歴史的な米朝首脳会談の興奮が冷めやらぬ中、北朝鮮の金正恩・労働党委員長がまた訪中した。3か月に3回という高い頻度の訪中は何を意味するのか。米朝首脳会談の結果ほど、立場と視点によって評価が180度異なる合意はない。会談が東アジアにもたらす変化に、「同盟」という補助線を引いてみると、霧が晴れるように見えてくるものがある。
対米布陣を強化
ヒントを与えてくれたのは、6月末来日した中国人民解放軍系の研究者。彼は筆者との懇談で、形骸化した「中朝同盟」について「3年後の更新期に、中国が北朝鮮に核抑止力(核の傘)を与えるなど、安全保障協力が強化されるだろう」と、同盟が「復活強化」されるとの見通しを明らかにしたのだ。
彼は「北の非核化の意思は明確。経済建設への戦略転換をしたのだ。核を失えば中国の核の傘に頼るしかない」と、平壌が中朝同盟に頼ろうとする思惑を分析した。
中朝は昨年末までの「敵対関係」を脱し、三回の首脳会談で「伝統的友好関係」を回復した。しかし同盟(写真 1961年7月11日、北京で中朝友好協力相互援助条約に調印後握手する金日成首相=左=と周恩来首相 wikipedia)の復活はないと見るのが一般的。中国自身も冷戦終結後は、敵の存在を前提にする同盟関係は結ばず、各種の「パートナー協定」を外国と結んできた。同盟が「復活強化」すると、米国との「パワーシフト」(大国間の重心移動)が進む中、習近平政権が本格的に平壌に肩入れし、対米布陣を強化する象徴になる。
「国際秩序壊す」合意
日米「エスタブリッシュメント」の米朝合意への評価は極めて低い。例えば藤原帰一東大教授は「北朝鮮との関係改善を核廃棄より優先することによって、短期的には核保有国として北朝鮮を認める危険を冒した」(「朝日」6月20日付夕刊「国際秩序が壊れる危険」)と批判する。そして、米国主導の国際秩序は「同盟と自由貿易を主導し他国がそれを支えることで成り立ってきた」とし、米国が同盟関与から離れるなら「各国が単独行動に走り、国際関係を不安定にする危険が生まれる」と分析した。
彼がいう「国際秩序」とは、東アジアの安全保障で言えば、冷戦後も続く日米同盟、米韓同盟など、米国とアジア諸国との同盟関係であろう。しかし米国一極主義が後退した背景は、経済力低下に加え、1952 年に確立した「サンフランシスコ条約体制」の「揺らぎ」にあった。
共産主義の防波堤だった韓国、台湾、ASEAN 諸国にとり、経済的に台頭する中国と安定した関係を築くことが、発展の必要条件になった。つまり中国を「仮想敵」として成立する同盟関係は「間尺に合わなくなった」、コストパフォーマンスが悪いのである。「揺らぎ」とはそういう意味であり、現に文在寅大統領は米韓同盟より、南北関係を優先して今回の対話路線のプロデューサー役を果たした。朝鮮半島のみならず、台湾や南シナ海で起きている事態を、同盟構造をめぐる米中のせめぎ合いから見るのは可能である。
中朝へのくさびが狙い
ではトランプはなぜ、非核化より北朝鮮との関係改善を優先し、米韓合同演習の中止決定や、在韓米軍の縮小や撤退にまで言及したのだろう。彼は会談後「北朝鮮の核の脅威はもうない」とツイートした。これを聞いて一瞬、「トランプを見直してもいい」という気になった。軍事力ではなく外交によって脅威を減らせる見本になるかもしれない、と。
しかしそれはあまりにもナイーブ過ぎる。彼はもちろん平和主義者ではない。昨日まで「ちびのロケットマン」と呼んでいた金正恩を自分に引き寄せることによって、米日韓同盟のゆらぎの「穴埋め」をしつつ、中朝接近にくさびを打ちこむ両方の狙いがあったと思う。これまたトランプ一流の「ディール外交」であろう。
トランプが投げた「譲歩」のボールを、習近平はどう打ち返したか。3度目の中朝首脳会談(6月19日)の内容をみよう。新華社通信によると、習は米朝首脳会談を、朝鮮半島の非核化と平和構築で前向きな成果が得られたと「高く評価」。「国際情勢がどう変化しようと、中朝関係を強固に発展させる断固たる立場は不変であり、これまで通り建設的な役割を果たす」と、「後ろ盾」の役割を今後も果たし続ける意思を鮮明にした。
これが習の打ち返した「中朝蜜月」のボールであり、三回目の中朝首脳会談で北京が誇示したかったものである。習はわずか半年前まで「口を極めて非難」していた平壌を、心から信頼しているわけではない。北京にとって、米朝関係が改善し中朝関係以上に「緊密になるのは見たくない悪夢」なのだ。
「主体思想」は放棄か
米朝会談後も、頭から離れなかった幾つかの疑問がある。その第一は、北朝鮮の非核化と経済建設に方針転換した本気度。第二は、北朝鮮の「後ろ盾」として影の力を発揮した北京と平壌の「蜜月」の内実である。
それにしても中朝同盟の復活強化とは… 頭がくらくらしてきた。
