「世界は100年来の大変動の局面にあり、国際情勢は複雑で目まぐるしく変化している。改革・発展・安定、内政・外交・国防、党・国家・軍の統治が直面するリスク・挑戦の厳しさはかつてなかった」― これは、習近平・中国共産党総書記が第19期第4回中央委総会(4中総会 10月28-31日)=写真 人民日報(11月1日一面)=で明らかにした現状認識である。習は「リスク・挑戦は国内から来るものもあれば、国外からのものもある」とも述べ、米中対立の激化や経済減速、香港大規模デモなどを念頭に、共産党の一党支配がかつてない風波にさらされている危機意識をあらわにした。建国70周年と天安門事件30周年という節目の今年、欧米からの批判にさらされる「一党独裁」とは何か。4中総会での議論に触れながら、共産党の論理に沿ってその一端を論じたい。
香港問題を重視
中央委員会総会が開かれたのは、2018年2月の3中総会以来1年8か月ぶり。米中対立激化と経済減速、香港大規模デモの「三大課題」に、習近平指導部がどう対応するかが最大の焦点だった。大会前に予想された、胡春華副首相と陳敏爾・重慶市党委員会書記を政治局常務委員に昇格させる人事は見送られ、対米・経済政策に関しては特筆すべき変化はなかった。
採択された決定(11月5日発表)は、「国家の統治システムと統治能力の近代化」が主題。まさに「共産党の一党独裁」が議論され、「国内外のリスクと挑戦が明らかに増えている複雑な局面」との現状認識の下で、「安定と発展」が強調されたのである。
総会後に記者会見した共産党宣伝部によると、香港問題は「4中総会の検討・討議の重要議題」だった。抗議活動を統治の問題として正面に据えたのは、天安門事件以来のことだろう。それだけ共産党指導部が香港問題を重視しているかが分かる。
香港問題と「一国二制度」に関する内容とその解説については、脚注注1で詳述する。香港基本法45条と23条注2も脚注での説明をお読みいただきたい。
中国政府は10月末、大手メディアの記者を対象に、習の指導思想の理解度を測るテストを実施し、合格者だけに新規の記者証を発行する方針を決めたという。さらに、インターネットを通じ「不良な思想や文化が侵入」しているとして、青年を対象にした道徳教育強化を通知したとも伝えられる。いずれも香港問題が大陸に波及するのを阻止しようとする「防衛策」である。
「合理的秩序の確立」が目的
習指導部の下で、「国家の統治システムと統治能力の近代化」が初提起されたのは、6年前の第18期3中総会だった。欧米メディアは「統治システムと能力の近代化」を「工業、農業、国防、科学技術」の「4つの近代化」に続く「第5の近代化」や「政治の近代化」と位置付けた。しかし「政治の近代化」とは、欧米的な「民主化」を意味するわけではない。
中国の説明はこうだ。「統治システム近代化」とは、制度のシステム設計を指し、その目的は「公共領域における一連の合理的秩序の確立」にある。一方「統治能力の近代化」は、「執政党が近代的思考を習得し、革命党から執政党へ思考を転換し、より開かれた多元的で包括的な支配概念を確立する」とされる。「制度設計」と説明されると、何となくわかった気になるが、その多くは「精神論」で占められている。具体性に欠いているため、はっきり言って理解するのは難しい。
総会では習が1時間半にわたって演説、「国家の統治システムと統治能力の近代化」を議題に取り上げた理由について(1)2021年の共産党創立100年までの小康社会完成と、2049年の中国成立100年までの「近代的社会主義強国」実現のための重大任務(2)新時代の改革開放の前進を図る上での根本的要求(3)リスク・試練に対応し主導権をとる保証―の3点を挙げた。
