海峡両岸論 第134号 2022.1.10発行 - 米中対立、「現在地」からみた形勢 矛盾目立つバイデン外交の3論点 -

著者: 岡田 充 おかだ たかし : 共同通信客員論説委員
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 米国のトランプ前政権が2018年7月、貿易戦を皮切りに始まった米中の戦略対立は、2022年で4年目に突入した。トランプを引き継いだバイデン政権は、「民主か専制か」のイデオロギー二元論を煽り、新冷戦の“迷路” に誘って、国際政治・経済を混乱に陥れている。4年目を機に米中戦略対立(写真 21年11月17日のon-line米中首脳会談=ホワイトハウスHP)の論点を整理しながら、ジャーナリストや識者の助けを借り「現在地」がどこにあるのかを探り、形勢を分析する。

トランプ以上の冷戦主義者
 トランプの「対中戦」は巨額の貿易赤字の是正を目指し①中国からの輸入品に25%の高関税付与②ファーウェイ排除など、デジタル技術のデカップリング(切り離し)―を軸に、「交渉によって中国の譲歩を迫る」のが特徴だった。
 ポンペオ前国務長官はトランプ政権末期の20年7月末、カリフォルニアのニクソン図書館での「新冷戦演説」で①習近平・中国共産党総書記は、破綻した全体主義イデオロギーの信奉者②中国を米国中心の秩序に参入させる「関与政策」は誤り③中国共産党を変えることを使命に、同盟を再構築―を提起した。しかし、トランプ自身はイデオロギー対立には関心はなく、あくまでも中国の譲歩を迫る「取引」と見做していたふしがある。
 一方バイデンは、ポンペオ路線をそのまま引き継ぎ、中国を「唯一の競争相手」に「民主vs専制」という二元論に基づくイデオロギー対立と同盟再編強化を進めてきた。バイデンにとって対中闘争の目的は、中国の追い上げを阻止・遅延させ「グローバル・リーダー」としての米国の地位を復活させることにある。
 21年11月には初のオンライン首脳会談を実現し、対話の姿勢を見せたが、台湾問題でも明らかなように、一方的に中国に圧力を掛ける基本姿勢に大きな変化はない。この点はトランプの対中姿勢と異なる点である。

「グローバル・リーダー」という誤解
 そこで、第1の論点として「グローバル・リーダー」回帰を挙げる。バイデンは2021年1月の就任式で「アメリカは帰ってきた」と宣言した。それは、トランプが同盟と多国間主義を軽視したことによって、米国を内向きにさせたことを「反面教師」にする意味があったのだろう
 多くの歴史家は1989年の米ソ冷戦終結後、世界秩序は「冷戦に勝利した」米国による一極支配の時代が始まったとみてきた。バイデンが「アメリカは帰ってきた」と強調する時、そのアメリカとは、米一極支配時代の「グローバル・リーダー」を指すとみていい。
 しかしそれを「誤解」と指摘する識者がいる。元国際司法裁判所長の小和田恒氏(元外務次官)である。彼は、朝日新聞のインタビュー
注1(22年7月20日付)で、冷戦終結とグローバル化によって、従来の欧米中心の世界に替わり、新興国が加わった新たな「国際社会」ができるはずだったとみる。しかし冷戦終結を「米国中心の資本主義の勝利」とみる誤解によって、その転換は進まなかったとみる。

 その誤解は、冷戦終結直後からの「アメリカ一極支配」時代を生み出した。だがいま眼前に広がっているのは、中国が絡むほぼすべてのアジェンダをめぐり、対立・分化が際立つ世界の姿である。現実の世界は、多極化している。(写真 2018年6月のG7サミットでトランプに詰め寄るメルケル前独首相)
 冷戦終結後のあるべき変化として、小和田氏は新興国がメンバーの多くを占め、温暖化やコロナ禍などグローバル課題に取り組むことのできる「地球社会」に置き換わるべきと語る。

