「専制主義が未来を勝ち取ることはない。勝つのは米国だ」。バイデン米政権の誕生から3か月。4月28日のバイデン議会演説は、世界のトップリーダ―からの転落を容認できず、外に敵(中国)を作ることによって国内を団結させようとする「伝統的な病」の深刻さを際立たせた。そのバイデンは日米首脳会談(ワシントン4月16日)の共同声明に、日中国交正常化以来、初めて台湾問題を盛り込み、日米安保を中国抑止の「対中同盟」に変質させることに成功した。対中抑止の最大の理由は、中国軍事活動(写真 人民解放軍軍旗Wikipedia)の活発化により「台湾有事」が切迫しているとの見立てだ。台湾統一は、「社会主義強国の実現」という中国の戦略目標にとり欠かせない課題。しかし武力統一は、何のプラスをもたらさないだけでなく、一党支配自体を動揺させる危険な選択である。米国と中国の台湾政策から「台湾有事」の虚構性を検証する。
(1)バイデン政権の台湾政策
台湾の脅威は「日本の死活問題」
日米共同声明は台湾問題について、日米安全保障協議委員会「2プラス2」が盛り込んだ「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」との文章を改めて明記した。大手メディアは、これをどう受け止めただろう。日本経済新聞注1 は次のように書く。 ―中国の威嚇的な行動への危機感から52年ぶりに「台湾」に触れた。沖縄県尖閣諸島から170キロメートルに位置する台湾の脅威は日本の安全保障にとって死活問題になる―
尖閣危機と台湾有事をリンクさせ、日本と台湾を中国の脅威に直面する「運命共同体」とみなす論調。2016年に施行された安保法制以前なら、台湾明記は大論争の引き金になっただろう。しかし、安保論争はほぼ「音無し」状況が続く。
日本のTV、新聞、ネット・ニュースは、バイデン政権誕生後から、5月のG7外相会合に至るまで、「中国の力による現状変更に日米が反対」「尖閣への日米安保条約第5条適用を確認」、「香港、新疆での人権侵害への懸念を共有」など、主としてこの3点を連日「お経」のように繰り返えしてきた。すべて外務省を中心とする政府発表の「垂れ流し」である。
世論に「中国脅威」が刷り込まれていくのは当然であろう。
安保論争が静かなのは、コロナ対策が当面の最重要課題になっていることも手あるかもしれないが、「中国脅威論」が、日本の世論とメディアに広く浸透していることが大きな背景だ。
「対中同盟」化を周到に準備
バイデン政権の台湾政策を振り返る。バイデンは、トランプの台湾への積極的関与政策を継承しながら、日米首脳会談に向けて周到に準備を進めた。第1は、首脳会談の「前座」になった「2プラス2」。繰り返すが、共同文書に「台湾海峡の平和と安定の重要性」という文言を、2005年以来初めて盛り込んだ。
さらに尖閣、南シナ海、台湾、香港、新疆の人権問題に至るまで、米中対立のあらゆるテーマを網羅し、中国を「批判」、「反対」、「懸念」を表明するのである。包括的に中国を全面批判した初めての日米外交文書であり、中国を敵対視する「対中同盟」化の流れもまた「2プラス2」で決まったのである。
バイデン政権は台湾問題への危機感が、日本政府と世論に浸透しているとの認識から、首脳会談でも日本政府の一部にあった慎重論を押し切って、台湾問題を入れることに成功した。
政府関係者によると、バイデン政権で「インド太平洋調整官」に就任したカート・キャンベル元国務次官補が4月初め極秘来日し、日本政府に対し米国の台湾関係法に倣い台湾に兵器及び兵器技術の供与を可能にする枠組み導入を要求したという。日本側は、対中関係に配慮し受け入れなかったが、キャンベルは菅政権が到底受け入れられない高い「ハードル」を設け、台湾問題での「落としどころ」を探ったのである。
「台湾有事」のシナリオ作り
