海外論説紹介――ウクライナ戦争をどうみるのか(5)

地球環境の劣化が容赦なく進行し、破滅の臨界点が問題提起されるまでにいたって、脱炭素社会のための未来設計がようやく真剣に論議されつつあるかにみえた。しかしこの2月、ロシア軍によるウクライナ侵略戦争が始まった。通常兵器以外に核とエネルギーを戦争手段とするプーチンのおかげで、核戦争の危機がにわかに浮上するとともに、たとえば、ドイツは原発からの撤退を遅らせ、日本は原発の再延長や新設すらもが政府方針となりつつある。温室効果ガスの元凶たる石炭の需要もにわかに高まってきた。戦争は、環境への配慮を二の次三の次にし、国際社会のこの三十年間の努力が水泡に帰すかのごとくである。
近年の世界市民的努力によって、環境問題におけるエコロジーという中心概念においては、人権・自然権・動物(福祉)権が三位一体で捉えられ、啓蒙期から二十世紀までのヒューマニズム(人間第一主義)の狭さを乗り越えるべく、理論的研鑽が重ねられつつあった。ところが、ロシア正教やロシア帝国の歴史的文脈にはよくフィットするのであろう、独裁者プーチンは、他を条件づけ制約するが、自己だけは絶対的に自由な存在、自己原因として、神のごとく自己を誇大妄想した。貧相な肉体まで改造してマッチョな指導者を自己演出する。そして野放図な人間欲望を制御しようとする世界の動きに逆行して、ひとりトランスヒューマン(人間越え)に成り上がろうとしたのである。
かくしてプーチンの始めた戦争は、ここ数十年の国際社会の努力を台無しにしており、戦争犯罪や人道に反する罪だけでなく、文字通り人類どころか惑星的規模の破壊という重罪を犯そうとしている。プーチンが、たとえイカルスのごとく失墜しても、彼が残した破壊の後はそう簡単に修復できるものではない。この戦争のもたらす反人間性、反自然性をいま改めて凝視すべきであろう。
ドイツの日刊紙「Tageszeitung」(10/19)は、さすがドイツというべきか、ウクライナ戦争を環境問題の視点からとらえ特集している。以下、ルポルタージュ全文ご紹介したい。
https://taz.de/Umweltschaeden-im-Krieg-in-der-Ukraine/!5885819/

ウクライナ戦争における環境破壊:自然の叫び Umweltschäden im Kriegin der Ukraine:Der Schrei der Natur  マルコ・チークvon Marco Zschieck


森にはあちこちにクレーターができ、木々は傷んでいる。黒海のイルカが海で死んでいるが、その理由は誰もよく知らない。ウクライナの戦争は、自然を破壊している。

Ⅰ 国立公園監督官アレクサンダー・ソコレンコ氏の話
自然保護区に入る道は、イルピン川の堰堤を越えて続いている。孤独な釣り人が一人、ダムの横で大物を狙っている。アレクサンダー・ソコレンコは彼を黙殺し、ひたすら狭い金属製の通路を歩いていく。中肉中背で 47 歳の彼は、ホロシイウ国立公園の管理に携わっている。彼は、ロシアの戦争がそこで何をもたらしたかを示したいと思っている。
戦争は多くの命を奪い、何千人もの人々を不具にし、心に傷を負わせた。ロシア軍は住宅地やインフラを攻撃する。最近、発電所や変電所への攻撃が増加している。2月に侵攻が始まって以来、燃料貯蔵所も標的にされることが多くなった。しかし、自然もまた苦しんでいる。戦闘は動植物に損害を与え、毒素は空気、水、土壌を汚染する。その枚挙にいとまなく、しかも、日に日にリストは長くなっていく。

<森の中の塹壕>
侵攻から最初の数週間、2月末から4月初めにかけて、キーウイ(キエフ)の北西郊外は激しい戦闘の場となった。前線とドニプロ川の西岸にある首都との間には、広大な森林地帯が広がっている。この地域には、湿った窪地や空き地が点在している。幹線道路の左右には樹齢数十年の樹木が立ち並んでいる。ここでは特に「Pinus sylvestris」と呼ばれるヨーロッパ・アカマツがよく育つと、ソコレンコ氏は言う。空気が良いので、近年はキエフの中産階級市民が多く郊外に移り住んでいる。水平線の木々の梢の上にアパートのブロックがそびえ立っている。
森の中にある最初の塹壕を見つけるには、長く探すにおよばない。ここはウクライナの兵士が身を潜めた場所だ。 塹壕のへりを安定させる土のうには、場所によってはすでに新芽が生い茂っている。「春は、ここは見違えるようでした」とソコレンコ氏は言う。緑が多くを隠している。しかし、青々とした緑は欺瞞に満ちている。塹壕を掘ると周囲の樹木の根を傷つけてしまう。「これらの多くは、あと数年で枯れ死してしまうでしょう」


