岸田文雄首相が2020年11月17日、バンコクで習近平中国国家主席と3年ぶりの日中首脳会談(写真 中国外交部HP)を行い、悪化する関係の仕切り直しをした。岸田の対中外交には、関係改善に否定的な「嫌中世論」と自民党右派の「二つの壁」が立ちはだかる。だが嫌中世論といっても、18~29歳の「Z世代」の中国好感度は、なんと40%超にも上り世代間格差が目立つ。Z世代の選択は、選挙や政治潮流のカギを握る世界的傾向であり、「嫌中世論」と「右派」に寄りかかる岸田外交は危うい。
3年前のレベルに戻る
日中関係は2020年3月、習氏訪日が延期されて以来、日米同盟を「地域安定枠組み」から「対中同盟」に変質させ、日本政府が台湾問題に主体的に関与し南西諸島のミサイル基地化を強化する中で悪化の一途をたどってきた。
日中首脳会談はわずか45分。3時間以上に及んだ米中首脳会談(バリ島 11月14日)に比べると、中国にとって日本の比重低下は否めない。両者とも笑顔でカメラに収まり、安倍晋三元首相の2014年訪中当時、習氏がみせた「仏頂面」とは明らかに雰囲気は変化した。首脳会談実現によって、日中政府間のレベルは、習氏訪日を招待した2019年末の段階に戻ったと言っていい。
「領土は妥協可能」と習
会談テーマでは、岸田氏が「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したのに対し、習氏は「内政干渉は受け入れない」と反発、台湾問題ではそれぞれ主張をぶつけ合い平行線をたどった。その一方、習氏は「海洋と領土の問題は意見の相違を適切に管理しなければならない」(新華社) 注1と述べ、尖閣(中国名 釣魚島)をめぐる「領土紛争」を、対話と協議で解決する姿勢を見せた。中国にとり「核心利益中の核心」である台湾問題とは異なり、領土問題は妥協可能なテーマであることを改めて示した。
会談での合意は、①外務・防衛当局高官による「日中安保対話」の開催②緊急時に防衛当局間をつなぐ「ホットライン」の早期開設③閣僚級のハイレベル経済対話の早期再開④林芳正外相の訪中調整―など。今後の関係改善指標の一つは、習訪日を含む首脳相互訪問の実現になる。
岸田は東シナ海情勢で「深刻な懸念」を表明したが、自民党右派が主張する「脅威」という表現を使わなかった。12月16日に閣議決定した「国家安全保障戦略」では、中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と表現し、4月の自民党案にあった「脅威」は「寸止め」で回避した。
その一方、「防衛計画の大綱」に代えて新たに策定する「国家防衛戦略」では、中国が22年8月初め台湾本島を包囲する軍事演習で、日本が主張する排他的経済水域(EEZ)内に弾道ミサイルを落下させたことに対し「地域住民に脅威」と書き「脅威」の表現を初めて使用した。政府原案では「わが国および地域住民に脅威」としたが、公明党から「日中の対立をあおる」と反対意見が出た注2ため妥協したという。
目立つ右派への配慮
中国は、岸田政権が発足した21年10月直後は、岸田が日中国交正常化に腐心した大平正芳元首相ら対中関係重視の「宏池会」を率いていることから関係改善に期待した。しかし、右派への抑えが効く安倍を失ってから、岸田は関係改善に否定的な右派の顔色をうかがう姿勢が目立つ。王毅外相が221年1月、林氏に訪中を求めたのに実現していないのも訪中に反対する右派への配慮からだった。
改善を阻むもう一つの壁は、「反中」「嫌中」が高まる「翼賛世論」だ。岸田自身の支持率が各種世論調査で低空飛行する中、「弱い首相」による対中関係改善のイニシアチブが、嫌中世論に受け入れられる保証はない。
なんと4割超が「中国に親しみ」