総会が採択した「決定」は、全文6000華字。党の指導、政治、経済、軍事、外交など15分野で「党中央の権威と集中的な統一指導」を全面的に強化する方針が示された。習によると、今年4月から起草作業に入り、党内外に広範な意見・提言を求め、9月末の締め切りまでに約1700件余りの修正意見が寄せられたという。
習が「優れた提言」として挙げた7項目の一部を紹介すれば①法治による全面的国家統治を増やす②科学技術制度の整備を際立たせ強調する③食糧安保、郷村振興、農業・農村の優先的発展④人工知能(AI)、インターネット、ビッグデータなど、現代の情報技術手段を生かした統治能力および統治の近代化水準向上―である。
「決定」では、デジタル経済の領域で、既に米国を凌駕する勢いの中国が、今後も国家主導で科学技術を振興し、デジタル経済とデジタル政府作りを推進する姿勢を改めて示した。
建国100年までに「政治近代化」
党の指導思想は①マルクス・レーニン主義②毛沢東思想③鄧小平理論④「三つの代表」の重要思想⑤科学的発展観⑥習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想―が挙げられ、従来と変化はない。写真=1949年10月1日、天安門楼上で建国を宣言する毛沢東=天安門事件以来、共産党は統治の危機に直面する度に、「四つの基本原則」注3をはじめとする原則論を繰り返し強調し、党内引き締めを図ってきた。
今回は、これら指導思想の下で「四つの意識」(政治意識、大局意識、核心意識、一致意識)を強め、「二つの守る」(習の党中央の核心、全党の核心としての地位を守り、習を核心とする党中央の権威と集中統一指導を守る)が強調されるのである。習への権力集中を強め、「引き締め」を図る意思が読み取れる。
「一党独裁」のモデルが描かれているわけではない。米中対立があらゆる領域で激化する中で、統治システムについては、自由・民主の「西側モデル」と、「一党独裁」の「二項対立」から議論されがちだが、共産党は「中国モデル」を提起しているわけではない。
「統治体系と統治能力の近代化」を実現するタイムスケジュールは①2021年の党創立100年までに、制度の一層の成熟・定型化で著しい成果を収める②2035年までに制度をより一層整備し近代化を基本的に実現③2049年の建国100年までに近代化を全面的に実現―とされている。
制度はまだ「成熟・定型化」されていないのだから、精神論が目立ち、理解しにくいのは当然かもしれない。2049年に「近代化を実現」するというのはあくまで目標であり、試行錯誤が続くと考えるべきである。
「富裕化」と監視社会が作る安定
最近、中国を歩くたびに、目に見える変化を実感する。かつて街を覆っていたギスギスとした空気が薄れ、余裕と落ち着きが出てきたのである。北京や上海はもちろん、内陸部や地方都市もそうだ。憎悪が満ちた衝突が繰り返される香港とは別世界である。
バスや地下鉄乗り場で、乗客が先を争って列を乱す光景は減ったし、交通マナーも格段に良くなった。入国管理官や税関職員が向こうから「ニーハオ」とあいさつし、対応は丁寧になった。「『媚中派』のたわごと」と思う人は、自分の目で確かめてはどうか。
変化の第1の理由は、豊かになって社会が安定し「ゆとり」がでてきたこと。そして第2は、顔認証機能の付いた監視カメラだけで、全国に2億台も設置された「監視社会」の効果であろう。
中国ではAI(人工知能)やビッグデータを使って、個人の属性や資産が「信用スコア」として点数化される。スコアが高ければ就職や昇給に有利だし、審査なしで融資が受けられるなど利便性が高まる。
キャッシュレス化が進み、顔認証は入国審査やホテルのチェックインから、ショッピングやチケット購入まで、社会のあらゆる領域に広がっている。漠然とした「相互信頼」が成り立たない中国では、画期的とされる。
抑圧に苦しむディストピア?