対日工作と併行して、バイデン政権は米議会公聴会を利用して、中国の台湾海峡周辺での軍事活動を根拠に「台湾有事」シナリオ作りを加速した。
バイデンは1月20日の大統領就任式に、台湾の蕭美琴・駐米代表を1979年の断交後初めて正式招待。一方、中国空軍機は同23日、24日、10機以上が台湾防空識別圏(ADIZ)に入った。これに対し米国務省は23日、「台湾に軍事、外交、経済的な圧力をかけることを停止し有意義な対話を促す」という批判声明を出した。
さらに、米海軍第7艦隊のミサイル駆逐艦「ジョン・S・マケイン」が2月4日、台湾海峡を通過したのをはじめ、米軍艦は4月24日まで計5回、台湾海峡を通過。台湾への軍事関与を継続するメッセージを出した。
中国側も4月3~4日、空母「遼寧」などの艦隊が、宮古水道を南下して太平洋に抜け、台湾東部で訓練を実施した後に波シナ海を航行するデモンストレーションを行った。
「台湾有事」について、ハバード・マクマスター退役中将(トランプ政権の国家安全保障問題補佐官)は3月2日の米上院軍事委員会で、北京冬季五輪や5年に1度の共産党大会後の「22年以降が台湾にとって最大の危機を迎える」との見通しを明きらかにしたのが「第1弾」。
続いて、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン前司令官(写真 2020年10月、首相官邸で菅首相と握手するデービッドソン 首相官邸HP)が、3月9日の上院軍事委員会で「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と、タイムテーブルに触れたため波紋を広げた。デービッドソンは「戦略的曖昧」という40年に及ぶ戦略の見直しが必要な時期に来ているとも発言した。
さらに、米インド太平洋軍の新司令官に指名されたアキリーノ太平洋艦隊司令官が3月23日、上院公聴会で「中国による台湾侵攻は大多数が考えるより間近」と証言。中国の台湾侵攻は、インド太平洋地域における「最も危険度の高い懸念」とも述べ、「切迫感をもって迅速に対応する必要性」を強調した、 米軍・情報関係者の発言を「信じ重視する」日本メディアは、この3証言を、いずれも大きく報じた。
だがデービッドソンは「6年以内」の具体的根拠を明らかにしているわけではない。人民解放軍誕生(1927年 南昌蜂起)100年にあたる2027年以内に、台湾統一を迫る「軍の意向」に配慮せざるを得ないという読みに基づくのかもしれない。デービッドソン以外の2人も「台湾有事」切迫の具体的根拠や証拠を提示していないことを付け加えておく。
軍事緊張は「戦闘意思と能力のテスト」
では「台湾有事」は本当に切迫しているのだろうか。バイデン政権は3月25日、台湾と沿岸警備を協力・強化する覚書に署名。続いて4月9日には、台湾との政府間交流の拡大に向けて新ガイドラインを発表すると、大量の中国軍機が台湾防空識別圏に繰り返し入り、台湾海峡には「異様なキナ臭さ」が漂った。
しかし2020年夏から台湾海峡を舞台に繰り広げられた軍事的緊張は、トランプ前政権が米高官を訪台させ、米艦を台湾海峡を航行させるなどの「挑発行動」があったことに留意すべきだろう。これに対し中国側が軍用機を台湾海峡「中間線」を越境させなどの対抗措置をとったことで、「緊張感」が増幅された。
中国側からすると、彼らの核心利益である台湾問題に米国が干渉するなら、「干渉」の度合いに応じて「反撃」(写真 中国東部戦区で海軍艦船での実弾演習 中国国防部HP)のする対応を見せる必要がある。「挑発」への「報復」である。例えば米「国家情報局」のヘインズ注2長官 は4月29日の米上院軍事委員会で「中国は米国との戦争に関心を持っていないが、もし米国が台湾海峡での衝突に軍事介入すると決めれば、中国はそれを安定への破壊として反撃行動に出るだろう」と証言した。中国の対応は「受け身」と見るのだ。
