海峡両岸論 第118号 2020.09.06発行 - 米中の軍事衝突はあるか 南シナ海で「擦槍走火」の危険 -

著者: 岡田 充 おかだ たかし : 共同通信客員論説委員
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 台湾海峡で「第4次海峡危機」とでも呼ぶべき軍事的緊張が走っている。中国の軍事能力の大幅な向上と、トランプ米政権が台湾という中国の「核心利益」に手をつけたのが背景。台湾海峡と南シナ海では、米中双方が大規模な軍事演習を展開し、中国は「米軍の挑発行動」に対し、南シナ海に向けて中距離ミサイルの発射実験で「報復」した。「挑発」と「報復」の応酬はとめどなくエスカレートし、米中軍事衝突への懸念が高まる。米中軍事行動を振り返りながら、米中双方の専門家の見方を紹介し現段階の情勢を評価したい。結論的に言えば、米中は台湾海峡での「正面衝突」を避けるため、舞台を南シナ海やインド洋に移すが、南シナ海での「擦槍走火」(脅すつもりが戦争になる)の危険は高まる。

(1)「第4次台湾海峡危機」

 トランプ政権による最近の台湾カードを整理する。まず挙げねばならないのは2020年8月9~12日のアザー米厚生長官の台湾訪問(写真 台北に到着したアザーの米政府専用機 多維新聞)。米側は1979年の米中国交正常化以来「最高位の高官訪台」とプレーアップするが、閣僚の訪台はオバマ政権時代以来6年ぶり。ただ米台高官の相互訪問を促した米「台湾旅行法」(2018年3月成立)後は初の高官訪問になる。
 アザーは8月10日の蔡英文総統との会談で、台湾の新型コロナ対策について「台湾社会の透明性と公開にあり、民主主義の価値を示した」と称賛。これに対し蔡は「(訪問は)台米にとって大きな一歩」と歓迎した。長官は外交部長と会談したほか、台湾でコロナ対策の指揮にあたる陳時中・衛生福利部長とも会い衛生対策に関する協力覚書に調印した。
 アザー訪台に対し、中国外務省の趙立堅副報道局長は10日の記者会見で「中国は一貫して米台の公的な往来に断固反対している」と述べ、米側に抗議したことを明らかにした。さらに人民日報系の環球時報(電子版)も同日、「米中関係は国交樹立以来、最も深刻な時期に直面している」とし「米国は新型コロナを利用し、『台湾カード』を使って中国に対抗しようとしている」との論評を掲載した。
 新型コロナウイルス対策を名目にしたアザー訪台は、「3か月前」から計画されたとされる。新たな対中包囲網形成を呼びかけたポンペオ国務長官演説(7月23日)を受け、米台関係のレベルを引き上げる新ステージ入りを印象付けた。コロナ感染拡大が止まらないトランプ政権には中国に責任を転嫁したい思惑が、そして台湾側には米中対立を米台関係強化につなげようとの狙いがある。

東部戦区の実戦演習で報復
 そんな中、台湾国防部注1は8月10日、中国空軍戦闘機「殲10」と「殲11」が同日午前9時(日本時間同10時)ごろ、台湾海峡上空の中間線注2(写真 台湾国防部)を相次いで越境したと発表した。空軍機の中間線越境が公表されたのは2020年2月以来である。
 それ以上にインパクトがあったのは、中国軍東部戦区注3報道官が8月13日、台湾海峡の南北端とその周辺で実戦的演習を行ったという発表。「一部の大国が『台湾独立』勢力に誤ったシグナルを送った」と、演習の意図を説明した。空軍機の中間線越境と東部戦区の演習は、アザー訪台への「報復」だった。
 「環球時報」の社説注4(8月14日付)は、この演習について「米台の挑発を中国は決して座視しない」とし、今後の具体的戦術として①軍用機の台湾上空飛行②台湾上空を通過するミサイルの試射③台湾東部海域での演習―を挙げたのは注目していい。また、米台協力がさらに増強されれば「台湾を戦争の縁へと押しやる」とも警告した。

「冷たい対抗」から「熱い対立」へ
 この軍事演習の「政治的意味」について国営新華社通信注5は8月19日「台独に反対する強い決意」という識者の分析を伝えた。典型的な「文攻」(文章による攻撃)だが、北京の厳しい台湾姿勢が鮮明に表れている。少し長いが要点を引用する。
まず北京の台湾政策に影響を与えてきた厦門(アモイ)大学台湾研究院の李鵬・院長は次のように分析する。