一方、犯罪容疑者の特定やドライバーの監視によって、社会の安全性も高まった。日本でも犯罪の容疑者特定に、道路に設置された監視カメラが抜群の効果を挙げている。「プライバシー侵害の恐れ」という批判もあるが、むしろ治安向上のためカメラ増設を期待する主張に、かき消されがちである。
このシステムは、国家・政府が政治的意図から反体制的人物の行動を24時間監視することも可能にする。中国の現状をジョージ・オーウェルの「1984年」が描く「恐怖の監視社会」になぞらえた批判は前からある。「言論の自由」がなく、政府を批判する知識人を力で弾圧する共産党独裁への負のイメージが、それを増幅する。写真=落ち着いた天津旧市街の街並み
その一方、顔認証機能が社会の隅々まで浸透した現状について、知り合いの中国人は「悪用されない限り、安全性や利便性と引き換えに個人情報を提供するのはやむを得ない」と、達観した見方をしている。
梶谷懐・神戸大教授は「幸福な監視国家・中国」(NHK出版新書)の中で、中国の監視社会の推進力を「人々の功利主義」に求める。政府や企業は「最大多数の最大幸福」のため、ビッグデータに基づく制度設計・監視を、共産党という家父長的な立ち位置から行っている、とみるのである。
「平均化できない帝国」
「豊かになり安定した中国社会」と「言論の自由がなく抑圧に苦しむ『ディストピア社会』」。いずれも中国社会の一面だと思う。しかしそれらは、中国全体を表しているわけではない。多民族・多言語・多宗教に加え、先進国と途上国が同居する「帝国」― 中国ほど平均化が難しく、全体像を掴むのが難しい国はない。中国が抱える矛盾のすべてを「一党独裁」から説明しようとすると、それからこぼれ落ちた多くの問題の説明はつかなくなる。
民主的ルールがありながら、民意が反映されない政治、経済格差の拡大、不安定な雇用環境に少子高齢化に伴う福祉など将来不安―。これらの問題の多くは、「民主と自由」を享受しているはずの西側資本主義国家が抱える矛盾でもある。
「一党独裁」はもともと、マレクス・レーニン主義に基づく「プロレタリアート独裁」や「人民民主独裁」に源がある。しかし旧ソ連のほか、北朝鮮、ベトナム、キューバや中南米諸国など、社会主義国家の統治システムの形は、それぞれの歴史的条件や伝統、文化によって異なり、決して一様ではない。中国の社会主義も、市場経済原理を導入した「中国の特色ある社会主義」である。
主権と統一回復こそ存立基盤
中国の「一党独裁」を、歴史的条件の中で形成された建国理念から点検しよう。天安門事件があった1989年は、米ソ冷戦が終結しただけでなく、社会主義陣営の崩壊と分裂の起点でもあった。中国はソ連崩壊から多くを学んだ。単純化して言えば、市場経済化を加速し富裕化によって社会を安定させる一方、政治面では一党独裁の強化である。ゴルバチョフの「ペレストロイカ」(刷新)「グラスノスチ」(情報公開)こそ、国家解体を招いたという「教訓」を引き出したのだった。
国家の「統一と分裂」は、中国建国と共産党の存立に関わるテーマである。香港と台湾はアヘン戦争以来、列強に収奪された領土と主権の象徴的存在である。主権と統一の回復は、党と国家の存立基盤を支える「神聖な任務」なのだ。
「連邦国家論」が提起されて久しいが、台湾統一という建国目標が実現する前には空論に等しい。それが論理的帰結というものである。「偉大な中華民族の復興」というスローガンを、「全球化」が進む世界での「グロテスクなナショナリズムの発揚」と笑うことはできない。それは、途上国の犠牲の上に先進国の地位を獲得した側の、歴史的条件を無視した傲慢と言うべきであろう。
香港の抗議活動を抑えられず、独立の主張を放置すれば、党は「神聖な任務」を放棄することになる。「共産党の指導」と「統一」という核心利益を、自ら手放すことになるからである。分離独立の動きが潜在化しているチベットや新疆ウイグル、さらには台湾「独立」を勢いづかせることにもなる。