ヘインズは、中国の台湾武力行使に対し対応を明らかにしない「戦略的曖昧」政策を、米国が放棄すべきだとするデービッドソンらの主張については、「放棄すれば台湾独立勢力はさらに勢いづかせる」として、反対の立場を明らかにした。米イェール大学の歴史学者オッド・アルネ・ウェスタッド教授は「朝日新聞」のインタビュー注3 で中国の行動を「国益を阻害する他国の動きに対抗している」と、米国の行動に対する「受動的」なものとの見方を示している。
こうしてみれば、台湾海峡をめぐる軍事的緊張は、米中双方が「互いの戦闘意思と能力をテストするため」と見るのが妥当だと思う。ただしテストは、往々にして「チキンゲーム」を伴い、結果的に「擦槍走火」(脅すつもりが戦争になる)の危険注4 につながることは否定できない。
(2)中国「武力行使」の論理
「習5点」にみる統一政策
中国の台湾政策を振り返る。まず習近平が2019年1月に提起した「習5点」注5 を点検しよう。江沢民、胡錦涛の歴代リーダーも、それぞれ独自の台湾政策を発表しており、習の台湾政策も基本的にはこの「5点」を基に組み立てられている。
(1)民族の復興を図り、平和統一の目標実現
(2)「一国二制度」の台湾モデルを、台湾各党派・団体との対話を通じ模索
(3)「武力使用の放棄」は約束しないが、対象は外部勢力の干渉と台湾独立分子
(4)(中台の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める
(5)中華文化の共通アイデンティティを増進し、特に台湾青年への工作を強化
要約すれば①平和統一と中華民族の復興を一体化②「一国二制度」による統一を「台湾の実情を十分考慮」した台湾方式(第2点)として提唱③「武力行使の放棄は約束しない」(第3点)が、その対象を台湾独立勢力と米国に向けた―の3点に絞られるだろう。
「統一」は常に三大任務の一つ
台湾政策と並んで押さえておく必要があるのは、中国の戦略目標である。台湾政策はその一部だからである。習は2017年の第19回共産党大会で、新時代の中国人民の3大任務として①平和的な国際環境作り②四つの近代化③祖国統一を挙げた。
「3大任務」を歴史的に見れば、鄧小平(写真 中国網)は米中国交正常化を実現した1979年元旦に①近代化建設②中米関係正常化③祖国統一の完成―を挙げている。江沢民も党創立80周年注6 の2001年①近代化の推進②祖国の統一③世界平和を維持と共通発展の促進―を挙げた。三大任務の中心に位置するのが、いずれも「近代化建設」にあることに注目してほしい。
中国は台湾政策を、改革開放政策の導入と並行し1979年には従来の「武力解放」方針を「平和統一」に大転換した。同時に平和統一の方法として「一国二制度」を提起。台湾統一後、台湾を「特別行政区」にすると初めて言及したのは葉剣英・全国人民代表大会常務委員会委員長の1981年談話だった。
葉は台湾統一後も、高度な自治権と軍隊の保有を容認し、経済社会制度を変えないとした。1982年1月には鄧小平が、中国系米国人学者、楊力宇とのインタビューで初めて「一国家二制度」(一国両制)の名称を使った。この年9月のサッチャー英首相との会談で彼は「香港問題解決のために『一国二制度』を適用すると述べた」(劉廸注7 )のである。鄧は「一国二制度」を、連邦制を念頭に置いて発言したとされる。 2049年までに統一実現 習が「統一」を3大任務の一つに挙げたからと言って、「統一を急いでいる」根拠にはならない。私の解説より説得力のある中国専門家の説明を引用しよう。習5点の発表直後、著名な解放軍系の台湾専門家に、北京で話を聞く機会があった。オフレコのため名前は伏せる。彼は次の様に4点にまとめた。
