ロシア軍のウクライナへの侵攻に対し、西側諸国がウクライナに対し行っている大規模軍事支援や経済制裁を諒としない人が、リベラルや左翼系に属すると思われる人に少なからずいる。国連憲章や国際法に照らして、主権と領土保全を擁護する立場からウクライナへの支援を行なうのは当然と大方は考えるであろうが、しかし今回のウクライナ戦争においては、一種のねじれが生じており、そう簡単ではない。ベトナム戦争に反対するアメリカの知性を代表した言語学者のチョムスキーも、この戦争はその継続に利益を見出すアメリカの軍需産業が糸を引いており、彼らを利するだけという視点で、ウクライナの防衛戦争を単純に正義とは見ていないようだ。ベトナム戦争以降に起こった、NATOの民族紛争への武力介入、アフガン戦争、イラク戦争など国際法理からみての負の連鎖が、リベラル派や左翼内部に見解の相違をもたらしているものと思われる。
そこで、この問題圏に切り込んだインタビュー記事が、ドイツの日刊紙「Tageszeitung」 (10/16)に掲載されたので、以下翻訳紹介を行なう。
ロシアの戦争に国際法専門家、「それは我々のダブルスタンダードのせいだ」Völkerrechtler über Russlands Krieg:„Das ist unsere Doppelmoral“
――なぜ「グローバル・サウス(南半球)」の多くの国々は、ロシアへの制裁を支持しないのだろうか。国際法の専門家であるカイ・アンボス氏は、西側諸国が犯した過ちのせいでもあるとする。
国際法の対象外:2003年のイラク侵攻Photo: Ilkka Uimonen/Polaris/laif
Taz(インタビュアー): アンボスさん、あなたの新著では、米国を中心とする西側諸国が国際法の問題で信頼性に欠けるため、ウクライナ政策への世界的な支持が得られないと主張されていますね。もう少し説明を。
カイ・アンボス: 国連総会は今週、ロシアに対する新たな決議案を可決しましたが、中国、インド、南アフリカを含む40カ国が依然として反対票を投じたり、棄権したりしています。143カ国が賛成票を投じましたが、よくみると、制裁や武器提供、国際法執行などの措置に参加して、ウクライナ政策を積極的に支持する国は40カ国程度にとどまります。それはNATOと他のいくつかの国です。(ロシアによる)土地の強奪や大規模な空爆によって絶えず悪化している、国際法に対するこのような目に余る侵犯を前にして、どうしてそうなるのでしょうか。 その原因の一つは、ルールに基づく国際法秩序を宣言する際に、我々をして信頼を失わせるようにみえる二重基準にあります。
Taz:どういうことですか。
カイ・アンボス: ロシアによるウクライナへの侵攻は、重大な国際法違反であるという西側諸国の主張は正しいのです。しかし、規範の侵犯を嘆き、スキャンダル扱いにさえするのであれば、自分自身がその規範を守るべきなのです。欧米は必ずしもそうではありません。
Taz:具体的にどのような国際法違反を考えているのですか?
カイ・アンボス: ひとつは、武力行使の禁止に違反するもの、例えばイラク侵攻は、国連安保理決議に基づくものでも自衛権に基づくものでもなく、国際法上違法とされるものです。周知のように、ドイツはシュレーダー元首相の時代にこれに反対を表明しており、そのかぎりでは欧米全体というわけではなかった。さらに私は、いわゆる対テロ戦争の一環としての域外での処刑について特に考えています。最近では、米国の無人機によるカブールでのアルカイダの指導者アルザワヒリの処刑です。この処刑は、ベルリン高等裁判所による殺人の有罪判決につながった、ベルリン動物園でのグルジアの反体制派の処刑と類似しており、二重基準を示しています。ロシアもアメリカも、テロリストと断定した人間を殺す権利を持ち出しているのです。
Taz:これらの国際法違反は、それぞれ異なる性質を持っています。独裁者の打倒と国土の一部分の併合とでは動機が違います。アルカイダのトップテロリストと、動物園での殺人事件の被害者のようなベテラン民兵司令官とでは違います。
カイ・アンボス:そうです、少しずつ違いがありますし、私の本の中でもそれを認めています。しかし、原則的には何の違いもなく、国際法の違反行為そのものが問題です。この観点から、わが国の国際法違反は、ロシアのそれと同様に容認できないのです。
Taz:アメリカとそれ以外の西側諸国を区別する必要があると、ご自身でおっしゃっていましたね。その意味で、ドイツは国際法を信頼できるかたちで擁護するものであると主張することはできないのでしょうか。
カイ・アンボス: 2022 年 2 月 24 日以前は、同盟内で議論が生じる状況がまだありました。 イラク戦争のほかにも、リビアの件では、グイド・ヴェスターヴェレが外務大臣として軍事行動を拒否しました。そして、このような論争は、友人同士の間で公然と決着がつけられました。しかし、今、私たちが目にするのは―特に緑の党の外相の場合、驚くべきことですが―国際法の明白な違反に完全に沈黙してしまう光景です。それどころか、ついこの間米国の大学でのスピーチで、バーボック外相は国際法を順守する上でのロールモデルとして米国を称賛したのです。アルザワヒリの殺害について、誰一人この連邦政府の政治家から聞いたことがありません。 少なくとも外交的に懸念を表明することはあってしかるべきです。
Taz:沈黙は必ずしも同意を意味するものではありません。