1、 演習のキーワードは「多軍種」、「多方面」、「体系的」、「実戦化」。演習が発したメッセージの対象は、台湾問題で中国のレッドラインに挑戦し、中国の主権と領土保全を害する外部勢力
2、 外国勢力をバックに「新型コロナに乗じて独立を企み」、外部の反中勢力のパフォーマンスに呼応する民進党当局および「台湾独立」分離勢力への警告
3、 民進党当局は崖っぷちで踏みとどまるべきであり、情勢判断を誤り、思わぬ幸運が舞い込んできたなどと考えてはならず、情勢が収拾のつかない方向へ発展するのを回避しなければならない。

 記事はさらに、中国現代国際関係研究院台湾問題研究センターの謝郁・主任の話として、民進党当局が「文化の台湾独立」、「法理の台湾独立」、「憲法制定の住民投票」を一歩一歩推し進めていると批判。そして、両岸関係の現状が「冷たい対抗」から「熱い対立」へとエスカレートしたという見方を紹介している。

「衝突」寸前の段階に
 2016年に蔡政権がスタートしてからの両岸関係をどう位置付けるか。大陸専門家の分析を基にすれば、両岸関係は2016年の第1期政権の「冷たい平和」から、2020年の蔡再選で「冷たい対抗」注6に移行した。「冷たい対抗」とは、人民解放軍出身で国務院台湾事務弁公室副主任を務めた王在希氏の命名だが、彼は「対抗」について「全面衝突には至らない」との見立てをしている。
 謝郁はそれを一歩進めて「熱い対立」という新カテゴリーを充てた。ただその具体的内容を展開しているわけではない。蔡政権下の両岸関係について「観察、圧力、対抗、衝突」の4段階を設定した中国人民大学の金燦栄教授の枠組みに沿えば、「衝突」寸前の段階にまで進んだ、と言ってもいいだろう。
 「衝突」が、意図的な武力行使を意味するのか、それとも偶発的な軍事的衝突なのかはあいまいだが、中国指導部が「平和統一」戦略に転換してから約40年に及ぶ両岸関係では、「熱戦」が初めて起きる可能性を意味する。< /span>

「第4次危機」と言えるか?
 冒頭で「第4次台湾海峡危機」という表現を使ったが、それは実態を反映しているだろうか。台湾海峡では、1950年代から90年代にかけ計3回にわたって「危機」と呼ばれる軍事緊張が起きた。まずそれらと比較する。
 第1次危機は1954-55年。朝鮮戦争休戦協定の調印で、台湾統一に目を向ける余裕が生まれた中国側は、浙江省の島嶼部で攻勢をかけ、国民党軍は支配していた江山島、大陳島を放棄した。
 第2次は1958年の金門島砲撃戦。当時のアイゼンハワー米政権が、米国の台湾防衛の範囲を台湾本島に限定、「大陸側島嶼部での攻防には米軍は関与しない」との方針を中国側が「試した」とされる。いずれも北京が「武力解放」を戦略方針にしている時期だった。
 第3次危機(1995-96年)は、当時の李登輝総統による初の総統民選に向けて、中国が台湾へミサイル発射演習を実施。これに対し米国は台湾海峡に「ニミッツ」(写真 米海軍HP)「インディペンデンス」の2空母機動部隊を急派し、中国側をけん制した。中国が「平和統一」戦略に転換(1979年)してから、初めての軍事的緊張だった。
 第1と第2次危機が国共両軍による限定的「熱戦」だったのに対し、第3次は熱戦を伴わない米中間の睨み合いという違いがある。
しかも李登輝政権下で両岸の経済相互依存関係が生まれた時期に当たっており、軍事的緊張は米中がお互いの出方を試す「虚構」的な印象も拭えなかった。
 今回は、中国軍機が中間線を越境、台湾海峡南北端で実戦演習を行うなど、「第3次危機」に匹敵する軍事緊張が既に起きている。前出の「環球時報」が今後の中国軍の展開として挙げた⓵軍用機の台湾上空飛行②台湾上空を通過するミサイルの試射③台湾東部海域での演習―が実際に行なわれれば、米側も報復に出るはずだ。そうなれば「一触即発」同然の様相を呈するだろう。