武力制圧に出ないわけ
では中国は、「共産党の指導と統一」という核心的利益を守るため、香港への武力制圧を厭わないのか。写真=道路を封鎖するデモ隊に催涙弾が飛び交う WIKIPEDIA= 一党独裁の正当性は、不断の成長による国民生活向上と富裕化が保証している。ことし第3四半期の成長率は6%と、経済の落ち込みが目立ってきた。もはや10%台など二けた成長が期待できる時代はとっくに終わった。
しかし「一帯一路」による新市場開拓と国内経済がうまくかみ合わず、経済落ち込みが国民生活にしわ寄せが及べば、経済・社会の安定は失われ、政治の不安定化を招く。
一方、香港の抗議活動を抑え込むため武力制圧にでれば、天安門事件と同様、欧米を中心に強い非難が巻き起こり、経済制裁も覚悟しなければならない。資本の海外逃避から、「時限爆弾」の債務問題に飛び火するだろう。
習政権が命運をかける「一帯一路」も、「壮大な夢物語」に終わりかねない。習政権はいま香港問題というテストケースで、「一党独裁」の正当性が試されている。その意味では天安門事件以来のジレンマに直面しているとも言える。
4中総会が、米中対立、経済減速、香港問題という難題に直面し「統治システムと統治能力」を改めて取り上げたのは、共産党が難題をうまく処理できない「自己批判」でもある。香港問題では、そこから香港行政長官の選挙方法の見直しや法執行力の強化という、関与強化の方針が打ち出されるのである。
中国は今後も、直接介入は控え香港政府に対応を委ねるだろう。香港問題は米中代理戦争の様相を呈し、大陸の経済問題とも複雑に絡みあう。香港の混乱は、共産党にとって将来の統治の在り方に突き付けられた「啓示」でもある。
独立した権力監視機能を
中国共産党の独裁支配にいくら反対しても、中国は彼らの道を進むだろう。冷戦終結後、一極支配に乗り出した米国は、旧ソ連諸国や中東諸国の「民主化」を進めるためカラー革命を展開してきた。武力で政権を打倒したイラクはもちろん、アフガニスタン、リビアなど、カラー革命に洗われたすべての国で「民主化」に失敗した事実を見れば、「民主」とは普遍的理念ではなく、一つのイデオロギーだったことが分かる。
地球を覆うポピュリズム政治を生み出したのも民主政治システムだし、独裁政治もまた民主システムから生まれたことを考えれば、欧米諸国だって偉そうなことは言えない。少なくとも統治システムは、簡単に輸出できない代物であり、基本的には各国の内政問題である。
中国の例でみたように、「統治システム」はそれぞれ、固有の歴史的条件や伝統、文化を離れて成立しない。
それを承知の上で中国の一党独裁に注文を付けたい。国家権力は必ず腐敗する。それは制度の違いを超えた権力の本質である。4中総会では、「党と国家の監督体系は党の長期執政条件下で自己浄化、自己整備、自己改革を実現する重要な制度保障」と、権力チェックの必要が強調された。しかしそれが目指すのはあくまでも、共産党内の監視機構による「自己浄化」にすぎない。
しかし独立した法支配体系と、メディアを含む独立した監視機能が働かないと、権力の腐敗・暴走は抑制できない。米国を超える大国になろうとする中国に必要なのはまずこれだ。
第二に中国が大国化するにつれ、時に独善的姿勢が目立つ点。どの国の政府も執政党も必ず過ちを冒す。中国も大躍進政策から文化大革命、個人崇拝など、人々の生命にかかわる政策上の誤りをし「自己批判」してきた。外交であれ内政であれ、誤ればそれを謙虚に認めて正す器量を備えてこそ、大国にふさわしいと言うべきである。
中国叩きの諸様相
米国をはじめ西側社会は、中国の市場経済化を歓迎した。歴代米大統領は、経済はもちろん政治・外交面でも対中関与政策を採用した。だが中国が豊かになれば、いずれ自由化・民主化するという期待は幻想だった。トランプ政権が「関与策」を捨て、あらゆる領域で中国と敵対する「新冷戦政策」を採用しているのは、幻滅のがいかに大きかったか、その反動でもある。