カイ・アンボス: 次に、イエメン戦争でのサウジアラビア連合に承認されたばかりの武器輸出を取り上げましょう。これは完全に偽善的です。1年にわたる戦争のために武器を供給し、その中で戦争犯罪が全面的に行われているのです。
Taz:そのような問題のために西側のウクライナ方針が無制限の支持を見つけられないと、なぜ言い切れるのですか。 他の動機も考えられます。
カイ・アンボス: もちろん、もうひとつの動機は、植民地時代の過去です。ロシアは、ソ連がこれらの国々の反植民地解放闘争を支援したのに対し、我々は一部植民地主義勢力として独立の努力にブレーキをかけたというカードを、極めてエレガントに切って見せているのです。
Taz:ロシアにも植民地主義や国際法違反は存在しました。
カイ・アンボス: ロシアはもちろんアメリカと同じ帝国主義国家であり、歴史的に見ても常にそうでした。この点で、南アフリカのような国を見て、「ロシアはアパルトヘイトとの戦いで支援してくれたから反対票は入れられない」と言うのは、ノスタルジックな理想化というものでしょう。 そのような国が、国連安全保障理事会や国連総会での投票のレベルで西側諸国に加わっていないことは、なおさら驚くべきことです。
Taz:それも経済的依存などのさもしい理由によるものではないでしょうか。
カイ・アンボス: はい、もちろん他の要因もあります。ロシアが支援する独裁政権があります。ベネズエラ、アフリカのエリトリアなどの政権がいい例でしょう。それにしても、なぜ40カ国以上の制裁政策の支持を得ることができないのか、考えなければなりません。 ところで、このことに関連して私はいつもロシアを孤立させてきた国際社会のナラティブに、非常に心を痛めています。これは、この点でまとまっていないグローバル・サウスに対する恒久的な侮辱なのです。私たちは世界でも国際社会でもありません。
Taz:欧米が信頼を回復するために何ができるのでしょうか。結局のところ、イラク戦争はなかったことにはできません。
カイ・アンボス: ドイツのような国家が、国際法の一貫性をより強く追求することができるのか、という問題です。さきほど言ったように、最初は超法規的処刑に対し立場を明らかにすることかもしれません。確かに、ドイツ政府が現実の政治的な観点からこれを非難するのは難しいかもしれない。しかし、それにもかかわらず、我々の信頼性を高めることになります。中長期的には、私たちヨーロッパ人が、軍事面でもアメリカに対してより大きな自律性を獲得していく必要があります。 この点でも、ウクライナ戦争は確かに一つの後退です。
Taz:ウクライナを支援するために、どのような結論を出すのでしょう?欧米が一貫した行動をとっていなくても、彼らが正しいと思いますか。
カイ・アンボス: それは難しい問題ですね。常に武器を増やせという要求があり、それが無条件に供給されるとなると、私は懐疑的になる。 第一に、これらの兵器が最終的にどちらの手に渡るかわかりません。 第二に、ある時点で道徳的義務があるかどうか、また交渉を開始することが政治的に意味があるかどうかを吟味する必要があります。この戦争はいつまでも続くものではありません。ある時点で、ウクライナにとっても、特に人的被害やその他の損害などのコストが大きくなりすぎ、またエスカレーションの危険性を制御できなくなる可能性があります。交渉は降伏を意味するのではなく、合理的な考慮の結果である場合もあります。
Taz:現時点では、ウクライナにそのような心変わりの兆候は見られず、ロシアの軍事的優位性も見られません。
カイ・アンボス: 私は軍事専門家ではありませんが、結局のところ、すべてが非常に仮説的であり、事態がどのように展開するかはわからないのです。もちろん、核の脅威が恐喝の可能性を秘めていることは承知していますが、総合的に判断し、戦略的に考える必要があると思います。
Taz:例えば、ロシアが交渉による和平でクリミアの支配を維持し、(そういう形で)国際法違反の報償を受けることになれば、国際法はいっそう傷つくのではないでしょうか?
カイ・アンボス: 私もそのように見ています。もちろん、このような大規模な規範違反は、平和条約の中で事後的に合法化・正当化されるものではありません。領土の譲歩は、不可逆的なので、せざるを得ないものの、法的な効力を持たないような方法で定式化しなければなりません。そんな時、外交術が真価を発揮するのです。
Taz:プーチンがウクライナでの犯罪について、いずれ法廷で答えなければならなくなる可能性はあると思いますか?
カイ・アンボス: 最も正当性(正統性)のある裁判所は、ハーグの国際刑事裁判所でしょう。もしそこがプーチン氏の逮捕状を発行する日が来たら、誰が効果的にプーチン氏を逮捕できるかが問題となります。彼がロシアで統治している限り、それはほとんど不可能でしょう。アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンのモサドに誘拐されたように、彼は一種の奇襲作戦でクレムリンから誘拐されなければならないでしょう。それは現実的ではなく、国際法上問題がないわけでもありません。だから私たちにできるのは、政権交代を願うことだけなのです。
※カイ・アンボス氏は、ゲッティンゲン大学の刑事法、刑事訴訟法、国際刑事法の教授である
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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