(1)習は40数回にわたってキーワードの「統一」に言及した。習5点の主張もすべて「統一」をめぐる目標に向けて展開されている。その意味では、正式な両岸の「平和統一宣言書」と言える
(2)統一実現を中華民族の偉大な復興とはっきりとリンクさせた。明確な時間表は提起していないが、相対的な時間表の意味は明瞭である。統一を実現してこそ、真の民族復興実現になるという意味だ。中国誕生100年に当たる2049年以前に、統一を実現する必要がある
(3)台湾に適用する新たな「一国二制度」の模索を提起した。鄧小平は40年前、「一国二制度」の大枠を提起した。台湾は統一後、元来の社会制度の生活様式、軍隊、警察、行政、司法システムを維持することができる。貨幣も変えず、台湾人は自分の指導者を選出できるとした。台湾モデルと香港・マカオは異なる。台湾は植民地ではなく、中国内部の問題によって歴史的引き継がれたのであり、大陸は台湾に軍隊を派遣・駐留することはない
(4)われわれは最大限の誠意と忍耐をもって台湾問題を平和的に解決したい。中国人は中国人を打たない。しかし習は、台湾独立による分裂と外部の干渉勢力に向けて、武力使用の放棄はしないとも宣言した。台湾問題は内政との立場を堅持し、外国勢力の干渉は容認しない。
武力行使否定しない論理
日米首脳会談の共同声明では、日本側の主張を入れて「両岸問題の平和的解決を促す」という部分が付け加えられた。日本政府関係者によれば、台湾問題の平和的解決は1972年の日中国交正常化以来の日本側の主張だが、中国は一貫して武力行使を否定していない。「習5点」も「武力使用の放棄は約束しない」と明示したことが、中国の「好戦性」や「台湾武力行使が近い」という論拠の一つとされている。
平和統一を強調するなら、なぜ武力行使を否定しないのか。東アジアの国際関係に詳しい石井明・東大名誉教授によると、鄧小平は、日中平和友好条約批准書調印のため来日した1978年10月25日、福田赳夫首相と会談した際、注8武力行使を否定しない理由を次のように語った。 ―我々が、いつ、いかなる方式で台湾問題を解決するかは、中国の内政であって、米国に干渉する権利はないと言いたい。実際、我々が武力を使わないと請け負えば、かえって台湾の平和統一の障害となるのであり、そうすることはできない。そんなことをすれば、台湾は怖いものなしで、尾っぽ(筆者注 シッポの意)を1万尺まではねあげるだろう― 武力行使を否定すれば、台湾独立派が勢いづいて、統一が遠のくという論理である。先に引用した「国家情報局」のヘインズ長官の議会証言は、米国側も台湾独立派の動きに警戒している根拠の一つである。
もう一つの疑問は、中国当局者はよく、台湾問題では「取引」「妥協」しないという表現を使うが、それは具体的にどのような態度をとることを意味するのだろうか。やはり石井によれば、その答えも鄧小平が出している。
米中国交正常化2年後の1981年1月、鄧小平は、米国がソ連に強硬な政策をとれば、台湾問題で中国は我慢できるだろうかという問いに対し「我慢できない。我慢できるはずがないのだ。もし、本当にそのような状況が生じて、台湾問題によって中米関係の後退まで迫られても、中国は我慢するはずがないのだ。中国は必ず然るべき対応を取る」と答えた。
これが「取引しない」という意味である。台湾問題は、中国の核心利益にかかわるから、たとえ米中関係が後退しても台湾問題では譲歩しないという「ギリギリの決意表明」である。
台湾問題に「外国勢力」が干渉すること自体が、一線を越えることを意味する「レッドライン」ということになる。日米共同声明に台湾問題をうたうことを容認した日本側に、「レッドライン」を越える覚悟はあったのか。