(2)「挑発」と「報復」の応酬
中国軍の能力向上

 「第4次」危機の特徴を挙げる。まず国際政治の文脈で押えたいのは、トランプ政権が経済・貿易からハイテク技術、経済発展方式、軍事、イデオロギーまであらゆる領域で、中国の台頭を抑え込もうとする「新冷戦イニシアチブ」である。米中戦略対立の長期化が避けられない以上、台湾海峡での軍事的緊張も「エンドレス」になるかもしれない。
 それに加えて幾つかの新たな特徴がある。
第1は中国軍の能力の飛躍的向上。第3次危機から約15年が経ち、中国は空母を保有し、第1列島線を突破する能力を備えるまでにになった。同時に「多軍種」、「多方面」、「体系的」、「実戦化」に向けて、中国軍の「統合作戦能力」も格段に向上した。
第2は、軍事的緊張の舞台が台湾海峡にとどまらず、南シナ海からインド洋へと拡大したこと。南シナ海の領有権紛争に加え、米日豪が中国の海洋進出をけん制する舞台を、南シナ海、インド洋まで拡大したためであり、緊張の舞台も広域化する。
第3に「第3次危機」では「局外」に置かれた台湾が、蔡政権下で進む台米軍事協力で、米軍と一体化して「主体」になろうとする意思をみせている。
第4は、日本が米国と共同戦略にする「インド太平洋構想」の下で、日本の自衛隊が一定の役割を果たしつつある―である。

「遼寧」周回で「勢力範囲」拡大
 ここでは①と②を具体的に見ておく。第1に中国軍の能力向上。中国の軍事力増強に伴い、中国海軍の活動範囲は拡大し台湾に向けた軍事演習の頻度と能力は向上している。まず、中国初の空母「遼寧」の就役と、中国軍戦闘機の台湾への接近。
 「遼寧」は蔡政権が発足した2016年末から17年初めにかけ、台湾を初めて周回する演習を行った。さらに19年6月にも、「遼寧」など6隻の空母艦隊が、宮古島を通過、米領グアムに接近した後、南シナ海を経て台湾海峡を通過した。
 「遼寧」の台湾周回は、台湾進攻に備えた演習ではなく、実戦能力を誇示し「勢力範囲」の拡大を示すのが狙いであろう。「遼寧」は20年4月11日、やはり宮古島を南下し台湾付近を通過。4月12,22日には台湾南部のバシー海峡を通過し、22~28日まで太平洋で演習を行った。台湾筋は「感染症対応で米台が接近していることを警戒し、軍事的圧力をかけている」と分析した。
 この演習については「グアムで検疫期間中だった米空母『セオドア・ルーズベルト』が欠けた状況の米軍の反応を見る狙い」という分析注7もある。

際どい米爆撃機の飛行
 中国空軍の活動も活発化している。中国軍の戦闘機は17年に続き19年3月末にも、台湾海峡の「中間線」を越境した。2020年に入ってからは2 月 10 日、大型爆撃機「轟炸六型」(H-6)が越境。さらに3 月 16 日にも早期警戒管制機 「空警-500」(KJ-500)と「殲11」が、台湾南西空域で中間線を一瞬越えて飛行したとさ れ、8月10日の越境につながる。
 越境の狙いはまず「威嚇効果」。さらに全天候型で長時間にわたる密集訓練だったことから「実戦を模した訓練にシフトしている」という見方が軍事専門家の間で出ている。
 一方、米軍の台湾海峡周辺での飛行も頻繁化している。2020年5月4、6日、米空軍の新鋭 B-1B 爆撃機2 機が、台湾北東空域を飛行した。中国軍が5月14日から2か月半にわたって渤海湾で行うと発表した大型演習への牽制であろう。
 B-1B 爆撃機2機(写真「Aircraft Spots」の Twitterから)はさらに8月16日、グアム・アンダーセン空軍基地を飛び立った後、台湾東空域から東シナ海上の中国防空識別圏内を飛行し、その後日本海経由で米本土の空軍基地に戻った。中国が台湾を叩くなら、米軍もいつでも対応できるというサインとみられる。かなり際どい飛行である。
 米軍の「挑発行動」はほかにもある。台湾国防部は6月9日、沖縄の嘉手納基地を飛び立った米軍C─40A輸送機「クリッパー」が、台湾北部と西部の台湾領空を通過したと発表した。米軍機が台湾領空を通過するのは極めてまれである。
 中国が主権を主張する台湾領空を通過することで、「一つの中国」原則に挑戦する試みとも言え、露骨な「挑発」である。これに対し中国空軍機は、台湾南西部から広がる台湾防空識別圏(ADIZ)内を飛行する「報復」で応じた。