森の中の軍車両スクラップ。自然保護区内の多くの木が深刻な病気にかかっているFoto:Serhii Mykhalchuk/Global Images Ukraine/getty images

森の奥へと足を踏み入れると、その次元が明らかになる。数メートルおきに、下草の中に溝や土の要塞の跡がある。深さ2メートル、壁は木で安定させ、木の幹、土嚢、ホイルで覆われている。ウクライナ兵は2月から3月にかけて、ここで何週間も持ちこたえた。場所によっては、缶やプラスチック袋など、生活関連ゴミがまだ転がっているところもある。しかし、これらのシェルターよりもさらに見かけるのは爆発クレーターで、直径約4メートル、深さ約1メートルのものもある。この地域は、大砲や複数のロケット・ランチャーで広範囲に砲撃されたようだ。ウクライナ人を殺しかねなかった砲弾の破片が、木の幹にたくさん刺さっている。ヨーロッパ・アカマツの幹の樹皮が引き剝がされている。真ん中にこぶし大の穴が開いている。「この木はもうだめだ」と、ソコレンコ氏は思う。被害は、数百メートル離れた森の端でより顕著だ。成長したヨーロッパ・アカマツスが5メートルの高さで折れていた。衝撃波でマッチ棒のように折れたのだ。

<森の端にある破壊された家々>
自然保護区への道は、キエフ郊外のイルピンに続く。この道は侵攻の最初の日から争われ、数週間にわたってロシア軍によって支配された。ホストメルへ行く街道沿いの村はずれの建物はウクライナ側だったので、いっそう激しく砲撃された。ソコレンコ氏は破壊された建物を見て、「大きな爆発があったのだろう」と言った。4階建てのビルにぽっかりと穴が開いている。上2階はまるで怪獣に食い破られたような状態になっている。厚いコンクリート桁が斜めに飛び出し、その中の曲がった鉄骨だけで倒壊を防いでいる。
隣の家も大きな被害を受けている。大きな穴はないが、近くの爆発で屋根の構造に火がついたようだ。ファサードの一部が煤けている。無傷の窓はどこにもない。窓の空洞の一部はチップボードで覆われているが、プラスチック・ホイルがはためいているものもある。駐車場には瓦礫が山積みにされている。アレクサンダー・ソコレンコ氏はそのうちの 1 つを指さし、「これは、ファサードの断熱材です。燃えると有毒物質が出ます」と言った。それはおそらく、アパートで炎上したものの多くにも当てはまる。住宅地は激しく砲撃されたようだ。反対側には、屋根が破壊された数軒の家屋がある。火災は緑豊かな中庭の木々にも影響を与えた。針葉を落として、樹皮が異様に明るい色の松も何本かある。「伐採しなければならない」と、専門家のソコレンコ氏は言う。木々は熱に耐えられなかったのだろう。木に砲弾が直撃したのだろう。幹は 6 ~ 7 メートル上で折れていた。さらに数百メートル先の自然保護区では、チェーンソーを使用する必要がある。道路から約 50 メートルほど入った林道を進む。すると、晴れ間のような明るさになる。実はいたるところに木があるのだが、その多くはもう針葉が生えず、枝がなくなっている。この地域は、ロケット・ランチャーで攻撃されたのだ。森の端にある建物が狙われたと推測される。サッカー場ほどの広さのところに、37本の木は死んだも同然という。「ほとんど残っていません」と、ソコレンコ氏は言う。一本の木は途中で折れ、上部は他の木に挟まれている。
自然保護区とその周辺の破壊はほんの一部である。ウクライナ環境省は、定期的に環境被害事例集を発行している。ちなみに9月22 日号では、349 の破壊または損傷したインフラ・ストラクチャまたは産業用施設を取り上げており、そのうち 11 は石炭火力発電所である。「インフラや産業の大規模火災は、有害物質による大気汚染につながる。毒素は風によって広域に飛散する可能性がある」と、指摘している。
また、森林の被害についても言及されている。ウクライナ南部と東部のルハンスク州、ハルキフ州、ドネツク州では状況は最悪である。文字通り、毎日数千ヘクタールの森林が燃えている。黒海沿岸のキンバーン半島の保護地域も影響を受けている。そこでは6月には約300ヘクタールが炎上した。損害の程度を評価することは困難である。この地域はロシアの占領下にある。 しかし、希少種が生息する独特の砂丘景観が、深刻な被害を受けていることは明らかである。