矛盾生む「覇権国の自負」
 「グローバル・リーダー」への回帰については、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」の政治コメンテーター、ジャナン・ガネシュ氏の助けを借りる。彼は「中国台頭、米の責任ではない再浮上は必然」注2 と題するコラムで、「中国の台頭は必然」とみる。
 そして中国台頭の責任を自分たちの「対中政策の失敗」に見つけようとする欧米の思考を「上から目線」であり、「米国は万能だという空想にも近いものの見方」と断じる。その視点の狙いは、欧米が「より厳しい真実(もはや世界の中心的存在ではない)から目をそらすため」と切れ味よく分析する。
 中国の国内総生産(GDP)が1820年(清朝時代)には、世界の32.9%を占めていた(英経済学者の推計)ことを思い起こせば、「中国の台頭は必然」という主張は、説得力がある。そしてサプライチェーン(部品供給網)の囲い込みや「デカップリング」を進めるバイデン政権の試みを「米国がこれだけ衰退しているにもかかわらず、まだ覇権国と自負していることが、米政府の中国への矛盾した対応につながっている」と指摘し、次のように書く。
 西側の対中強硬姿勢は「中国には自力で繁栄する力はないと言いたげな点だ。中国に力がないのなら、なぜかくも中国に強硬姿勢を取るのか。なぜ米国はそこまで警戒心を募らせて軍備増強に走るのか」と、問いかけるのである。

バイデンも「アメリカ第1」
 第2論点は「同盟の再編強化」。バイデンが、揺らいだ同盟関係を再偏強化し、多数派工作によって中国との闘いを有利に進めようとしているのは間違いない。日米同盟の強化もそうだし、日米豪印4か国による「クアッド=QUAD」と米英豪3カ国の「オーカス=AUKUS」も、同盟再編強化の例だ。
 ここでは、米国の超党派シンクタンク「米外交問題評議会」のリチャード・ハース会長(元米国防総省政策企画局長)の分析の世話になろう。ハースは2020年夏、台湾海峡をめぐる対立が激化した際、台湾有事に際し軍事的対応を明らかにしない「曖昧戦略」を放棄し、「台湾防衛の意思を鮮明にするよう」主張した論者である。
 ハースは「フォーリン・アフェアーズ」の「アメリカ第1の時代―ワシントンの欠陥ある外交政策コンセンサス」注3 で、同盟を軽視したトランプ政策と、同盟と多国間主義を強調するバイデンの外交政策との間には「通常認識されるよりもはるかに多くの継続性がある」とみる。
 共通性がとりわけ顕著なのは対中政策にあり、中でも「米中発火点の台湾へのアプローチに見ることができる」と指摘する。ハースは「トランプ政権退場の最終週に導入された政策(新疆ウイグル自治区での人権侵害をジェノサイドと認定)を撤回するどころか、バイデン政権は積極的にそれを実行し、米台当局者間のハイレベル会合を公表した」と反証している。
 バイデンは表向き「アメリカ第1」を否定する。しかしハースは①コロナワクチン輸出の遅延(非多国間主義)②世界貿易機関(WTO)の強化やTPP復帰に関心示さず(同)③アフガニスタン撤退という名の「放棄」④「オーカス」創設時における、原潜をめぐるフランスへの裏切り―などを挙げ、バイデンの外交政策も「アメリカ第1」であり、これはオバマ政権以来の米外交の「パラダイム・シフト」(価値観の転換)と位置付けた。
 論点の1,2を合わせて論じるなら、「グローバル・リーダー」の地位から退場した米国は、自国利益を第1とする内向きの潮流が主流であり、同盟の再編強化をリードするパワーを失いつつあるという結論になる。