南シナ海・インド洋へ広域化
 「第4次危機」の第2の特徴は、軍事的緊張の舞台が台湾海峡にとどまらず、南シナ海からインド洋へと拡大していること。中国軍は7月1日から、南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島海域と東シナ海、黄海の3海域でほぼ同時に軍事演習を行った。西沙はベトナムも領有権を主張している。中国は4月に南沙(英語名スプラトリー)諸島などを管轄する行政区の新設を明らかにし、南シナ海の実効支配を強めている。
 これに対し米軍は同じく7月初め、空母ニミッツとロナルド・レーガンを南シナ海に派遣し大規模な軍事演習を行い、中国の軍事デモンストレーションに対抗する姿勢を一段と高めた。米国防総省は7月2日の声明で、中国の軍事演習について「中国が南シナ海の軍事拠点化や近隣諸国に対する威圧を改めると期待しつつ状況を注視する」と発表した。
 直近の例を挙げる。中国海事局は8月下旬、南シナ海や台湾に近い広東省の沖合などで8月24~29日の日程で軍事演習をすると発表した。一方、米海軍は8月17~31日にハワイで、多国間海上演習「環太平洋合同演習(リムパック)」を行っており、南シナ海での中国軍の演習はこれに対抗する狙いを指摘した中国メディアもある。

中距離ミサイル発射の意味
 こうした中、米国防当局者は8月26日、中国軍が内陸部の青海省と、東部の浙江省から南シナ海に向けて中距離弾道ミサイル4発を発射したと明らかにした。ミサイルは南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島と海南島の間の海域に着弾。香港の「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」によると、発射されたミサイルは、グアムの米軍基地を射程に収める「グアムキラー」(DF26・射程約4千キロ)と、「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「DF21D」(同1500キロ以上)。
 米国はミサイル発射の26日、南シナ海での軍事拠点建設に関わったとして、中国国有の中国交通建設の傘下企業など24社を、安全保障上の問題がある企業を並べた「エンティティー・リスト」に27日付で追加すると発表した。米中双方の応酬はエスカレートする一方である。
 中国軍の思い切った「戦術展開」について、朱建栄・東洋学園大教授注8はその意図を次の3点から説明する。

① 台湾独立の試みに関わる内外の挑発に対し、あらゆる軍事手段を含め必ず反撃する。戦略的兵器であるミサイルの発射も、台湾をめぐる動きへの対応が目的だと明言する。
② 南シナ海を含め、ほかの地域や領域では米側からの挑発と仕掛けをかわすことに重点を置き、不測事態の発生回避に務める。
③ 米側の国内政治に由来する思惑にハマらないよう忍耐しているが、中国の我慢の限界デッドラインを越えないよう警告する。


 台湾海峡通過の日常化

台湾海峡と南シナ海での軍事的緊張を「切れ目なく」つなげる役割を果たしているのが、米軍艦艇の台湾海峡通過である。米軍艦が国際海峡である台湾海峡を通過するのは、国際法上何の問題もない。
 しかし第3次海峡危機の際、米空母が台湾海峡を通過して以来、米軍艦の海峡通過は政治性を帯びている。海峡通過は台湾防衛に対する米側のデモンストレーションと言っていいだろう。米軍艦艇の台湾海峡通過は2017年は1回だけだったが、18年は3回、19年から20年になると毎月1回の頻度になった。ミサイル駆逐艦 2 隻艦隊で航行した事例や、米海軍駆逐艦と沿岸警備艇による艦隊編制も見られた。ドック型輸送揚陸艦 がP-8 哨戒機 2 機とともに台湾海峡を航行したケースもあった。
 防衛研究所のリポート は注9、米空軍航空機は2020 年初めから5 月 10 日までに、「南シナ海・東シナ海・黄海・台湾海峡 で 39 回飛行」しており、「2019 年の同時期と比較して 3 倍以上の飛行回数」と指摘している。
 米国の台湾への武器供与の内容については、末尾註注10をご覧いただきたい。

(3)米戦略の変化
「中国との衝突」前提にする戦略

 トランプ政権は、台湾を軍事戦略上どのように位置付けているのだろう。それは従来の米政策と同じだろうか、簡単に検証する。それを知る上で重要なのは2919年6月にシャナハン米前国防相代理が発表した「インド太平洋戦略報告」注11 (写真 防衛庁HP)の内容。報告は「中国との衝突」に備え次の3点を挙げた。