Ⅱ カテリーナ・ポリャンスカ氏(環境保護活動家)の話
――毒素が食物連鎖に入らないように、畑を耕すべきではない――
欧州委員会といくつかの財団の支援を受けている非政府組織NGOの環境人民法Environment People Law (EPL) も、記録を残している。カテリーナ・ポリャンスカ氏はそこで働いている。この日、彼女はソコレンコ氏に同行し、森の中の被害状況を撮影する。「戦争以来、私たちの仕事は大きく変わりました」と、リュックサックを背負い、登山靴を履いた30代前半の彼女は語る。これまでは具体的な保護プロジェクトに従事していたが、今はまず、多数の被害状況を把握することが先決である。そこに住む人々は、有毒な残留物の可能性があるとして警告を受けることになっているという。「毒素が食物連鎖に入らないように、特定の畑は耕作してはなりません」。 長期的な汚染処理が必要だという。「戦後に」とポリャアンスカ氏は言う。
被害範囲は広く、大気、水、土壌の汚染や動植物への被害も含まれます。実際、撃破されたすべての軍用車両は、漏れた液体や火災の残留物により、すでに環境被害をもたらしている。産業用施設は、それに応じて規模も大きくなる。環境保護活動家たちは、地元のネットワークに加え、ソーシャルメディアや衛星画像を利用して探索を行っている。「3つか4つのソースから証拠が見つかれば、それは検証されます」と説明する。コストの関係で航空写真はあまり高解像度でないことが多いので、あくまで検索の前段階として利用する。「特に、問題のあるサイトにアクセスできないときには重要です」NGOは2015年からこの作業を経験しており、「それ以来、土壌サンプルの分析も行なっています」と、ポリャンスカは説明する。たとえば、特定の種類の武器を使用したかどうかは、通常の兆候でわかる。

砲撃の後の火災。有害物質はこのように放出されることが多いFoto: Pavlo Palamarchuk/imago
その場合、ヒ素、チタン、鉛、銅など、土壌中の金属化合物の値が増加する。それらは雨によって水の循環に溶け込む。他方、大気汚染は主に、燃料貯蔵所やショッピング・センターなどでの大規模な火災の結果である。彼女は写真を見せる。ウクライナ北部の州都チェルニーヒウにあるショッピング・センター、またはその残骸である黒焦げの鉄骨がそこには写っている。会場には、たくさんのプラスチックがあった。また、家電量販店の商品もあった。数か月たてば、どの汚染物質が放出されたかを正確に突き止めることはほとんど不可能であろう。「灰はすでに洗い流されています。ろ過されずに下水道を経由して川に流れ込むのです」
ポリャンスカ氏は、ソコレンコ氏の森を訪れて、自分の印象を確かめたいと思うが、地雷の危険があるため、不可能だという。しかし、このエリアでは、危険はないことがわかるが、不発弾の可能性は排除できない。一行が小道に沿って弾丸の歪んだ殻に出くわすまで、それほど時間はかからない。空の、つぶれた缶は、おそらく多弾ロケット・ランチャーからのものであると思われる。
ポリャンスカ氏は、研究室での分析のため残骸を梱包する。イルピン近くの森は、それほど大規模に焼けてはいないが、その存続が憂慮される。この戦争でどれほどの木が枯れたかはまだ不明だが、数千本にはなるだろう。「ただし、このまま森が再生するかどうかは、気候の危機もあるからどうでしょうか」
同省の報告書では、黒海とアゾフ海の動植物への被害にも言及している。 アゾフ海のマリウポリ地域で魚とイルカの大量死があったのだ。これが示すのは、海面のインフラ・ストラクチャーや停泊中の船舶への攻撃の結果として、海水が汚染されたことなのだ。