中国に少し同情的なのは、米国を中心に世界で巻き起こるさまざまな中国叩きの多くが、
1、中国の主権と内政に関わる問題
2、米中対立の延長としての中国叩き
3、AI監視社会の功罪
の三つが混在して取り上げられ、論じられている点である。どれもつながっているが、分けて考える必要があるだろう。例えば、プロバスケットボールNBAチームの幹部が、香港デモに同情的なツイートをして中国側が反発している問題は、香港問題が「米中代理戦争」の様相を呈していることと切り離せない。米中対立の延長としての中国批判の側面が強いのだが、中国からすれば主権への「内政干渉」に映る。
北海道大学教授が、スパイ容疑で拘束(11月15日釈放)された事件は、中国研究者が訪中を取り消すなど、波紋が広がった。拘束理由が一切明らかにされず、中国への不信感は増す。この種の事案が増えれば増えるほど、中国のイメージは大きく傷つき、中国自身のマイナスになる。日中領事協定に基づき、容疑事実を速やかに明らかにすべである。香港での抗議活動が激化した背景にも、出版社社長や記者の拘束事件の多発があったことは記憶しておいてよい。
(了)
注1香港・台湾問題
国家分裂許さぬ姿勢
香港問題は、「決定」の中の15項目の12番目「『一国二制度』システムを堅持・改善し、祖国の平和統一を実現する」中で詳述されている。その内容は、総会閉幕翌日の11月1日、共産党宣伝部の記者会見でも明らかにされたが、香港への「関与強化」が鮮明である。
決定は「一国二制度」の解釈について、「一国とは二制度を実行する前提と基礎であり、二制度は一国に従属し、一国の中に統一される」と位置付けた。一国と二制度の関係について初めて踏み込んだ解釈をした。
その上で「香港特別行政区とマカオ特別行政区を管理する(中国)憲法と基本法を厳格に順守し、国家主権、安全保障、発展利益を守り、香港とマカオの長期的な繁栄と安定を守る」とし、「一国二制度のレッドラインに挑戦する行為と国家を分裂するいかなる行動は絶対に容認しない」という強い姿勢を示した。香港独立派への警告である。
「高度な自治」については「港人治港」の政策を正確に実施するとした上で、改善の方向として「特別行政区における憲法および基本法の実施に関連するシステムとメカニズムを改善し、愛国者を主体とした『港人治港』を順守し、特別行政区における法的行政の能力とレベルを向上させる」とした。「愛国者を主体とした」という部分がミソだ。
行政長官の任免制度・国家安全の法整備
香港への関与強化の具体策として次の4項目が挙げられた。
(1)特別行政区長官と主要職員の任命制度・仕組みを整備し、憲法と基本法で中央に付与された各権限を法に基づき行使
(2)特別行政区の国家安全維持の法制度と執行の仕組みを確立し整え、特別行政区の法執行力の強化を支持。
(3)「粤港澳大湾区」(広東・香港・マカオ大ベイエリア)建設を推進、香港、マカオの経済発展、民生改善を支持し、社会の安定と長期的発展に尽力
(4)香港、マカオの公職者と青少年に対し憲法・基本法教育、国情教育、中国の歴史と中華文化の教育を強化し、香港、マカオ同胞の国家意識と愛国精神を高める。
この中で重要なのは(1)と(2)であろう。特に「行政区長官の任命制度・仕組みの整備」に触れたのは、「普通選挙による行政長官選びの実現」の否定を意味するのではとの見方が香港では広がっている。
香港基本法は、行政長官選びについて「選挙または協議で選出され、中央人民政府から任命を受ける」(第45条)
注2と規定しており、選挙ではなく協議で選ぶことも可能。ただしどのような「協議」によって選出されるのか、付属文書にも具体的内容を説明する内容はない。