1、 いかなる戦闘にも対応できるアメリカと同盟国による「合同軍」の編成
2、 米中衝突に備え日米同盟をはじめ同盟・友好国との重層的ネットワーク構築
3、 中国と対抗する上で台湾の軍事力強化とその役割を重視

 「中国との衝突」を前提に、同盟再構築と台湾軍事力強化の3点を強調したのは、歴代米政権が米中関係正常化以来採ってきた「中国関与政策」の否定にあたる。ポンペオ国務長官が7月23日行った対中国政策演説注12で、対中関与政策を全面否定し、中国共産党体制の転換を呼びかけた内容と通底している。
 さらに、米国の台湾支援強化の法的裏付けである「2020会計年度国防権限法」も、米国の台湾軍事支援の内容に具体的に踏みこんでいる。権限法は「米国と同盟国およびパートナーが、国際ルールの認めるいかなる場所でも飛行、航行できる約束を守る姿勢を示す」とし、「米軍艦が引き続き定期的に台湾海峡を通過するべき」と提言した。
 その意図は、日本、台湾、豪州を含む「同盟国」「友好国」とともに、海洋進出を強化する中国への抑止効果にある。日本の役割については末尾注の別稿注13をお読みいただきたい。
 日本メディアは「米中覇権争い」と、あたかも中国が米覇権に取って代わろうとしているかのように伝える。北京が軍事・経済力の増強を背景に、台湾への圧力を強めているのは事実。だがトランプ政権登場以降の台湾戦略の変化こそが緊張激化の主因である。

揺らぐ米同盟の維持が目的
 では戦略変化を促したものは何か? アジアの安全保障を専門にする米研究者の分析から探ろう。保守系の米ランド研究所のマイケル・チェイス注14は、米国の台湾関与について「ワシントンが、中国の圧力戦術に対処する台湾を助けなければ、あるいは中国の強硬策を阻止できなければ、同盟国とパートナー、特に日韓両国は米国が決意と能力を欠いているとみなすだろう」と指摘する。揺らぐ米同盟関係を維持するためにも、台湾防衛の強い意思を示さねばならないと説くのである。
 チェイスは今後の展望について「10年前と比べ、中国が一方的な行動をとるリスクは高まっている。中国の強制力に対する台湾の対応能力を高める多面的なアプローチが必要」と指摘する。具体的には「抑止力を強化する一方、安定維持のために柔軟性を維持すべき」として

① 「一つの中国政策」の枠組み維持
② 一方的な現状変更に反対の意思表明
③ 台湾の世界保健機関(WHO)など国際機関への加盟支援
④ オーストラリア・日本を含むパートナーとの台湾の戦略対話交流強化を側面支援
⑤ TPP11への台湾加盟支持―などを挙げた。

 では「台湾有事」はいよいよ現実味を帯びているのだろうか。しかし台湾有事は米中の直接軍事衝突の危険性があるだけに、ワシントン、北京、台北の3者が最も避けたいシナリオである。

「一つの中国」から逸脱できない
 チェイスもまた具体的な台湾政策の第1に、「一つの中国政策」の枠組み維持を挙げた。台湾戦略を大きく変化させたトランプ政権だが、台湾を「国家承認」するような「一つの中国政策」を逸脱しないという意味である。その上で、トランプの今後の台湾政策を予測すれば、チェイスが挙げた②~⑤になるだろう。「一方的な現状変更に反対」は抽象的過ぎるが、米側の対中挑発の大半は、それを理由にしている。
 台湾問題は、中国の核心利益にかかわるだけに、中国も簡単に「取引」や「妥協」に応じられない。米中の「駆け引き」が台湾海峡に引き付けられると、米中衝突の危険性は当然増していく。米国もその危険を避けるため、駆け引きの舞台を台湾海峡から、取引可能な「南シナ海」や「インド洋」にシフトする可能性がある。
 米国が台湾海峡での衝突を避けたい最大の理由は、米国が初戦で勝利しても「その『勝利』は高価な代償を強いる。台湾の永久的な防衛維持のために数千億米ドルを支出せざるを得ず、国防予算激増は米国を麻痺させる」と説く、安全保障の米専門家注15もいる。
 同時に中国にとっても、2400万台湾人の大半が中国との統一を望まない現状で、仮に「武力統一」に成功したところで、その後の「台湾統治」のリスクは果てしなく大きく、統一の果実はない。
 舞台が台湾海峡を離れるからと言って、米中衝突の危険は去るわけではない。思い出すのは、2001年4月1日、沖縄を飛び立った米軍電子偵察機EP3が海南島上空で、中国戦闘機と接触し海南島に緊急着陸した事件。
 この時は米政権が中国に「お詫び」を表明したのを受け、24人の乗員を引き渡して全面衝突は避けられた。2001年と比べれば、中国軍の能力ははるかに向上しているだけに、偶発的衝突の危険も増していると言っていいだろう。
 米軍機の台湾領空飛行も中国戦闘機の中間線越境も、いずれも「挑発」への報復と、相手側の出方をうかがう行動であり、実戦に向けた準備とは言えない。台湾有事における米中の優劣シナリオを安全保障の専門家が描くのは当然かもしれない。しかし軍事的優劣からのみ台湾情勢を語り予測するのも、危険極まりない方法論だと思う。
(了)