米中外交トップは3月18日米アラスカで、会談冒頭激しい応酬を繰り広げたが、この時も楊潔篪は、習近平の対バイデン政策として「米中は衝突せず、対抗せず、相互尊重し、ウインウイン協力」の4原則を繰り返した。米中関係を外交のプライオリティに置く発言だが、だからといって、米中の良好な関係のために、台湾問題では妥協することはないのである。
台湾独立派への厳しい警告
日米の干渉に加え、中国が台湾への武力行使を厭わない条件がある。2005年3月の全人代で成立した「反国家分裂法」は、第8条で「非平和的方式(武力行使)」の条件を挙げた。その条件は「台独」分裂勢力が①台湾を中国から切り離す事実をつくり②台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生③平和統一の可能性が完全に失われたとき―の三つである。
中国政府で台湾問題を所管する国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は21年4月28日の定例記者会見で、台湾独立派が招集した「憲法改正小委員会」で、姚嘉文・民進党元主席が国名を「台湾共和国(写真 台湾共和国樹立を主張するのぼり Wikipedia)にするのが正しい」と主張したことに関連し「両岸関係の混乱を悪化させるだけであり、台湾を危険な状況に追い込み台湾同胞に深刻な災禍をもたらす」と警告、「いかなる形の分裂行動に対して、それを阻止する必要なあらゆる行動をとる。事前に教えてくれなかったと言うな(勿謂言之不預也)」と警告した。
韓国「中央日報」は「勿謂言之不預也」の発言をとらえ、「中国の対外メッセージのうち最も強い警告。この表現は中印国境戦争が始まる前の1962年9月22日付「人民日報」1面社説に初めて登場した」と書いた。台湾の民進党政権が実際にこの行動をとれば、武力行使も辞さない強い警告であることは間違いない。
ただ「現状維持」を両岸政策の建前にする蔡英文が、「国号変更」に踏み切る可能性は極めて低い。これをもって「台湾有事」が近い論拠にするのも極論と言っていい。
日本を地域安保のハブに
バイデン政権もまた、中国が台湾に武力行使する「台湾有事」が近いとは考えてはいないはずだ。ただし軍事・情報関係者があらゆる可能性、特に米国にとり最悪のシナリオを組み立てるのは当然であろう。その「最悪のシナリオ」と、それをメディアが極大化して、「有事は近い」と騒ぎ立てることは別問題である。
そこで、米国が有事危機を煽る狙いをまとめる。何人かの米識者がそれを解き明かしている。簡単に言えば、影響力を失いつつある米国に代わって、日本を地域安全保障の「ハブ」にしようとする「深謀遠慮」。
まず紹介するのは、ロバートD.ブラックウィル氏(外交問題評議会ヘンリー・A・キッシンジャー外交政策上級研究員)の近著「米国、中国、台湾:戦争防止の戦略」注9 。彼は「同盟国、特に日本と協力し、中国の台湾への軍事行動に立ち向かい、台湾自身の防衛を助けるような新計画を準備する」必要を提言する。共同声明が台湾問題での日米連携を追求する論拠にもなっている。
もう一人は、「知日派」のマイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長。2020年10月、菅首相が初の外遊先にベトナム、インドネシアを訪問した直後に彼は「日本のような主要な同盟国が、地域の新たな安全保障枠組みの『ハブ』(中心)になることが求められている。菅の東南アへの訪問はその戦略を前進させる」と書いた。注10
グリーン論文を読んだのかどうかは定かではないが、安倍前首相は3月27日の自民党新潟県連主催の講演で、対中国政策について「インド太平洋地域がフロントライン(最前線)になった」「日米安全保障条約が本当に重要になってきた」と述べ、日本が「最前線」に立つ決意を鮮明にした。
最前線担う意思と能力は?