さらに(2)の「国家安全維持の法制度と執行の仕組みの確立」については、国家分裂行為を禁じる「国家安全条例」の導入を意図しているとの見方も出ている。条例は、政権転覆や国家分裂を禁じた基本法23条注2を具体化するためのものである。香港では2003年、導入を「自由と人権の否定」として反対する50万人のデモが行われ、香港政府が白紙撤回した経緯がある。
心理的圧力が狙い
行政長官選びの見直しと国会安全条例の二つは、中央政府が直ちに導入を目指すことを意味するわけではない。基本法に基づけば法理上可能という解釈を提起し、心理的圧力が狙いだ。日本経済新聞は11月1日付朝刊一面で「中国、香港管理強化へ新法」と報じたが、すこし踏み込み過ぎの印象を持った。
香港政府は10月5日、「緊急状況規則条例」を発動し、デモ参加者が顔をマスクで覆うのを禁じる「覆面禁止法」を導入した。緊急条例は「ミニ戒厳令」ともいわれ、インターネット規制など、さまざまな規制の導入が可能。直ちに国家安全条例を導入する可能性は低いと思われる。
台湾優遇措置で統一の基盤造り
香港に次いで台湾についても触れられている。決定は「祖国平和統一プロセスを揺るぎなく推進し、(台湾海峡)両岸の交流・協力を促進、両岸の融合発展を深め、台湾同胞の福祉を保障する制度手配と政策措置を整備し、『台湾独立』に共同で反対し、統一を促進する」とした。習がことし1月2日に発表した包括的な台湾政策「習5点」を踏まえ台湾式の「一国二制度」による統一政策を改めて強調した内容である。
「両岸の融合発展を深め、台湾同胞の福祉を保障する制度手配と政策措置」を強調したのは、2017年2月に発表した「31項目の優遇措置」を「統一」の条件づくりに有効との認識から、今後も追求する姿勢を示した。中国政府は11月4日、台湾企業が次世代通信規格「5G」の研究開発やネットワーク整備など、先端技術分野に参画を認め、テーマパークや航空業への投資も可能にする「26項目の優遇措置」を発表した。
26項目はこのほか、台湾企業が多い地域で、台湾の金融機関に融資・リース事業の現地法人設立を容認。個人向けには、大陸での住宅購入で便宜を与えるほか、進学条件も緩和。さらに「外国での台湾同胞の保護」も掲げ、台湾外交部「中華民国台湾は主権国家」と強く反発した。
台湾では、来年1月の総統選挙を目前に国民党候補が苦戦しているため、北京の「台湾有権者向けの懐柔政策」とみる向きが多い。その面は否定できないが、北京の狙いはより長期的なものだ。これら優遇措置を通じ、大陸と台湾の社会・経済基盤を可能な限り同一化することによって、統一の基盤造りにしようという狙いである。
注2香港基本法第45条 香港特別行政区行政長官は当地において選挙または協議で選出され、中央人民政府から任命を受ける。
行政長官の選出方法は香港特別行政区の現実の状況と順序に従って漸進するという原則に基づいて規定し、最終的には広汎な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きによって指名し、普通選挙で選出するのが目標である。
行政長官の具体的な選出方法は、附属文書1「香港特別行政区行政長官の選出方法」に規定する。
香港基本法第23条 香港特別行政区は国に対する謀反、国家を分裂させる行為、反乱を扇動する行為、中央人民政府の転覆、国家機密窃取のいかなる行為も禁止し、外国の政治組織・団体が香港特別行政区内で政治活動を行うことを禁止し、香港特別行政区の政治組織・団体が外国の政治組織・団体と関係を持つことを禁止する法律を自ら制定しなければならない。
注3「四つの基本原則」
憲法前文に規定され「社会主義の道」、「人民民主主義独裁」、「共産党の指導」、 「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」の堅持を指す
初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1084:191126〕