注1中華民国国防部「新聞稿」
https://www.mnd.gov.tw/Publish.aspx?p=77251&title=%e5%9c%8b%e9%98%b2%e6%b6%88%e6%81%af&SelectStyle=%e6%96%b0%e8%81%9e%e7%a8%bf

注2「台湾海峡の中間線」
台湾国防部は2020年7月30日、台湾海峡「中間線」の座標について「北緯27度、東経122度と北緯23度、東経118度を結ぶ直線上」と公表した。国防部は2004年に初めて座標を公表しており、今回座標は2004年の座標と同じ。

注3东部战区连续组织多军种多方向成体系实战化演练
http://www.mod.gov.cn/power/2020-08/13/content_4869550.htm

注4社评:东部战区演习向“台独”发出明确警告
https://opinion.huanqiu.com/article/3zS8ni2qhAc

注5新华社:专家称东部战区演练彰显反对“台独”分裂和外部势力干涉坚强决心
https://gifts.xmu.edu.cn/2020/0821/c14278a411990/page.htm

注6王在希预测未来4年:两岸关系冷对抗,但不会摊牌
http://www.huaxia.com/jjtw/dnzq/2020/01/6340162.html

注7緊迫化する台湾本島周辺情勢【2】-高まるバシー海峡・東沙島の地政学的重要性-」(防衛研究所 2020年6月16日)
http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary124.pdf

注8朱建栄「異なる視点論点⑬(2020年9月2日)」「制御可能な衝突」を仕掛けるトランプに、中国が「戦略周旋」新戦略」

注9 「緊迫化する台湾本島周辺情勢【2】-高まるバシー海峡・東沙島の地政学的重要性-」
http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary124.pdf

注10米国の台湾武器供与
香港発のCNNは2020年8月18日、台湾が米国製のF16V戦闘機66機を調達することが確実になったと報じた。ロイター通信は19年8月16日、トランプ政権が台湾にF16V戦闘機66機を約80憶ドル(約8500憶円)で売却する方針を固めたと報じており、これが実現することになる。米台間の武器売買では最大規模。戦闘機売却はブッシュ(父)政権時代の1992年以来、約28年ぶり。F16Vは航続距離が長く中国側基地への攻撃も可能で、台湾の軍事力を大きく高めるとされる。トランプ政権は19年7月8日にも、M1A2エイブラムス戦車108両など22憶ドルの武器供与を発表しており、台湾への武器供与を加速している。トランプ政権になってからの武器売却はこれまで①17年6月、対レーダーミサイルなど約14億ドル②18年9月 軍用機部品など約3億ドル③19年4月、台湾の戦闘機パイロットへの訓練など約5億ドルで提供―の3件。

注11「INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT」
https://media.defense.gov/2019/Jul/01/2002152311/-1/-1/1/DEPARTMENT-OF-DEFENSE-INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT-2019.PDF

注12 「Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?」by Daniel L. Davis)
https://nationalinterest.org/blog/skeptics/can-america-successfully-repel-chinese-invasion-taiwan-166350

注13 「空母化する「いずも」の訓練実態」
https://www.businessinsider.jp/post-199059

注14 「Averting a Cross-Strait Crisis」
https://www.cfr.org/report/averting-cross-strait-crisis

注15  Daniel L. Davis [Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?]
「The National Interest」 August 6, 2020
https://nationalinterest.org/blog/skeptics/can-america-successfully-repel-chinese-invasion-taiwan-166350

初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1137:200908〕