカードを切ってくるのかそれを想定し、かついかに切り崩すのか、その議論をもっと深めるべきではないか、という提起をしたかったというところにある。日本政府が不遡及の原則というカードを切る可能性はあまり高くはないかもしれないが。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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