2014年11月19日
実態にもとづく検証が必要:引き下げの2つの理由
政府与党は年末の法人税制改定にあたり、国と地方を合わせた法人税の実効税率の引き下げに向けた議論を進めている。具体的には来年度から数年で現在の34.6%を20%台まで引き下げるという。
こうした法人税率引き下げの理由として政府は、①わが国の立地競争力を高め、わが国企業の国際競争力を強めること、②利益を上げている企業の再投資余力を増大させ、収益力改善に向けた企業の取り組みを後押しすること、の二つを挙げている(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014年6月24日;政府税制調査会「法人税の改革について(案)」2014年6月27日)。しかし、これらが法人税を引き下げる根拠として正当かどうか、事実にもとづいて検証してみたい。
なぜなら、わが国の国際的立地条件や企業の競争力が他の先進諸国と比べて劣後しているとしても、法人税率の高さがその主たる原因なのかどうか、さらに言えば、そもそもわが国の法人税率は国際比較で高いのかどうか、事実で検証しなければ議論を先へ進められないからである。
また、わが国企業は法人税率を下げて財源をねん出しなければならないほど再投資余力に事欠いているのかどうかも事実による検証が必要である。
法人税の高さが投資の阻害要因か?
――わが国企業の場合――
わが国の法人税率が国際比較で高いかどうかを確かめる前に、そもそも、法人税の税負担の多寡が世界市場でのわが国の立地競争力のネックになっているのかどうかを検証しておきたい。
ここで政府が言わんとするのは法人税率を引き下げることによってわが国企業の投資の海外逃避を抑制しようということである。では、実際に、わが国企業が海外投資を決定する際に税制(税率や税の優遇措置)をどの程度考慮しているのだろうか? この点を確かめるうえで参考になるのは経産省『海外事業活動基本調査』が実施した、わが国の海外進出企業の意識調査である。
わが国企業の海外投資決定のポイント(2011年度)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaitoushikettei_point_nipponkigyo.pdf
これを見ると、わが国の多くの海外進出企業が海外投資を決定する際に重視しているのは「現地の製品需要」(73.3%)である。「他の日系企業の進出実績」(32.2%)、「進出先近隣諸国での製品需要」(26.4%)、「良質で安価な労働力の確保」(23.5%)がこれに続き、「税制融資等の優遇措置」を挙げた企業は複数回答可でも9.7%に過ぎない。ここから、税制のいかんは海外投資の是非を判断するポイントとしてはきわめて弱い要因であることがわかる。
現に、わが国では1987(昭和62)年から1990(平成2)年にかけて法人税の基本税率が43.3%→42%→40%→37.5%へ段階的に引き下げられ、1998(平成10)年から1999(平成11)年にかけて37.5%→34.5%→30%へと引き下げられた。さらに、2011(平成23)年の税制改正では30%から25.5%へと引き下げられた。その結果、国、地方を合わせた法人実効税率は40.69%から35.64%へと下がった。
では、この間のわが国企業の海外生産比率はどのように推移したか?
わが国企業の海外生産比率の推移
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaiseisannhiritu.pdf
これを見ると、海外生産比率は、国内全法人ベースでは1990年から2011年にかけて、法人税基本税率は37.5%から30%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は下がるどころか、6.0%から18.0%へと3倍に上昇している。
海外に事業展開している製造業の場合も、1990年から2013年にかけて法人税基本税率は37.5%から25.5%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は13.7%から34.6%へと約2.5倍に上昇している。
国内生産か海外生産かの意思決定はさまざまな要因の合成作用で決まるとはいえ、上のデータを見る限り、法人税率の大幅な引き下げはわが国企業を国内生産に回帰させたり、海外生産を抑制したりする効果は全く果たしていないことがわかる。
法人税の高さが投資の阻害要因か?
――海外企業の場合――
次に、海外企業から見て、法人税率の高低が、どの程度、わが国への投資の決定要因として作用しているかを確かめてみたい。
次の表は海外の企業が日本のビジネスの「強み」と「弱み」をどのようにとらえているかを調査したものである。
海外企業から見た日本のビジネス環境の「強み」と「弱み」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nippon_no_bisineskankyo.pdf
これを見ると「強み」として挙げたトップ(約40%の企業)は「市場の大きさ」であり、「社会の安定性」、「高度人材の獲得」などが続いている。他方、「弱み」のトップは「事業活動コスト」で、「英語でのコミュニケーション」、市場としての成長性」がこれに続いている。注目すべきは「税制・規制の透明性」が「強み」の12位、「弱み」の9位にとどまっていることである。しかも、これは「税制・規制の透明性」であって「法人税率の水準」だけを指すものではない。このように考えると、もともと法人税率の高低は海外からの対日投資を左右する要因としては有意なものとはみなされておらず、法人税率の引き下げで対日投資を呼び込むという政策判断が実態とマッチしたものとはいえないことがわかる。
また、対日直接投資の推移を示した次のグラフを見ると、わが国への直接投資(ネット)は法人税率が37.5%から段階的に25.5%まで引き下げられた1996年から2006年にかけて「流入」が上昇し続けている。これだけを見ると法人税率の引き下げの海外資本誘因効果であるかのように見える。しかし、同じ期間中、「流出」も上昇し、ネットではマイナス(資本の引揚げ)となっている。
同様に、2006~2007年にかけて「流入」が「流出」を上回る規模で急騰し、ネットでもプラスになっている。そこから、2005年になされた法人税率の引き下げ(34.5%→30%)の効果とみなされるかも知れない。しかし、その後、2011年まで法人税率(基本税率)は30%台のままだったにもかかわらず、2008~2009年にかけて「流入」が「流出」を上回る勢いで急落し、ネットではマイナスとなっている。
対日直接投資の実績の推移
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tainai_chokusetutoshi_no_suii.pdf
このことは、法人税率の引き下げが対日直接投資にほとんど影響を及ぼしていないか、影響を及ぼしているとしても一律に一定の方向に(「流出」の抑制、「流入」の誘引)及ぼすものではないことを示している。
以上見てきた事実からすると、わが国の立地競争力という観点からみて法人税率の水準はわが国の立地競争力と無関係か、他の要因との対比で微々たる影響しか及ぼしていないといえる。よって、わが国の立地競争力の向上のためとして法人税率を引き下げるのは的外れな政策と言って間違いない。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載 http://sdaigo.cocolog-nifty.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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