日本にとって尖閣の視線の先にあるのが台湾問題である。中国による「尖閣奪取」や「台湾有事」を煽って①自衛隊の装備強化②自衛隊の南西シフトの加速③日米共同行動―を進めようという思惑が透ける。
特に、中国が配備している地上配備型中距離ミサイルについて、防衛関係者は、台湾有事になれば沖縄の米軍基地を標的にする可能性が高いとみる。これに対抗して、南西諸島の陸自ミサイル部隊に、中国ミサイル搭載艦艇に対抗する役割を担わせようという動きも出てきた。
「2プラス2」時の岸信夫防衛相とオースチン国防相との会談(3月16日)では、「台湾有事では緊密に連携する方針」を確認した。岸は「日本の平和と安定に大きく影響を及ぼす」として、台湾支援に向かう米軍に、自衛隊がどのような協力が可能か検討する意思表明した。岸は日米首脳会談の当日、台湾との距離が110キロと最も近い与那国島の陸自ミサイル監視部隊を敢えて訪問し激励した。台湾防衛に向けた日本のサインだ。
こうしてみると台湾防衛に向けた意思だけは、次第に整えつつある。しかし核戦力はもちろんミサイル、空海軍力で中国と日本を比較するとその差は明らかである。米国に代わって「安保のハブ」になる能力があるとは思えない。「口だけ番長」か、あるいは「竹やり精神」で、戦おうというのだろうか。
武力行使できない3要因
さまざまな角度から「台湾有事」を論じてきた。結論的に言うなら、中国が台湾に武力行使しない第1の要因は、艦船数では既に米国を上回る軍艦を保有するとはいえ、世界最強の軍隊を持つ米国との総合的軍事力には、依然として大きな差があること。
半世紀前に米中和解を実現させたヘンリー・キッシンジャー元米国務長官注11 (写真 「国際秩序」の翻訳本の表紙 日経BPM)は4月30日、米中の衝突は、核技術と人工知能の進歩により「世界の終末という脅威を倍増させている」と警告した。核戦争の恐れが現実化するからである。
第2に、「統一支持」がわずか3%に過ぎない台湾の民意。民意に逆らって武力統一すれば、「台湾は戦場になる」(朱建栄・東洋学園大教授)。武力で抑え込んだとしても、国内に新たな「分裂勢力」を抱える結果になるだけであり、「統一の果実」などない。
第3に、武力行使に対する国際的な反発は、香港問題の比ではない。習近平指導部は2021年3月の全人代で採択した第14次五か年計画で、中国の現状を「新たな発展段階」注12 に入ったと規定した。
中国指導部は、従来の「生産力を高める」という経済成長だけに求める時代は過ぎ去り、「素晴らしい生活への需要を満たす」ために、社会経済を質的に向上させる新たな任務を設定したのである。鄧小平以来、指導部は「3大任務」の中心に「近代化」を据えてきた。
新型コロナ・パンデミックが長期にわたって地球を覆って国境閉鎖が長引き、おまけに米中の戦略的対立は中国発展の足を引っ張りかねない。武力行使は、成長維持のためにも設定した「一帯一路」にもブレーキをかける。「新たな発展段階」が行き詰まれば、一党支配構造自体が揺らぐ危険を内包している。
習は2021年3月末、台湾対岸の福建省を訪問した際、「両岸の融合方針」を再確認する発言をしたが、これは「武力行使が近い」とする西側観測を否定するサインと受け止めるべきであろう。冒頭に紹介したバイデン議会演説に対する中国の反応は、極めて冷静で、両国間の一部の分野で競争があるのは正常だとした上で「協力が中米関係の主流であるべき」(汪文斌・外務省副報道局長)と「大人の対応」をした。
台湾の中国返還認めた共同声明
日米首脳会談は日米安保の性格を「対中同盟」に転換させたが、それによって「正常軌道」に乗ったはずの日中関係は、軌道を外れた。菅政権は日米首脳会談後も、G7や日米豪印(クアッド=QUAD)など、西側の安保枠組み構築に熱心だが、中国への手当を忘れているようだ。習訪日を延期して、日中外交のボールは日本側にあるというのに。
中国は日米首脳会談を機に日本批判を再開したが、日本との全面衝突を避ける「寸止め」対応注13 をしている。だからといって、日本の将来に影響を与える中国との関係を放置していいわけはない。今後中国は事あるごとに、日中関係の政治的基礎を定めた「4つの基本文書」に戻れ、という主張を展開するはずだ。
そこで、中国側が今後展開する論理を予測しておこう。
まず日中平和友好条約。両国の平和友好関係の基礎であり、第1条2項は「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを」双方に義務付けている。日米安保が、中国を敵視するならそれは平和条約違反になる。
台湾については、国交正常化の共同声明を読み直すべきと主張するだろう。その第3項は、台湾の地位について「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と書く。
「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持」という一文を加えた理由は何か。第8項は「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定している。1943年11月のカイロ宣言は、米英が「(日本が盗取した)台湾と澎湖諸島」を中国に返還することを明示した。