悪化するばかりの対中観だが、内閣府が毎年初めに発表する「外交に関する世論調査」 注3をチェックすると、極めて興味深い数字が浮かび上がる。2022年1月発表の「日本と中国」の項目を見ると、中国に「親しみを感じる」は全体で20・6%(前年比+1・4ポイント)。「親しみ感じない」は79・0%(+1・7ポイント)と「嫌中」ぶりがうかがえる。
しかしこれを世代別にみると、Z世代で「親しみを感じる」割合はなんと41・6%と全体の倍以上だった。60歳代(13・4%)や70歳以上(13・2%)と比べると、世代差がいかに広がっているか分かる。
なぜ世代によってこれほどの開きが生まれるのか。
私自身の経験を踏まえて分析したい。私は19歳になった大学1年の1967年夏、全国学生の中国訪問を組織する「斉了(ちいら)会」(写真 訪中学生団57周年記念展示会のテープカット 中国文化センター提供)の訪中団に参加、文化大革命下の中国を約3週間旅行した経験がある。その活動を記念する展示・講演会が22年11月開かれ、その時の経験や対中観の世代間格差について話をした。
当時、私の中国への関心は①文革の「造反有理」のスローガンは、ベトナム反戦運動で盛り上がった日本の学生運動と共振②社会主義社会へのあこがれ③中国侵略に対する贖罪意識―などだった。この旅行に参加した100名以上の全国の大学生の認識もほぼ同じだったと思う。
つまり中国という「他者」に自分を投影して、期待するイメージを勝手に膨らませたのである。その後、文化大革命は巨大な権力闘争だったことが分かった。天安門事件で社会主義への期待が破られ、香港での大規模デモ報道をみて、中国から距離を置いていった同世代の人がいかに多かったか。中国に委ねた「幻想の皮」が一枚ずつはがされていったのだ。
現在も同じような中国観は形を変えて生きている。中国を他者としてではなく、その政治・社会に日本や欧米の統治システムを投影し、欧米のモノサシから判断する観察方法だ。これが60、70歳代で「中国に親しみを感じない」理由の背景だと思う。
「等身大」で他者をみる
一方、Z世代の意識は異なる。私が教えた大学の学生の例を挙げると、生まれた時から経済成長の経験がない彼らにとって、中国は物心ついた時にはアメリカを追い上げる大国。IT技術では日本に先行し、ゲームやマンガは質量ともに日本を越える。
おまけに大学やバイト先では、日常的に中国人留学生と触れ合う機会がある。つまり中国に自己を投影せず、他者として「等身大」で見ようとする視点だ。思い入れがないから、幻想も抱かない。
内閣府調査を少し長いスパンから見ると興味深い事実が浮かぶ。中国が高度成長を続ける2000年調査では「親しみを感じる」が48.8%と「感じない」の47・2%をやや上回っていた。この時は、Z世代の「親しみを感じる」が51・5%に対し70歳代は42・15%と、世代間で大きな差はない。
格差が顕著になるのは「尖閣諸島国有化」直後の2012年11月調査。「親しみを感じる」が全体で18・6%。このうちZ世代が30・1%に対し70歳代11・8%と開きが拡大していく。この傾向は2016年「親しみを感じる」が全体で14・8%のうち、Z世代は25・8%に対し、60代は8・3%、70代は13・0%だった。その差は2019年で顕著になり、「親しみ感じる」22・7%のうちZ世代は40・8%だったが、70歳は20・1%と倍以上に開いた。
「スマホ」が変えた対中観
世代間格差が広がる第1の要因は、いびつな人口構成だ。22年発表の調査のサンプル数は約1600名。家庭訪問式の調査のため家にいることの多い60、70歳代が計740名と4割を越える。少子化に加え学校や仕事を持つZ世代は在宅しないことも多く、調査対象は164人と1割に過ぎない。全体として対中好感度が低くなる要因かもしれない。
第2はメディアの違い。日本のZ世代は、固定電話はもちろん新聞も読まずTV受信機もない。ニュースを含めあらゆる情報と人とのつながりはスマートホンを介するケースが多い。従って新聞やTV報道の影響は、高齢者に比べるとあまり受けない。