同盟再編、アジアでは失敗
 それを踏まえた上で、筆者の分析を付け加える。同盟の再編強化と多数派工作は、「インド太平洋」という米国の「主戦線」で成功していない。
 バイデンが称賛する「民主イデオロギー陣営」は「G7+オセアニア+一部欧州諸国」にとどまる。特にASEAN加盟のアジア諸国の大半、韓国、インドは、米国の軍事同盟の再編強化には強い抵抗感がある。今後も同盟の再編強化にとってこれら諸国は「弱い環」であり続けるだろう。
 唯一の成功例が日本である。米国の「最も頼りになる同盟国」日本では、2021年4月の日米共同声明で、日米安保の性格を「地域安定装置」から「対中同盟」に変質させることに成功。日本自身の軍事力強化と南西諸島のミサイル基地化加速のために、台湾有事を扇動する「宣伝戦」「心理戦」では、中国脅威論が大政翼賛化している世論にも浸透し成功している。
 第3の論点は、「専制vs民主」というアジェンダ設定自体にある。欧米が誇る民主主義というイデオロギーが腐食し始めているのは、バイデン自身が認めている。この競争は、何をもって「勝利」とするのかも不明である。仮に民主が専制に勝利したとして、だからといって「民主」が輝けるガバナンスのモデルとして再生するわけではない。米国が「グローバル・リーダー」としての地位を回復できるわけでもない。
 対中圧力は、中国の変化を促すどころか、中国の習近平指導部に「国家安全観」を覚醒させ、香港への国家安全維持法の直接導入など、国家のグリップを強化する反応を引き出しただけだった。
 この二元論の思考枠組みに囚われると、無意識のうちに「米国か中国か」「民主か独裁か」という二項対立から結論を出そうとする誘惑に囚われてしまう。筆者はこれを「落とし穴」と呼び、拙著「米中新冷戦の落とし穴」(花伝社刊)注4 のタイトルにもうたった。この「思考のトリック」で、金縛りに遭うメディアや識者がいかに多いことか。

「中国に分」とはいえ…
 以上が、4年越しの米中戦略対立の「現在地」である。米国の民主・共和両党の矛盾は一層激化し、溝が埋まらぬまま22年中間選挙に向かい、さらに次期大統領選へと雪崩を打っていくだろう。
 米コンサルタント会社「ユーラシア・グループ」は1月3日、2022年の世界の「10大リスク」(写真 トップリスクの表紙)を挙げ、中間選挙は、共和党が議会上下両院の多数派となる可能性があると分析。大統領選ではトランプ復活の可能性も否定していない。
 中国も労働人口の減少と少子老齢化という構造的要因による成長鈍化に加え、国家vs巨大IT企業の主導権争いという矛盾も抱える。
 習指導部は秋の第20回党大会で、「中華民族の復興」に向け、「共同富裕」をスローガンに「社会主義建設」の色彩を強化する。構造的矛盾は共産党支配を動揺させる危険性を内包しつつも、米中対立はむしろ、国民を統合する「ナショナリズム」に転化できるプラスとして働いている。こうして「現在地」から形勢を眺めると、中国に分があるようにみえる。
 ただ先に紹介した「10大リスク」の第1位は、中国がコロナ感染封じ込めの「ゼロコロナ政策」に失敗し、サプライチェーンが混乱し、世界経済や各国の政情が不安定化する事態を想定しているのは注意すべきだ。北京五輪が「ゼロコロナ政策」の失敗の導火線になれば、20回党大会の開催自体にも悪影響を及ぼすからだ。
 米中対立を地政学的リスクから眺めると、台湾問題とウクライナ、カザフスタン情勢が連動する可能性がでてきた。ロシア軍がウクライナに侵攻する可能性は極めて低いが、もしバイデン政権がウクライナ侵攻に有効な対応ができなければ、「台湾防衛」へのバイデン政権の本気度が疑われるだろう。同時にウクライナ・カザフスタン情勢が緊迫化すると、バイデン政権にとっては「インド太平洋」の主戦場に加え、中ロ連合を相手に「2正面」作戦を強いられる。
最後にガネッシュのコラムを引用して筆を置く。
 「中国の台頭はその長い栄枯盛衰の歴史からみれば驚くべきことではない」「米国よりはるかに巨大で長い歴史を持つ中国が1970年代に鄧小平の下で開放を進め始めた以上、世界で(再び)台頭するのは必然だった」「西側が(筆者注 中国台頭を)阻止することなどもとより不可能だった」

(了)

注1(インタビュー)国際法の理想の長い旅 元国際司法裁判所長・小和田恒さん(「朝日新聞」2021年7月20日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S14981057.html

注2[FT]中国台頭、米の責任ではない 再浮上は必然(「日経」2021年12月31日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB240X70U1A221C2000000/

注3Richard Haass「 The Age of America First Washington’s Flawed New Foreign Policy Consensus」(ForeignAffairs Nov/Dec 2021)
https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-09-29/biden-trump-age-america-first

注4岡田充「米中新冷戦の落とし穴:抜け出せない思考トリック」(花伝社 2021年1月)
 https://kadensha.thebase.in/items/37894340

初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1201:220111〕