国交正常化交渉に外務省条約課長として参加した故栗山尚一・元駐米大使は、「ポツダム宣言第八項に基づく立場とは、中国すなわち中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味する」注14 と書いている。サンフランシスコ講和条約では、日本は台湾を放棄したが「帰属先は未定」としているものの、72年の国交正常化では、台湾の中国返還を認める立場をとったのである。これが日本の「一つの中国政策」である。
両岸関係は分離統治状態が70年以上も経過し、台湾で「台湾ナショナリズム」「独立論」が高まり、日本でも独立支持や「日台運命共同体」を主張する声が目立っている。しかし、日本が台湾問題と安全保障問題で、日中間で交わされた声明と条約に法的に拘束されていることを忘れてはならない。中国は台湾問題でこの部分を突いてくるだろう。
安全保障とは、共通の敵を作り包囲することではない。外交努力を重ね地域の「安定」を確立するのが本来の目的である。(了)
注1「台湾有事、備えはあるか 米中台の軍事力・日本の対処」(「日経」デジタル版21年4月20日) (https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA19BIB0Z10C21A4000000/)
注2Biden spy chief: China would find change in US policy toward Taiwan ‘deeply destabilizing’(THE HILLS 2021・4・29) (https://thehill.com/policy/defense/550950-us-spy-chief-china-would-find-change-in-us-policy-toward-taiwan-deeply)
注3「米中対立は『新冷戦』か」(「朝日」2021年4月20日朝刊)
注4 海峡両岸論第118号「米中の軍事衝突はあるか 南シナ海で「擦槍走火」の危険」 (http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_120.html)
注5 海峡両岸論第99号「30年内の統一目指すが急がない」 (http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_101.html)
注6「三大任务」 (党在新世纪的三大任务)(百度百科) (https://baike.baidu.com/item/%E4%B8%89%E5%A4%A7%E4%BB%BB%E5%8A%A1/6026275)
注7 劉廸「中国国家構造形式の変容―連邦主義思想とその影響―」(2002年1月 早稲田大学「比較法学」第35巻第2号) 早稲田 「比較法学」第35巻 第2号 (2002.01.01)中国連邦制 劉廸.pdf
注8 田恒主編『戦後中日関係文献集 1971-1995』(中国社会科学出版社 1997年 p.243)
注9「The United States, China, and Taiwan: A Strategy to Prevent War」(2021 Feb COUNCIL on FOREIGN RELATIONS) (https://www.cfr.org/report/united-states-china-and-taiwan-strategy-prevent-war)
注10「Suga in Southeast Asia: Japan’s Emergence as a Regional Security Hub」(October 27, 2020 Center for Strategic and International Studies. Michael J. Green) (https://www.csis.org/analysis/suga-southeast-asia-japan-em)
注11「Kissinger warns of ‘colossal’ dangers in US-China tensions」(AFP通信 2021年4月30日) (https://www.france24.com/en/live-news/20210430-kissinger-warns-of-colossal-dangers-in-us-china-tensions)
注12加茂具樹(「外交」Vol66「全人代に見る習近平指導部の自信と警戒」
注13岡田充「日米共同声明で台湾言及の「内政干渉」に中国はどう報復するか。日本には「寸止め」方針との見方」 (https://www.businessinsider.jp/post-233359)
注14栗山尚一「台湾問題についての日本の立場-日中共同声明第三項の意味-」(日本国際問題研究所 コラム/レポート) (https://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=141)
初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1168:210511〕