これに対し高齢層は、朝から家でTVワイドショー番組を視る割合が高いと推定される。ワイドショー番組の中国報道について言えば、客観的事実に基づかない中国批判や、脅威を煽る内容が目立つ。高齢者はこうした中国観を注入される機会が多く、それが中国を好感しない原因の一つではないか。
日本では、若者を中心にスマートホンが普及するのは、東北大震災のあった2011年ごろとされる。ニュースを受容するメディアの世代間の違いが中国観に影響を及ぼしているという仮説は成立すると思う。
台湾でも脱イデオロギー
中国の軍事威嚇に曝されている台湾のZ世代にも同じ傾向がある。4年前の少し古い世論調査だが、経済誌「遠見」注4 によると、18~29歳の53%が中国大陸での就職を希望し、前年比で10・5%増えた。理由は「(大陸のほうが)賃金など待遇が台湾より高く将来性がある」。脱イデオロギーの進行ぶりがうかがえる。
台湾では、「産まれた時から台湾は独立国家だった」と考えるミレニアル世代(22年段階で、26~41歳)を「天然独」(自然な独立派)と呼ぶ。中国大陸は既に「他者」であり、思い入れはない。習は3年前の2019年に発表した台湾政策「習5項目」で、統一政策の重点のひとつとして「中華文化の共通アイデンティティを増進し、特に台湾青年への工作を強化」を挙げている。「中華離れ」するZ世代やミレニアル世代を強く意識しているのが分かる。
選挙結果左右するパワー
Z世代は、選挙や政治的選択の帰すうを決するパワーを持ち始めた。22年11月の米中間選挙では、苦戦が予想された与党の民主党が健闘した。AP通信によると、民主党への投票者はZ世代で53%と共和党より13ポイント多かった半面、45~64歳は共和が54%と民主に11ポイント差をつけ、65歳以上も共和が民主を大きく上回った。Z世代の支持が民主党を支えたと言える。
岸田内閣支持率は、朝日新聞(11月14日)の調査注5で、37%と政権発足以降の最低を記録した。このうち自民党支持層での内閣支持率は68%だったが、そのうちZ世代の支持率は半分以下の29%に過ぎなかった。Z世代は支持政党にかかわらず、岸田政権を見放しつつある。政権はかなり危ない。
私を含め団塊世代は、70歳代後半に差し掛かった。一方、Z世代やミレニアル世代が社会の中枢を占めるようになると、日本人全体の中国観にも変化が表れる可能性がある。中国の台頭と日本衰退という歴史的な潮流変化を依然として心理的に受け入れられず、アジアを上から見下す「脱亜入欧」意識を持ち続ける世代が後景に引けば、「嫌中」「反中」世論も次第に変化するはずだ。これが国交正常化50周年を迎えた2022年にみえた、わずかな「光明」だ。(敬称略)
(注)本稿は「東洋経済ONLINE」から出稿したーZ世代は「中国に好感」 世代で分かれる好感度の理由 岸田政権「嫌中世論」に頼る対中外交の危うさ 「Z世代は中国に好感」世代で分かれる好感度の理由 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)を大幅に加筆した内容である。
注1习近平会见日本首相岸田文雄_中华人民共和国外交部 (mfa.gov.cn)
注2安保3文書、自公が合意 中国情勢「地域住民に脅威」:朝日新聞デジタル (asahi.com)
注3外交に関する世論調査 2 調査結果の概要 1 – 内閣府 (gov-online.go.jp)
注4http://www.chinatimes.com/newspapers/20180213000461-260108
注5岸田内閣支持率37%、初の3割台:朝日新聞デジタル (asahi.com)
初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study1241:221216〕