「中朝友好協力相互援助条約」(中朝同盟)は1961年7月調印された。20年ごとに自動更新され、2021年に三回目の更新に入る。「一方が武力攻撃を受けた場合、他方は軍事支援を与える」と明記した「参戦条項」があるものの、中国では「既に形骸化している」「軍事条項は見直すべき」とする声が主流だった。
祖父と父親からの懸案だった「米朝直接協議」にこぎつけた金正恩の戦略は、休戦協定を平和協定に替え、アメリカと国交正常化することによって体制保証を得ること。それに加え、「中国の影響力から脱する」祖父の「主体思想」(写真 平壌大同江沿いに建つ主体思想塔)実現にあったはずだ。
解放軍系の研究者にそう問うと「主体思想は放棄したと思う。リーマン・ショックで明らかになった米国主導の資本主義世界は行き詰まった。北朝鮮は中国の経済改革に学びながら、社会主義国家として生き残る道を選んだ」という解説が戻ってきた。
さらに「ベトナムも戦火を交えた米国と関係正常化したが、独自の社会主義の道を歩んでいる」と付け加えた。北朝鮮が米国と関係正常化しても、「西側世界」に入るわけではないというわけだ。
NPT体制を容認
そして「非核化の意思は明確。経済建設への戦略転換をしたのだ。核を失えば中国の核の傘に頼るしかない」と繰り返すのだった。北京の「核の傘」に入るかどうかは別にしても、同盟の復活強化は平壌の強力な対米カードになる。
米国と関係改善し体制保証を得る一方、中国とも同盟を復活強化し生き残りを図る。一見矛盾するようにみえる新しい構図だが、平壌を主語にすれば単純な論理だ。対立を深める米中を天秤にかける外交である。
中国の「核の傘」に入るとすれば、北朝鮮が1993年と2003年に脱退を表明した「核拡散防止条約」(NPT)を事実上認めることになるから、米国も異存はないはずだ。中国が「核の傘」を与える―。想起されるのは、米ソ冷戦下でのソ連の役割である。ただそれをもって「米中冷戦」と言えるかどうかは別問題だ。もしその事態が現実化すれば、21世紀の国際政治を画することになる。
譲歩引き出す戦術的合意
米中パワーシフトは長期にわたりゆっくりと進行するプロセスだ。米朝会談第一ラウンドでは中朝が「完勝」したように見えるが、今後の展望は誰も描けない。平壌を主語に「伝統的友好関係の復活」の意味を考えてみよう。
それは中国の「後ろ盾」を利用し、米国から譲歩を引き出す「戦術的合意」と見るのは可能だ。中国という強力な磁場から離れ「衛星国にならない」主体思想を簡単に放棄するだろうか。金正恩は一連の外交で、旧来のスタイルを脱皮する「新思考外交」を模索しているようにみえる。しかし主体思想は、北朝鮮の地政学的位置と中朝の歴史、さらに儒教的な家父長制という文化の反映でもあるだけに、簡単に否定できない。
米中協調の主唱者の一人、華東師範大学の沈志華教授(写真 筆者撮影 2017年11月)は、「ニューヨークタイムズ」(華字電子版 6月12日)のインタビューで、「北朝鮮が米韓の懐に入る」のが中国にとって最悪と述べ「歴史的に見れば朝鮮は中国の潜在的な敵であり、北朝鮮にとって中国は常に頭から抑え込む大岩」と、中朝の相互不信を強調した。伝統的友好回復は戦略転換ではなく、「戦術的合意」という見方だ。
在韓米軍は中朝間の矛盾に
中朝間では潜在的な争点として、2万8000人の在韓米軍縮小・撤退問題が横たわる。北朝鮮は元来、在韓米軍撤退を要求してきた。しかし最近①北を攻撃する性格の変更②法的位置づけの変更―を条件に撤退自体は要求しない可能性を示唆し、米軍撤退を主張する中国と一致していない。
トランプは米韓演習中止だけでなく「韓国に駐在する兵士はいつか連れて帰りたいが、それは今ではない」と記者会見で述べた。しかし撤退は米韓日同盟の根幹にかかわる。撤退すれば韓国に代わって日本が「最前線」になるから安倍政権も反対している。トランプは「中朝蜜月」を横目でにらみながら、平壌をワシントンに引き寄せるカードとして米韓演習や在韓米軍問題をちらつかせているのだろう。在韓米軍問題は今後、米中朝三国の駆け引きの焦点になる可能性がある。
先の解放軍系研究者は「東アジアの命運は、帝国主義列強による争奪戦、戦後の冷戦期を経て、アジアの将来はアジア人自身が決める時代に入ろうとしている」と述べ、朝鮮半島問題は米国を排除し「中日と南北朝鮮」の四者が決めるべきと強調し「日本も主導的役割を」と付け加えた。さらに「トランプは朝鮮情勢をにらみながら、経済貿易問題や台湾問題で中国を挑発し続けるだろう。特に朝鮮と台湾は歴史的に『対』の関係にある。米国は朝鮮問題で譲歩すれば、台湾で対中強硬策にでる」とみる。
一方の沈志華氏は「米日韓同盟の三角形で最も弱いのが韓国」とし、今後中国は①日韓対立②韓国の反米感情―の二点を突き、米日韓同盟に切り込む余地があると指摘している。
複雑な連立方程式のゲームは続く。 (了)
初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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