<黒海におけるイルカの死>
ヴラディスラフ・ミハイレンコ氏は、黒海の生態系への被害に取り組んでいる。状況を説明するために、彼は南の郊外のビーチで話したいという。このあたりは一戸建て住宅が多く、近年集合住宅も数棟建てられた。鮮やかな色の海水パンツを履いた男性が、日傘を差している。実は、海水浴は地雷の危険があるため、禁止されている。しかし、数十人の地元住民は、また暖かくなってきたので、秋であっても我慢できないのだ。27歳のヴラディスラフ・ミハイレンコ氏は、何かを教えたいと思っている。Tシャツにジャケット、レザーバッグを身につけ、浜辺の小道を歩く。行きつくところで、掘削機がビーチホテルの棟を解体していた。この建物は、5月にロシアのミサイル攻撃で破壊され、火事になったのだ。「オデッサは、これまで幸運に恵まれてきた」と、ミハイルエンコ氏は総括する。確かに、港近くの燃料倉庫など、市街地にも何度かミサイル攻撃があった。しかし、海水の大きな汚染にはいたらなかった。「測定値には異常な変動は見られません。また、見た目の印象も水質の良さを物語っています。いつもの何十万人もの観光客がいないため、海岸の地面はあまり荒らされていません。しかし、ロシア軍の侵攻が始まってから、研究者だけでなく地元住民も心配な発見をしている。海岸には、イルカなどの海洋哺乳類の死骸が何度も打ち上げられている。これは開戦前にも起こっていたが、その範囲ははるかに小さかった。以前は、黒海沿岸全体で年間約 10 頭のイルカの死骸があった程度だ」と、ミハイレンコ氏は回想する。今年はすでに700例以上が報告されている。「報告はウクライナ沿岸からだけでなく、ブルガリア、ルーマニア、トルコからものもある」。ロシアの支配下にある沿岸地域でも、状況はおそらく変わらないだろう。海洋哺乳類は、生態系の病理の初期の指標と考えられる。「彼らは生息地の変化に非常に敏感なのです」と、 ミハイレンコ氏は言う。死骸の数がこれほど増えているということは、何か途轍もないことが起きていることを示している。しかも、死んだイルカのすべてが浜辺に打ち上げられるわけではない。悲観的な見積もりでは、死んだ動物のわずか 5% しか気づかれていないと想定される。「私たちはほんの一部しか見ていない」。発見の多くは、住民や海岸をパトロールしている兵士たちから報告を受けたものだ。「海のそばで、海とともに暮らすのだから、とても心配です」
ロシアはまた、黒海からウクライナに対して戦争を行っている。しかもウクライナにはまったく海軍がないので、狭い意味での海戦はなかった。しかしオデッサの南西にあるスネーク島周辺で戦闘があった。そこがロシア軍に征服され、後にウクライナ人によって解放されたとき、飛行機によるロケット弾と爆撃があったのだ。これらの爆発が、海洋生物に被害を与えたことが考えられる。軍艦から海に入る化学物質や汚染された水についても同様である。さらに、ロシアは潜水艦を使ってロケットや巡航ミサイルをウクライナ本土に向けて発射している。すべての打ち上げには、多くの騒音と汚染が伴う。


「私たちは、イルカの大量死の原因として、音波が最も可能性が高いと見ています」

軍艦はソナー装置を使って、水中の物体や他の艦船を探し出す。音波は水中を伝播する。物体に当たると反射する。エコーが到達するまでの時間から、距離を割り出すことができる。使用する技術次第だが、範囲は数十キロメートルに及ぶ。音波はあらゆる方向に広がるため、影響を受ける範囲が広がる。イルカも同様の仕方で水中で方向を決めるので、これは問題になる。上あごの上には、脂肪と結合組織からなる器官、いわゆるメロンがあり、この器官から音波を発している。エコーは下顎を経由して内耳に伝わる。動物は、コミュニケーションと方向付け、および水中の獲物を見つけるためにバイオソナーを使用する。動物にとって、(艦船による人工的な)ソナー装置からの波は地獄の騒音と同義である。「方向感覚は永久に失われる可能性があります」と、ミハイレンコ氏は説明する。動物がどのように死んだのかは、まだ調査されていない。いくつかの標本は、実験室でのテストのためにキエフや海外に送られた。動物は狩りができなくなれば、餓死するものと思われる。この説は、死んだ動物の大部分が、春のロシア艦隊の主な活動期に打ち上げられたという事実によって裏付けられている。
黒海には、カマイルカ、ハンドウイルカ、スナメリの 3 種のイルカが生息しており、いずれもが絶滅危惧種である。ウクライナ戦争前から正確な生息数を把握するのは困難だった。黒海には約30万頭の海洋哺乳類が生息しており、そのうちイルカは約10万頭と推定されている。通常は上空から観察し、その数を推定する。2019年は、ウクライナ、トルコ、ブルガリア、ルーマニアからの参加者による共同研究があった。しかし、この研究は戦闘が始まって以来中断している。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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